国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の重要性が叫ばれる中、半世紀以上熊本県で、環境に優しい素材である竹の箸を作り続けてきた企業が注目を集めている。OEM(相手先ブランドによる生産)が中心だった同社は、企業価値を高めるためにブランドづくりに乗り出した。
食生活に欠かせないのが「箸」だ。安価で大量生産可能なプラスチック製の箸が市場に多く出回っているが、もともと箸は竹から作られていた。日本国内での竹製箸の生産量は年々減少しており、その多くが輸入した間伐材を使い、国内で塗装を施したものである。
熊本県の西北に位置する南関町。全面積の約半分を森林が占め、名水の里としても知られる自然豊かな町だ。多くのホタルが見られる「ホタルの里公園」の近くにあるヤマチク(熊本県南関町)は、創業以来半世紀以上「竹の箸」だけを作り続けてきた企業だ。これまで中川政七商店やCO・OP(生協)などへのOEMが中心だった老舗は、2019年より自社ブランド「okaeri(おかえり)」を立ち上げた。
製造担当ママ社員の挑戦
自社ブランドを発案したのは、IT企業を経て、24歳のときに家業であるヤマチクに入社した3代目の山崎彰悟専務である。きっかけは、同社の思いを世に伝え、社員のやりがいを生み出すため。創業以来、純国産の天然竹を職人が一本一本刈り取り、同社の工場で加工から塗装、包装まで一貫して物づくりをしてきた。しかしながら同社はOEMが中心。「OEMだけでは社員の精神的なやりがいも、物理的なやりがいも保つことは難しかった」(山崎氏)
丹精を込めて生産しているのに自分たちの名前が表に出なければ、精神的なやりがいは得づらい。継続的に満足いく給料がもらえなければ、物理的なやりがいにもつながりにくい。「魅力ある仕事であり続けられるかを考えたとき、今のままでは駄目だと思った。顧客により近い位置で箸を届けるのが大事だと感じた」と山崎氏は話す。
ブランドづくりで山崎氏が一番こだわったのは、社員を巻き込むこと。会社のブランドでもあるが、社員のブランドにならないといけない。「よくあるのが経営者と外部のクリエイティブディレクター、数人の担当者のみで話がまとまってしまうこと。かっこいいブランドができるかもしれないが、生産担当からすれば仕様書通りに作るOEMと何ら変わりがない。自分たちでつくったと自慢できるブランドにしたかった」(山崎氏)
社員26人中26人が製造を担当しており、営業や経理などバックオフィス業務は社長と山崎氏で行っていた。ブランドづくりは有志を募り、スタートした。もともと製造を担当し、okaeriのブランドマネジャーとなった松原歩氏は、二つ返事でメンバー入りした。「ヤマチクの仕事といえば、箸を作る、それだけだった。今の仕事は好きだけど、何か新しいこともしてみたかったのでチャンスだと思った」(松原氏)
マーケティングや商品企画など、メンバー誰一人やったことがない状態でスタート。毎週1時間、専務と4人のメンバーで勉強会を実施した。「本当に基礎の基礎から。問屋とは何か、流通の仕組み、なぜOEMだけでは駄目なのか皆で議論した」(松原氏)。そのほかにも専務が紹介した“課題図書”を読み、ブランディングについて学んだり、自社の思い、強み・弱み、歴史などを書き出したりした。
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