IoT接続されたスマート調理家電の“頭脳”の役割を果たす「キッチンOS」の1つとして注目されているのが、アイルランド発のフードテックスタートアップ、Drop(ドロップ)だ。2021年10月には、米国で爆発的な人気を誇るマルチ電気圧力鍋「Instant Pot(インスタント・ポット)」シリーズに本格搭載。一体、何がすごいのか(取材・インタビュー協力/スクラムベンチャーズ・外村仁Hitoshi Hokamura氏)。
「Drop Kitchen OS」は米Innit(イニット)や米SideChef(サイドシェフ)などと並び、家電のスマート化を実現する「キッチンOS」のプラットフォームの1つ。キッチンOSとは、パソコンの世界に例えるならWindowsやMacOSと同様で、IoT機能を搭載したキッチン家電の“頭脳”ともいえるレシピ・家電制御ソフトウエアのことだ。
Drop Kitchen OSは、ドイツのBOSCH(ボッシュ)や米GEアプライアンス、韓国LGエレクトロニクスのビルトインオーブンや、独Vorwerk(フォアベルク)、英Kenwood(ケンウッド)、スウェーデンのElectrolux(エレクトロラックス)のカウンタートップ調理家電など、対応する調理家電は既に世界で3000万台を超えるという。
そのDropが、米国で絶大な人気を誇るInstant Brands(インスタントブランズ)のマルチ電気圧力鍋「Instant Pot(インスタントポット)」シリーズにも本格的に対応した。以前からDrop RecipeアプリでInstant Potシリーズ用のレシピを提供してきたが、同アプリやInstant Brandsアプリから直接、調理設定や操作ができるのは、米国で2021年10月に発売された「Instant Pot Pro Plus」が初となる。
今回は、日本でフードテックのオープンイノベーション・プログラム「FoodTech Studio - Bites!」を運営する米スクラムベンチャーズのパートナーで、フードテック・エバンジェリストとして活躍する外村仁氏の協力を得て、Instant Pot Pro Plusを入手。最速のレビューを行うとともに、DropのCEO(最高経営責任者)兼共同創設者のBen Harris(ベン・ハリス)氏に単独インタビューを行った。
Web上のレシピをAIが“自動翻訳”
まずは、Instant Potシリーズから紹介していこう。Instant Potシリーズは2010年に誕生した電気圧力鍋で、圧力調理の他に、いため調理、スロー調理、低温調理など様々な調理方法に対応する。日本でいうなら、“ほったらかし調理”ができるシャープの「ヘルシオ ホットクック」がイメージに近い。
Instant Potシリーズは、16年7月に開催された米アマゾン・ドット・コムの年に一度のセール「Prime Day」で、1日に25万1000台を販売する大ヒットを記録し、全米で一躍注目の的となった。Amazon Kindleストアなどで検索すると、9000以上ものレシピブックが出てくるほどの人気で、Facebookの「Instant Pot Community」は300万人を超えるユーザーが集まっている。米国ではかなりポピュラーな調理家電といえる。
国内ではパナソニックやシャープ、日立グローバルライフソリューションズなどが独自に家電のスマート化を模索している最中だ。「調理時間などの手順を本体に転送できる」「レシピをクラウドからダウンロードして本体に登録できる」といったことは可能だが、DropとInstant Pot Pro Plusの連係には、「その先」の世界が見いだせる。
例えば、Web上のレシピをAI(人工知能)が“自動翻訳”し、調理家電が理解できる状態にする機能はDropならではだ。Ben Harris氏は話す。
「目指すのは、ユーザーがどんなレシピでも選択でき、それに基づく調理をガイドすることで最高の体験を提供することだ。そのため、DropはWebサイトに掲載されているレシピをアプリで使えるようにAIで自動変換する『スマートコンバージョン』機能を採用している。我々は(人気音楽配信サービスの)Spotifyのようなもの。別の場所で作成したコンテンツ(レシピ)をスマート家電で使用し、調理するための最良の方法として、この方法を考えた」
もう1つが、Dropプラットフォームとの接続性を実現する独自開発のIoTモジュールだ。
「IoTモジュールを家電の中に搭載してスマート化することで、家電がどのように接続して使われているのかを分析でき、カスタマーサービスに生かせる。スマートコンバージョンによるレシピの提供とIoTモジュールによるコネクティビティーの両方がないと、素晴らしいコネクテッドユーザー体験を提供することは難しい」(Ben Harris氏)
Drop×Instant Potで実現したスマートな調理体験とは?
