スマートフォンのアプリでしか注文できないカレー店――。2019年創業のFOODCODE(フードコード、東京・文京)が、東京都心で展開する「TOKYO MIX CURRY(トウキョウミックスカリー)」だ。完全キャッシュレス決済で、アプリ経由で蓄積される顧客データを活用し、一人ひとりに最適な接客やマーケティングも行う。単なる効率化にとどまらない、飲食店の正しいDX(デジタルトランスフォーメーション)の形に迫る。
東京・六本木にある高層オフィスビルのアーク森ビル。昼時の飲食店街はランチを食べに来た人々でにぎわい、行列ができる店舗もある。その中で、ひときわ小さな店が目に付く。TOKYO MIX CURRYアークヒルズ店だ。
次々と客が訪れるものの、店のスタッフからすぐに料理を受け取って立ち去っていく。その理由は、すべての顧客がスマートフォンの専用アプリで事前注文する仕組みで、テークアウトする客が大半だからだ。
試しにアプリをダウンロードして、その場で注文してみた。操作は簡単で、アプリ上で受取店を指定し、カレーの種類や辛さ、トッピングを選択。例えば、種類はチキンカレー、辛さは中辛、ライスは普通盛り、トッピングはコールスローとオクラショウガ、レモンアチャル(レモンの皮のオイル漬け)などと、自在にカスタマイズできる。
選び終わったら、「カートに追加」を押して注文を済ませ、クレジットカードかPayPayで事前決済。すると、ネット経由で店の厨房にあるタブレットへリアルタイムに注文データが送信され、それを確認した店員が注文通りに手際よく容器に盛る。
筆者は、アプリで注文してから1分もしないうちにカレーを受け取った。もちろん、事前にオフィスから注文し、取りに行く時間を指定することも可能。待たずに出来たてのカレーをテークアウトできる。
TOKYO MIX CURRYのカレーは小麦粉を使わず、トマトとタマネギをベースにしており、塩や油の使用も極力抑えているという。実際、注文したカレーを食べてみると、野菜が多くてヘルシーで、小麦粉を使っていないから重たくない。それでいて、香辛料が利いて非常にスパイシー感があり、レモンアチャルの酸味が程よく加わってとても爽やかなカレーだった。
コスト減の秘策は“間借り”と“中継地点”
テークアウトを主とするTOKYO MIX CURRYは店舗面積が小さくても運営可能だ。数席のイートインスペースがあるアークヒルズ店の場合でも9坪である。そのため、賃料負担が軽く、アプリを活用することでスタッフの人数も減らせる。本格的なスパイスカレーともなれば1食1200~1500円が今の相場だが、TOKYO MIX CURRYでは複数のトッピングを付けても600~900円程度だ。
「おいしくてヘルシーでコスパがよいカレーを、並ばずにストレスなく受け取れるのが当社の大きな価値」と、FOODCODE代表取締役社長の西山亮介氏は話す。また、デリバリーにも対応しており、自社の配達員が店から半径1~2キロメートル圏内の場所に自転車を使って届けるサービスも提供している。
カレーやトッピングの多くは、本社を兼ねている根津本店(東京・文京)のセントラルキッチンで作って各店に配送し、盛り付けるだけで誰でも簡単に提供できるようにしている。秀逸なのは、その出店の形態だ。現在、都心に20店余りを展開しているが、そのうち自社店舗はキッチンカーを含めて3店のみ。残りは、ランチ営業していない他の飲食店のスペースを間借りし、昼の時間帯だけカレーを売っているのだ。こうすることで、出店コストを大幅に抑えることに成功している。
もう一つ、独自の工夫が見られるのが、配達の方法だ。まず、利用希望者の多い企業・オフィスごとに、アプリ内で専用の注文ページを設定している。従業員がそれぞれ、その注文ページから好きなカレーをオーダーすると、指定の時間にまとめて会社へ届けてくれる。いわば古くからある“出前”をアプリで実現しているのだ。
FOODCODEにとっては複数の注文を一度に配達できるから効率的。現状、このオフィス向け配達は無料としており、利用者側にもメリットがある仕組みだ。すでに100社以上の専用ページを用意しており、皆で一緒に注文すると得するサービスも用意している。
さらに、受取場所を増やすことにも力を入れている。例えば、東京の虎ノ門にある城山トラストタワー2階のサラダボウル専門店「With Green」の店内に、“スタンド”と呼ぶ受け取り専用のコーナーを設け、近くのTOKYO MIX CURRY店舗から配達している。利用者は、所属企業の専用注文ページがなく、徒歩圏内に店がない場合でも、近隣にこのスタンドがあれば気軽に注文できる。
