2021年、経済協力開発機構(OECD)傘下の国際交通フォーラム(ITF)は、「革新的なモビリティーの展望 MaaSの状況」というリポートを発表した。本リポートを共同執筆したのは、ITFで活躍後、現在は国際自動車連盟(FIA)に日本人として初めて採用され、サステナブルモビリティーマネジャーを務める伊藤明日香氏だ。日本のMaaSの現在地と今後をテーマに、東京大学大学院特任教授で一般社団法人JCoMaaSの代表理事でもある中村文彦氏と伊藤氏が対談した。

伊藤明日香氏(写真右)と中村文彦氏 注)対談は2022年1月に行われた。伊藤氏は2月にFIAへ転職
伊藤明日香氏(写真右)と中村文彦氏 注)対談は2022年1月に行われた。伊藤氏は2月にFIAへ転職

——まず、お二人の自己紹介をお願いいたします。

中村文彦氏(東京大学大学院特任教授、JCoMaaS代表理事) 26年間横浜国立大学に勤め、2021年5月から東京大学大学院新領域創成科学研究科で特任教授をしております。都市交通計画を専門としており、例えば過去には東急田園都市線の青葉台駅前のバスターミナル計画立案などに携わってきました。

 具体的には、住民の方々が使いやすくするにはどんな案内表示を出せばいいのか、少しでも自家用車による送迎を減らしてバスを利用してもらうにはどうすればいいのか、といったことを研究していました。そのとき、おそらく全国初だと思うのですが、3つのバス会社の発車時刻を1つにまとめて電光掲示する仕組みを作りました。今で言う、MaaSにつながるプロジェクトだったと思います。

 印象的だったのは、1997年に手掛けた石川県金沢市の兼六園のプロジェクト。大型連休などに観光に訪れるクルマが増え、周辺道路が渋滞するのが課題でした。そこで自治体が高速道路のインターチェンジ(IC)を出たところに駐車場を造り、そこから兼六園までバスで輸送するという取り組みを始めましたが、利用客が伸び悩んでいました。私は「利用が増えないのは情報が足りないからだ」と仮説を立て、ICの出口に大きなインフォメーションボードを設置。兼六園周辺の混雑状況や、駐車場の空き状況をリアルタイム表示してみることにしました。

 当時はまだ今のようなセンサーやデジタルサイネージもありませんから、大学生をたくさん配置して人海戦術でデータを取り、ベニヤ板のボードにマグネットを貼り付けて情報を表示。大変アナログな手法でしたが、これは実際に効果が出ました。

 このように、私は環境や福祉との関連も踏まえて公共交通についてずっと研究しております。

伊藤明日香氏(OECD国際交通フォーラム政策分析官、現・国際自動車連盟サステナブルモビリティーマネジャー) 私は22年2月より国際自動車連盟(FIA)で働いていますが、以前は経済協力開発機構(OECD)傘下の国際交通フォーラム(ITF)で3年間、政策分析官をしていました。

 「革新的なモビリティーの展望 MaaSの状況」は、ITFと、持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)が共同で発表したリポートです。今日の都市におけるモビリティの変化と、課題を改善するためのMaaSの可能性を紹介するとともに、全体を見渡し、今後に向けての指針を示している点で注目を集めました。

 そこから派生し、21年秋には、一般財団法人日本みち研究所、一般財団法人運輸総合研究所の協賛で、リポート概要の日本語版を発表し、日本の文脈に即して内容を紹介するウェビナーを開催しました。

▼関連リンク 革新的モビリティの展望 モビリティ・アズ・ア・サービス(MaaS)の状況 概要(日本語版)

 私は叔父がメキシコで仕事をしていた縁もあり、上智大学ではスペイン語と中南米地域研究を専攻し、メキシコのモンテレー工科大学に留学しました。行ってみると、私が思っていたメキシコのイメージとはまったく違う最先端のIT教育が行われていた半面、貧富の差が激しく、大学まで行ける人はほんの一握りであることに衝撃を受けました。自分がいかに恵まれていたのかを実感しました。

 奨学金で大学に通うサポテカという先住民族の友人ができ、その家族と交流するうちに、どうすれば「すべての人が取り残されることなく活躍できる社会」をつくれるのだろうかと考え、街づくりや開発経済に興味を持つようになりました。

 メキシコでは、もともと日産自動車が、1960年代から漫画を使って現地の方に日本のモノづくりを教えていました。その姿勢に感銘を受け、日産自動車に就職したのがキャリアのスタートです。国内の工場やディーラーで研修を受けた後、もともと得意だったスペイン語を生かせる中南米エリア事業統括部で4年ほど働きました。

 日本に戻ってからはアルゼンチン大使館でスペイン語の通訳兼アジアの政治経済状況を調査する専門官として勤務。そのときに、転機となる出来事が起きました。2011年の東日本大震災です。会津若松で青果市場を営む親戚を通して原発の風評被害や補償金の実情を知りました。その経験から、環境政策やエネルギー外交を学びたいという気持ちが強くなりました。

 その後、シンガポールの投資ファンドで1年間働いた後、ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)の修士課程で外交学とエネルギー・環境政策を学びました。そして外務省のJPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)公募制度を通してOECDに採用され、最初は非加盟国であるASEAN諸国10カ国へのアウトリーチを担当。東南アジア各国を巡って大臣や政策立案者と会い、各国にどんな政策課題があるのかをつぶさに知り、多国間協調の外交の重要性を実感しました。そして1年後、次のポストとして転籍したのがITFでした。

過疎地域のMaaSと観光MaaSは日本がリードしている

——伊藤さんがITFで手掛けたリポートについて教えてください。

伊藤 ITFはOECD傘下の組織で、「ハイレベルな交通課題を自由に話し合う場」です。カウンターパート(やりとりをする相手)は各国の交通関連の省庁で、加盟する63カ国から提起される政策課題を議論し、官民の専門家と共に調査リポートを作成しています。私はそこで主に、MaaSを含むスマートモビリティ、交通安全、コネクティビティー(連結性)、持続可能な交通などを担当しました。

 一口にMaaSと言っても、しっかりした定義はまだ見当たりません。そんな中、今回のリポートでは、MaaSを「各国が抱える交通課題を解決する可能性のあるエコシステム」と捉え、ITF加盟国を中心に2年半の調査を実施して各国の取り組みをまとめました。調査の結果、MaaSを国の政策にまで持っていけている国はフランス、フィンランド、オランダなど数カ国でした。日本もそこに入ります。

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