金属加工を手がける創業79年の老舗が新チームを立ち上げ、大ヒットを飛ばしている。チーム名は燕三条キッチン研究所。食パン1枚でホットサンドができる「ホットサンドソロ」は2020年4月に、少量の油で揚げ物ができる「コンパクトフライヤー」は21年6月に完売した(現在は再販中)。ヒットの理由を、開発過程や販売方法から探った。

ホットサンドソロ(画像提供/燕三条キッチン研究所)
ホットサンドソロ(画像提供/燕三条キッチン研究所)

 ホットサンドソロ、4950円(税込み)は、燕三条キッチン研究所の看板商品だ。たった1枚の食パンで具材を挟んだホットサンドを作れる。

 2020年4月にあるユーザーがホットサンドソロの魅力を写真付きでツイートしたことがきっかけで、2日間で10万件のいいねが付き、即完売となった。「現在も予約販売開始後、数時間で売り切れる」と話すのは燕三条キッチン研究所の小川陽介氏だ。小川氏は新潟県燕市で創業79年の金属加工会社、杉山金属の営業部部長という肩書を持つ。燕三条キッチン研究所は、杉山金属から社長を含む2人、プロダクトデザイン会社のタンジェントデザイン(新潟市)から2人、グラフィックデザイン会社のフレーム(新潟市)から3人にコピーライターが加わり8人で始まったプロジェクトだ。商品発売に際しては、燕三条キッチン研究所のWebサイトを新たに立ち上げ、杉山金属の名前をあえて表に出さないことを意識したという。

 杉山金属は主にOEM(相手先ブランドによる生産)を手がけてきた。高い技術力でOEM先が増える一方で、悩みを抱えていたのが自社のオリジナル商品の販売価格だった。自動で生地が回転するたこ焼き器など、使い勝手とインパクトを兼ね備えた商品などを出していたが、商社や卸を経て、希望価格よりもかなり低い値段で店頭やECサイトに並んでいたという。「流通が複雑化してどこにどの商品がどんな値段で売られているのか、まったく把握できなくなっていた」(小川氏)

 危機感を抱いていた小川氏が、ある仕事で出会ったのが、アートディレクターの石川竜太氏だ。自社のロゴデザインでもパッケージでもいい、ブランディングできないかと持ちかけた。快諾した石川氏が声を掛けたのは、プロダクトデザイナーの高橋悠氏だ。さらにコピーライターの仲川京子氏が加わった。全員、新潟県出身者だ。17年から月1回の打ち合わせを重ね、「流通までコントロールできるブランドをつくり、杉山金属のものづくりの姿勢や思いをユーザーに伝えよう」という結論に至った。

杉山金属のサイト(左)と燕三条キッチン研究所(右)のサイト。まったくの新しいブランドで商品価値を訴求した
杉山金属のサイト(左)と燕三条キッチン研究所(右)のサイト。まったくの新しいブランドで商品価値を訴求した

当たり前をなくしていく

 燕三条キッチン研究所のサイト(上右)には、「素材も形もさまざまあるキッチンツール。でもそのデザイン、あなたの暮らしに合っていますか?」という問いかけがある。この言葉の裏にあるのは「当たり前を見直す」というブランドの存在意義だ。

 「なぜフライパンは丸いか知っているか」。アートディレクターの石川氏は、その理由を杉山金属社長の杉山正隆氏に教わった。理由は「作りやすいから」。であれば、しっかりユーザーの目線で考え、従来と違う形やデザインのキッチンツールが生まれてもいいのではないか。そして「4w1h」という新たなブランドコンセプトが生まれた。「5w1hからWhere(キッチン)を除いた4w1h。『そもそも』 『いつ』 『だれが』 『なにを』 『どのように』 というキーワードから、キッチンツールを再編集していきます」(燕三条キッチン研究所サイトより)

 キッチンツールを再編集するための商品開発。アイデア出しでメンバーがうたい文句にしているのは「キッチンで誰かが何かに困っているはずだ」というフレーズだ。マーケティング会社に払う予算はない。今、市場にはどんなツールがあるのか。価格、機能、サイズはどうか、どんな人が使っているのか。メンバーでロフトや東急ハンズに見学に行き、シーンを想定して商品棚の前で繰り返し話し合った。

 ホットサンドソロは、「朝食はパン派という人が増えているが、食パン2枚では子供や女性など食べきれない人がいるのではないか」という疑問から生まれた。「コンパクトフライヤー」、6050円(税込み)は、少ない油で揚げ物をしたいというニーズから開発が始まった。杉山金属で比較的小さめの揚げ鍋の需要が高まっていたことも理由の1つだ。「ひし形フライパン」、7700円(税込み)は、料理が苦手な人も調理や盛り付けがしやすい形にこだわった。

ホットサンドソロ、コンパクトフライヤー、ひし形フライパン
ホットサンドソロ、コンパクトフライヤー、ひし形フライパン

 「メンバー8人のうち、男女が半々、年齢層もばらつきがあるので、話し合うほど互いに発見がある」とプロダクトデザイナーの高橋氏は語る。料理上手な人はフライパン1つあれば何でも作れるが、そうでない人は、どうすれば簡単においしい料理が作れるのか。どの過程が面倒なのか、など、率直に議論できたという。

 もう1点、ゼロベースから、製造担当者、プロダクトデザイナー、アートディレクターらで話し合うこともメリットとなった。どの作業もゴールに向けてのぶれがない。素材やデザイン、表現方法を試行錯誤する際の無駄が減り、精度が自然と上がった。「通常、アートディレクターは完成した製品に対して、良さを伝える言葉やパッケージなどのデザインを考える。だが燕三条キッチン研究所では、ブランドコンセプトや開発プロセスをすべて知り、理解した上で提案できるので、ダイナミックな言葉が出てきた」(石川氏)

有料会員になると全記事をお読みいただけるのはもちろん
  • ①2000以上の先進事例を探せるデータベース
  • ②未来の出来事を把握し消費を予測「未来消費カレンダー」
  • ③日経トレンディ、日経デザイン最新号もデジタルで読める
  • ④スキルアップに役立つ最新動画セミナー
ほか、使えるサービスが盛りだくさんです。<有料会員の詳細はこちら>
26
この記事をいいね!する