一方、TOKYO MIX CURRY側も、利用者にスタンドまで取りに来てもらえることが利点だ。出店せずとも、スタンドというラストワンマイルまでの中継地点さえ数多く作ることができれば、配達コストを下げながら、デリバリーの利便性を提供することが容易になる。考え方によっては、スタンドはコンビニ内に設置してもよいわけだ。同社では、今後もスタンドの増強に注力し、配達網を広げていく計画を立てている。
アプリが可能にしたアナログな接客
「アプリでしか注文できない」という仕組みも注目すべき点だ。アプリのみにすることで、もちろん、効率化や人件費の削減、あるいは、利用者に先進的な体験を提供できていることは間違いない。だが、同時に重要なポイントとして見逃せないのが、ユーザーの利用履歴(ログ)のすべてがアプリを経由してデータとして蓄積されることだ。
当然のことながら、こうしたデータはマーケティングにフル活用できる。チキンカレーを食べた人には、「次回、ポークカレーはどうですか?」と案内したり、まだ選んでいないトッピングを薦めたりすることもできる。同社では週替わりで「2種の豆カレー」など様々な新作カレーを考案して提供しているが、まだ食べていない人にプッシュし、割引クーポンを送信して購入を促すことも可能だ。データさえあれば、ワン・トゥ・ワンの出し分けが自由自在に設定できる。
だが、データが取れることで、もう一つ重要な施策が可能になる。それは、実店舗で個々に最適な接客ができることだ。例えば、利用者がテークアウトの商品を取りに来たとき、その顧客の利用が何回目で、前回までに何を頼んだか、店員は手元のタブレットで確認できる。
そのため、「前回注文された○○はどうでしたか?」と、さりげなく聞いて個別のコミュニケーションを図るきっかけをつかめる。毎回、オクラショウガをトッピングに選んでいる顧客なら、「オクラがお好きなんですね」と話を振って、「今日はオクラを増量しておきますね」とサービスすることも可能。利用したのが30回目であれば、「30回も利用していただき、ありがとうございます!」と、具体的にお礼を伝えることも可能だ。そうした密度の濃い接客が、新人スタッフでもデータを見ながらできるのだ。
西山氏は次のように話す。「注文を聞いたり、会計を伝えたりするのを一般的な飲食店では接客と呼んでいる。けれども、これは単なる事務的な受け答えにすぎない。TOKYO MIX CURRYでは、こうした無機質なやりとりはすべてアプリに任せることにした。その代わり、顧客とするのはもっと温かい会話。個別の話もそうだし、『うちのカレーは、具材を全部混ぜてから食べるとよりおいしいですよ!』とか、『来週は新しいトッピングが登場するのでぜひ食べてみてください!』など、心の通った話に時間を割ける。アプリ化することで一見、コミュニケーションをそぎ落としているように思えるが、内実は逆。店員の役割を変えて、顧客の体験をよりよくして、『また店に来たいな』と思ってもらえる方向に振っている」
飲食店でアプリの導入となると、とかく効率化やマーケティングといった話だけに行きがちだが、実は手厚い接客ができるようになるというのも、大きなメリットなのだ。そもそも飲食店で働くことの動機が、「人と話すことが好きだから」という店員も多く、アプリ化による客とのコミュニケーションの充実はスタッフのやりがいにもつながる。
注文を聞くなどの“事務的な接客”に加え、TOKYO MIX CURRYでは、もう一つ排除したものがある。それが「現金」だ。短期的に売り上げ増加を狙うなら、現金を使えるようにして、より広範な客層を取り組むのが定石だろう。しかし、店頭で現金の支払いを可能にすれば手間が増え、オペレーションも複雑になる。結果、大切にしなければならない顧客とのコミュニケーションがおろそかになる。これでは本末転倒だ。
「新しいモデルを作るときは、何かを強烈に『引き算』することがすごく重要。現金もその一つで、思い切ってなくしたからこそ、利用者も店員もハッピーになれる新しい飲食のあり方が見えてくる」(西山氏)
実際、筆者が試しに注文し、商品を受け取った際には、容器に手書きで筆者の名前と感謝の言葉がつづられていた。顧客にとっては思わず顔が綻ぶ気配りだ。注文の完全アプリ化、現金排除と方向性を振り切ったからこそ、こうしたこまやかな接客が実現しているといえるだろう。
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