では、DropはInstant Pot Pro Plusとのコラボで、実際にどのようなことを実現しているのか。Instant Brandsアプリを使って紹介していこう。これはDrop Recipeアプリをカスタマイズしたもので、Instant Brands製品以外のスマート家電を登録できないことを除いて機能はほぼ同等だ。
ユーザーはアプリから好みのレシピを選択すると、それがInstant Pot Pro Plus本体にセットされる。後はアプリで示される調理手順に従うだけだ。食材をいためるタイミングなど、調理の進行状況を確認できるとともに、アプリ操作から蒸気を放出するといったこともできる。
まずアプリを開くと、様々なレシピが一覧表示される。これらは、対応するレシピサイトのレシピを分量から調理手順まで独自のAIで分析して登録したものだ。
「当初はブレンダー、スタンドミキサー、フードプロセッサーなど、12種類のキッチン家電のカテゴリーにレシピを対応させようとしていた。しかし、電子レンジはノンフライ調理ができ、オーブンは真空調理ができ、ミキサーは加熱ができるなど、1つの家電が持つ機能は1つではないため、それぞれの家電が持つ機能に対応させるようにした。このAIの開発には何年もの時間がかかった」(Ben Harris氏)
続いてアプリの「Kitchen」メニューを開くと、Drop対応機器を登録できる。「Discover」メニューから好みのレシピを選ぶと詳細を確認でき、「Start Cooking」を押すとレシピに沿って調理を進められる。「Serves」で「+」「-」を押せば、必要な人数分のレシピの分量を調整できるのが便利だ。
また今回、Instant Pot Pro Plusへの対応に合わせて「ステップ・バイ・ステップ・ガイド」という調理フローの他、音声コントロールも新たに搭載した。「Instant Pot Pro Plus向けには蒸気抜きの方法を選択できるようにするなど、製品を最大限に活用するための機能も搭載している」(Ben Harris氏)とのことだ。
「従来はレシピをスクロールしていくと分量が分かりにくくなる課題があったが、新たなUI(ユーザー・インターフェース)では人数を選んで『Start Cooking』を選ぶと最初に分量が表示され、ステップごとに作り方が出てくるようにした」(Ben Harris氏)
アプリの登録時にはどのようなレシピに興味があるのかを選択できるようになっており、それに応じてレシピを提案する。好みのレシピに「いいね」をしたり、作ったレシピを評価したりすることで、提案されるレシピが変わっていく仕組みになっている。健康を意識して、肉料理が続いたら魚料理や野菜料理を提案するなど、ユーザーの好みとは違う提案をする機能は現状では考えていないという。
一方、Instant Brands製品以外のDrop搭載機器に対応するDrop Recipeアプリであれば、保有するスマートキッチンスケールやスタンドミキサーなどをアプリに登録することで、途中の工程をそれらの機器に任せることもできる。Drop対応スマート調理家電が増えれば増えるほど、より正確に調理を行えるというわけだ。
しかし、同じ機能(いためる、煮る、低温調理するなど)があるスマート調理家電を複数持っている場合、どのように機能を割り振るのだろうか。
「現状では、同じ機能を持つスマート家電を複数持つ人はほとんどいない。そのため、そのうちのどれか1つをレコメンドしたり、その人がよく使う機器を提案したり、提案された機器が好みでなければ替えられるようにするといったルールを模索している状況だ」(Ben Harris氏)
スマートキッチン家電市場として日本にも注目
この記事は会員限定(無料)です。
- ①2000以上の先進事例を探せるデータベース
- ②未来の出来事を把握し消費を予測「未来消費カレンダー」
- ③日経トレンディ、日経デザイン最新号もデジタルで読める
- ④スキルアップに役立つ最新動画セミナー