長い階段を下った地下深くに駅のホームがあることで有名な上越線土合駅(群馬県みなかみ町)。その駅舎内外を活用した無人駅グランピング施設「DOAI VILLAGE」が2020年11月14日に開業した。開業前から年内の予約がほぼすべて埋まるなど滑り出しは好調だ。
群馬県水上温泉の近くに「日本一のモグラ駅」として知られる駅があるのをご存じだろうか? 群馬県高崎市の高崎駅から新潟県長岡市の宮内駅までを結ぶJR東日本上越線の無人駅、土合(どあい)駅のことだ。
同駅の愛称はその独特な構造に由来する。上り線のホームは地上にあるものの、下り線のホームは脇を流れる湯檜曽川を越え、標高差にして70メートル、486段もの階段を下った地下深くにあるのだ。
上越線の開通から複線化にともなう歴史の中で、下り線は新清水トンネル、上り線は清水トンネルと、別々のルートを通ることになったことがその原因。土合駅の開業は1936年ながら、67年に新清水トンネルが開通し、複線化したことで、新清水トンネル内に新たに下りホームが造られることになったのである。
この土合駅に2020年11月14日、グランピング施設「DOAI VILLAGE」がグランドオープンした。JR東日本と同社の子会社でCVC(Corporate Venture Capital)のJR東日本スタートアップ、さまざまなキャンプ施設などを手がけて来たVILLAGE INC.(静岡県下田市)の3社が手がけたこの施設は、開業前から年内の予約がほぼすべて埋まるなど、好調な滑り出しを見せている(関連記事「旅が変わる ヒット予測1位『無人駅×グランピング』とは何か」)。
グランピングとは「グラマラス」「キャンピング」からなる造語。安全性を担保したまま非日常の自然を手軽に味わうキャンプスタイル、あるいはキャンプに近いアウトドア体験を手ぶらで楽しめる施設を指す。
新たに開業したDOAI VILLAGEでは、4棟のインスタントハウス(宿泊施設)を設置。テントに近い構造でありながら、強度と断熱性は高いため、夏は涼しく冬は暖かい環境を整えた。20年2月に40日間にわたって行われた実証実験では、外気温が-10度になったときでもオイルヒーターだけで室内を20度にキープできたそうだ。
実証実験のときはシャワーもなく、トイレは土合駅のものを利用する形だったというが、グランドオープンに当たって、専用のシャワーとトイレ、簡易キッチンを完備。サウナも作った。
大企業とスタートアップが相互補完
JR東日本らとともにこのDOAI VILLAGEを手がけたVILLAGE INC.は12年の創業以来、「何もないけど何でもある」をモットーに日本の遊休地や遊休施設を活用したレジャー施設の開発などを行ってきた。橋村和徳社長によれば、「無人駅と聞くと寂しげで負のイメージがあるが、僕らには宝の山」であるという。
無人駅は今でこそ職員がいない状態だが、電気が通り、一次交通が接続しているために開発しやすいのが強み。実証実験の際には、利用者が遠く岡山から電車を乗り継いで訪れたケースもあったそうだ。
新型コロナウイルスの影響もあり、実証実験では実際の稼働率は7割にとどまったというが、期間中の予約率は100%を達成した。以前から土合駅は「日本一のモグラ駅」として知る人ぞ知る存在であったことも大きかったのだろう。この成功を受け、今回のグランドオープンとなった。
DOAI VILLAGEの開業に当たって橋村社長は「JR東日本スタートアップというCVCの存在が大きかった」と語った。JRのリソースを活用しながら新しいことができないかというVILLAGE INC.のアイデアを受け入れる窓口としてJR東日本スタートアップが機能した。
一方、「ベンチャーはわくわくするようなアイデア、スピード、個性のあるスタッフと、大企業にないものを持っているが、ハードウエアを持っていない」と語るのは、JR東日本スタートアップの柴田裕社長。
無人とはいえ駅を存続させるには多大な管理コストがかかる。無人駅をレジャー施設として転用するVILLAGE INC.のアイデアは、JR東日本の資産活用策として有意義だ。お互いの足りないところを持ち寄る形で実現したDOAI VILLAGEは、JR東日本にとっても理想的な組み合わせと言えるだろう。
地域のアクティビティーと連携した観光施策
この土合駅を皮切りに、JR東日本スタートアップとVILLAGE INC.は無人駅をベースとしたレジャー施設開発を続けていく予定だ。第2弾以降について橋村社長は「土合駅のような特色のある駅のほうがやりやすいのは確かだが、最終的にはそのエリアにどれだけの“熱量”があるかを重視している」と語った。
ここで言う熱量とは、地元の人たちによる地域を活性化しようという動きのことだ。DOAI VILLAGEでも夏はラフティング、冬はスノーシューイングと、既存の地元アクティビティーと連携を取っての観光振興を予定している。
また、テントサイトなどを併設する予定はあるかという問いに対し、橋村社長は「考えていないわけではないが、みなかみエリアにはキャンプ場などが既に存在する。そうしたところとともに“オールみなかみ”として地域を盛り上げていきたい」と語った。
VILLAGE INC.がすべてお膳立てをするのではなく、地元の人たちが地域の魅力を掘り起こし、発信しようとするその動きと連動する。これが同社のやり方であり、その熱量があるならば、土合駅のような特色のある駅でなくとも開発の候補予定地になるというわけだ。
この「みなかみエリアを盛り上げていきたい」という思いはDOAI VILLAGEを通底している。DOAI VILLAGEに先だって20年8月8日には駅舎内の駅務室を改装した喫茶「mogura」をオープンしているが、こちらは宿泊客でなくとも利用ができる。土合駅を訪れた観光客やDOAI VILLAGEの利用者、そして地元の住民との交流の場になってほしいと、橋村社長も柴田社長も異口同音に語っていた。
採算ラインは稼働率5~6割
DOAI VILLAGEの宿泊料金は1泊2食、アルコールも含むフリードリンク付きで1人2万5000円(税別)だ。食事は材料提供にとどめ、煮たり焼いたりなどの調理は宿泊者に委ねる。
日本でのグランピング施設というと調理済みの食事を提供するところもあるが、DOAI VILLAGEではキャンプとしての楽しさをより味わうグランピング本来の楽しさを重視した形だ。
現在はインスタントハウスが4棟だけだが、21年春の雪解けを待って着工に入り、8棟まで増築することが決まっている。5~6割の稼働率をキープできれば採算は取れるとのこと。
20年夏以降、コロナ禍で「密を避ける」意識がアウトドアブームをさらに加速させている。「無人駅のレジャー施設化」という試みは、一次交通に直結した遊休資産の活用という面で非常にユニークだ。新たな地域振興の形として後続が生まれるか注目したい。
(写真/稲垣宗彦)