ただ観光名所を回るだけでは物足りない──。コロナ禍で利用者が倍増した新しい「旅」がある。人手不足の地域でお手伝いをする旅だ。参加者の大半はZ世代。お手伝いを通じて自己肯定感が高まるだけでなく、その後の生き方にも大きな影響があるという。
「おてつたび」は、日本全国の農家や宿泊施設、地域の催事など、人手不足の現場でお手伝いをする旅だ。お手伝いで報酬を得られるため、旅先までの交通費負担も軽減できる。2018年7月の立ち上げ以来、コロナ禍で登録者が倍増、現在は1万6000人となっている。
「海外に行けなくなり、国内で旅先を探す人が増えた。また、オンライン授業やテレワークによっておてつたびをしながら授業を受けたり仕事をしたりする人も増えている」と、おてつたび(東京・渋谷)の永岡里菜代表は語る。
受け入れ側の事業者数は47都道府県で600に上る。コロナ禍で技能実習生が来なくなった農家や、必要な時期に柔軟に雇用したいと考える事業者、あるいはファンづくりを課題とする地域や事業者らから注目されているという。
期間は1週間~10日がメインだが、短い場合は「(千葉県、落花生の収穫のお手伝い)日帰り」、長いケースでは「(リゾートホテルのお手伝い)1カ月」 など事業者の必要に応じた日数が設定される。マッチングし、就労が終わった時点でおてつたびに手数料が入る仕組みだ。
観光名所よりも自分の経験を豊かに
登録者の4割が大学生など20代。そして30~50代、60代、70代と続く。実際の参加者は、半数以上が大学生だという。現在は募集事業者に対して希望者が圧倒的に多く、「平均倍率は3~5倍」(永岡氏)だ。
大学生らZ世代の参加理由は「見知らぬ地域やその地域に住む人と仲良くなりたい。あるいはもっと日本のことを知りたい。何か分からないけれど挑戦してみたいという参加者が多い」(永岡氏)。また、自らもZ世代である広報部の園田稚彩氏は「有名な観光名所よりも、思い出に残るのは地域の人との交流や体験。おてつたびではこれが経験できる。セレンディピティーという言葉があるが、ガイドブックに載っていない自分だけの“場所”を見つけ、偶然の出合いを経験できることに魅力を感じているようだ」と語る。
楽しみながら人の役に立ち、「ありがとう」と声を掛けてもらえる。これが若いZ世代の自己肯定感や自己効力感の向上につながり、好循環を生んでいる。
おてつたびの経験者から聞こえてくるのは「自分の人生観や価値観が変わり、今後の選択肢が広がった」という声だ。「大学卒業後に農家に就職したり、アルバイト先で農家の作物を使った商品を開発して販売したりと、おてつたびをきっかけに地域の課題解決が“自分ごと化”している人も多い」(永岡氏)
現在23歳の三輪彩紀子さんは友人の紹介で大学2年生の春休みに5日間、島根県邑南町でのおてつたびに参加した。酒蔵でのラベル貼りやゲストハウス作りに携わり、「その地域の事情はネットではなく、現地に行かないと分からない」と感じたという。知らない地域で新しい仲間や地元の人との縁ができたのもうれしかった。
その後、大学休学中に自分のワークキャリアについて考えたいと、島根県益田市で2度目のおてつたびに参加した。地域コミュニティ誌のインタビュー記事制作だ。当初1週間の予定が、1年半のプチ移住になった。おてつたび先の地域おこし団体からインターンに誘われたのだ。三輪さんは滞在期間を延長した理由について「観光名所がない代わりに、自然と心の豊かさ、そして何でもチャレンジできる余白があると思ったから」と話す。地域の人たちからは、そこにいるだけで存在をありがたがってもらえた。気恥ずかしさもあったが、ありのままの自分を受け入れてくれる安心感が可能性を広げてくれたと振り返る。
また、地域おこしに携わる仲間たちは、さまざまなバックグラウンドを持っていた。「それぞれ違う人生を歩み、集結したときにその個性を尊重しながら、地域の課題解決という同じゴールを目指す姿勢に感化された」(三輪さん)。現在、国際系の大学に通っているが、地域の人や仲間と「歴史をつくっている」という実感が忘れられず、将来は国内外で地域の人と仕事ができればと考えている。
事業者側にも変化があった。過疎化や少子高齢化が深刻な地域は求人を出しても人が集まらない。半ば諦めて、事業規模を縮小したり営業期間を短くしたりしていた。ところが、「おてつたびを通じてこれまで縁のなかった新たな人材が来てくれるようになり、地域や職場が活性化しつつあると聞く」(永岡氏)
熊本県戸馳島の花の農家では、母の日の胡蝶蘭の出荷のお手伝いをしてもらった際、参加者から「全国のお母さんにこの花が届く。尊い仕事ですね」と声を掛けられ、「忙しさに忘れていた自分たちの仕事の価値を見直すきっかけになった」という。
おてつたびの永岡氏は「自分の出身地と居住地以外の地域にも居場所ができる経験を1回でもしてみると人生の深みが変わる。また、いろいろな産業に触れてみると視野も可能性も広がる。誰もが知らない地域に行くのが当たり前になり、『今週末旅行に行く? おてつたびに行く?』という日常の選択肢の1つになればうれしい」と語る。いつかは、義務教育レベルで全員が使うサービスになればと願う。
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