経済協力開発機構(OECD)傘下の国際交通フォーラム(ITF)で活躍してきた伊藤明日香氏と、東京大学大学院特任教授の中村文彦氏とのMaaSをめぐる対談後編。国内で多くの実証実験が行われているMaaSは今後どのような課題を乗り越えていくべきか。
都市部にも、まだまだ交通課題はある
――日本では過疎地域でMaaSに取り組む事例も多いですね。
中村文彦氏(東京大学大学院特任教授、JCoMaaS代表理事) 大都市圏は交通網が発達しており、日常的に1つの交通系ICカードで複数の交通機関を利用しています。これ以上クルマを減らすこともなかなか難しいですよね。一方、中核都市から過疎地域に目を向けると、様相が全然違ってきます。そこでMaaSのトライが増えてくるのはいいことだと思います。
伊藤明日香氏(OECD国際交通フォーラム政策分析官、現・国際自動車連盟サステナブルモビリティーマネジャー) 過疎地域は、新しいテクノロジーを導入しやすいという事情もあるのでしょうね。過疎地域では課題が見えやすく、しがらみが少ない分、調整も比較的スムーズに進みます。
中村 一方で、都市部で問題がないかというと、そんなことはありません。私はここ数年、車いすでの移動について研究してきました。都市部のバスは大部分が低床化され、バリアフリーが進んでいるといわれます。ところが実際には、歩道もない坂道の途中にバス停がある場所も少なくない。これでは、とても車いすでバスになど乗れません。そもそも家からバス停に行くまでも大変です。
もちろん、道路がしっかりしていない中でバス事業者だけに「もっと頑張れ」といっても始まりません。特に福祉面において、都市部にはまだまだ課題があると思っています。
伊藤 そう考えると、ビジネスモデルのシナリオは、何種類か書けますね。大都市、中核都市、地方の過疎地域という少なくとも3つは、全然違う展開になりそうです。特に地方では、高齢者が運転免許証を返納した後の移動手段も大きな課題ですね。
中村 実は、免許返納自体より年配の方々が「クルマを運転しなくても楽しい」という状態をつくれるかどうかが大切だと思っています。それがないのに免許返納ばかり強制すれば、精神面や健康面の課題が出てきてしまいます。
――その面では、トヨタ自動車グループの部品メーカー、アイシン精機が手掛ける乗り合い送迎サービスの「チョイソコ」や、WILLER(ウィラー)の定額乗り合いサービス「mobi(モビ)」などは、いい例になりますか。
中村 そうですね。ただ、こうしたサービスを形だけまねるような事例には注意が必要です。例えば、オンデマンド交通は「いつでもどこでも乗れる」とは限りません。複数の乗客が同時にリクエストを出したら、待たなくてはなりませんから。
島根県で定額乗り合いタクシー「TAKUZO(タクゾー)」を展開しているバイタルリード(出雲市)の方と話したのですが、リクエストが重なったときは、「買い物は明日にしたらどうですか?」とお客さんの行動を変えるアドバイスも行っていると。そのためにスーパーの特売日まで変えてもらったこともあるそうです。
つまり、「いつでもどこでも、何でもしたい」というニーズをかなえようとすると、際限がなくなってしまいます。でも、一人ひとりが少しだけ我慢したり調整したりすれば、社会全体をよりよくしていけます。
そのとき重要なのは、前向きに調整すること。例えば大きなイベント後に、観客が一斉に帰宅すると近隣の交通機関が大混雑してしまいます。でも、1杯飲んでから帰宅する人、ゆっくり食事して帰る人と分散してもらえれば、混雑はぐっと軽減できます。これを実現するには、オーストリアの首都ウィーンのように劇場の前に大きな広場があったり、バーがあったりという街の設計自体が大事になってきます。
こうして交通だけでなく、社会全体で人々の行動を変えていくことで、無駄な投資を抑えて効率性を向上させつつ、人々の幸福度も上げることができるかもしれません。逆に、このような視点から考えていかないと、公共交通は続かないのでは、と危惧しています。
伊藤 その通りですね。
中村 公共交通というと「高齢者を救わなくては」「地域を救わなくては」という使命感のようなものが先に立ってしまいがちです。視点を変え、「クルマより楽しい」「クルマにはない楽しさがある」という存在を目指せば、移動の課題はかなり解消できるのではないでしょうか。そして、MaaSはその手段になり得ると考えています。
日本人に欠けている3つの要素とは?
伊藤 私は、いろいろな国や組織で働いた経験から、よく「日本人に欠けている要素を3つ挙げてください」といった質問を受けるのですが、その1つは絶対に「楽しむ能力」だと思います。
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