2021年2月、パナソニック アプライアンス社が「Makuake」でクラウドファンディングを実施したところ、開始からわずか7時間ほどで目標金額の1000万円を上回る金額を集め、同社のロボット320体が完売した。この商品のプロジェクトリーダーを務めるパナソニック アプライアンス社の増田陽一郎氏は、「予想をはるかに超えた反響」と驚く。
今回、人々から多くの賛同を得た商品とは、同社初のコミュニケーションロボット「NICOBO(ニコボ)」だ。本体は直径20センチメートルほどで、体重は1キログラム強。体をなでたり持ち上げたりすると、目を動かし、しっぽを振るなどの反応を示す。
ニコボは、スマートスピーカーのように機器を操作できるわけでも、IoT家電のように先進的な機能を備えるわけでもない。できるのは、コミュニケーションによってユーザーを笑顔にすること。提供価値は生活の役に立つことではなく、人の心に豊かさをもたらすことだ。
関係性を深める「弱いロボット」
ニコボの開発は、17年に新規事業創出に取り組んでいた増田氏が、「暮らしだけではなく、心の豊かさがこれからの価値になる」と考えてコミュニケーションロボットを模索したことに端を発する。初期段階では、人と対話することによってコミュニケーションするロボットの開発を目指していたが、技術面から現実的ではないと断念した。
転機となったのは、ニコボの共同開発を担う豊橋技術科学大学の岡田美智男研究室(ICD-LAB)との出合いだった。同研究室が取り組むのは「弱いロボット」だ。自分でゴミを拾うことはできないが、周囲の人に拾ってもらうように促す「ゴミ箱ロボット」は同研究室が開発したものだ。
人をサポートするのではなく、むしろ人にサポートしたいと感じさせ、関係性を深めるロボット。そんな概念を取り入れることで、目指すロボット像を、生き物らしい振る舞いや存在感を持ち、言葉ではなく、主に体でコミュニケーションするロボットに大きく方向転換した。
ニコボは、加速度ジャイロセンサーや気圧センサーに加え、鼻にカメラ、頭頂部に3つのマイクといったさまざまなセンサー類を搭載しているが、いかにもロボットという風貌ではない。難燃性のニット素材で覆った本体は、むちむちした生命感あるたたずまい。つい抱きしめたくなる、なでたくなるといった気持ちを促すプロダクトデザインになっている。
ニコボには口がない。しっぽの動きや独自の「モコ語」などの曖昧な表現によってユーザーそれぞれがニコボの気持ちを解釈し、感情移入しやすい存在を目指した。ニコボが時々発する寝言やオナラは、気ままな性格を表すインタラクションだ。寝言を言ったりオナラをしたりすると、目を背けるなどごまかそうと振る舞うという。
動きやモコ語は、使用シーンを想定しながら、「こんな動きをする」「こういうことを言う」と決定した。ニコボのプロジェクトメンバーでUXデザインを手掛けたパナソニック アプライアンス社の浅野花歩氏は、「『もこー』とは言うが、『もこもこ』とは言わないなど、感覚的な議論を重ねた」と言う。
実務的な役には立たない「LOVOT」の人気が高いように、コミュニケーションロボットは一定の市場を築きつつある。ユーザーの気持ちを捉え、心の豊かさの提供を目指したニコボ。今回のクラウドファンディングでの成功は、今後の家電や車といったハードや、さまざまなヒューマンインターフェースの開発に影響を与えそうだ。
(写真提供/パナソニック)