2019年3月、香港初の商業アートセンター「Centre for Heritage, Arts and Textile」(以下、CHAT)が誕生した。香港の経済発展を支えてきた紡績産業の歴史と、そこから生まれた数々のテキスタイルをアートとして扱って展示する施設だ。実はCHATのエグゼクティブディレクター兼チーフキュレーターを務めるのは日本人女性。コロナ禍のいま、彼女が日本人マーケターに伝えたい香港の真実の姿とは。
CHATがある荃湾(ツェンワン)は、中国本土にほど近い新界エリアにあり、香港の人々にとってはいわゆるベッドタウンとして知られる。香港と言えばきらびやかな香港島や九龍を思い浮かべるもしれないが、実はエリアとしては新界の面積が最も広く人口も多い。中国から買い出しに来る人がたまにいる程度で、観光客が訪れることはほぼない。こうしたことから、日本人にはほとんど知られていない。
実はこの地には日本との結びつきが少なからずある。以前は紡績関連の工場などが立ち並び、そこには大量の日本製の織り機が導入され稼働していたからだ。1950年代から80年代にかけて、香港の経済発展を支えてきたのが紡績産業。豊田自動織機の織り機や日産自動車の自動操糸機などが日本から上海を経て、香港へと渡った。技術を得たことで香港のテキスタイル産業は勃興。日本と切っても切っても切れない関係にあるのだ。CHATも、紡績工場の跡地をリノベーションして開設されている。
なぜテキスタイルのアートセンターが作られることになったのか。
「時間が余ったときに『ショッピングモールに行く』『ハイキングに行く』ように美しいものを見て感性を磨く、知識を得る、といった選択肢があってもいいのではないか。そう考えた」
エグゼクティブディレクター兼チーフキュレーターの高橋瑞木氏はこう話す。香港のアートギャラリーは高価な作品を売る『ハレ』の場所であり、世界の一流のアート作品やデザイナーに触れる機会があるのはごく一部のお金持ちだけ。テキスタイルという歴史の蓄積から過去を学び、アートの視点から香港の将来を考えるきっかけにしてほしいとの願いがCHAT開設には込められている。
幸い、これまでのところ、狙いは当たっている。工場など、テキスタイル産業で仕事をしていた経験のあるシニア層が子供や孫を連れて見に来ることもあるという。CHATの常設展では日本製の紡績機械が展示されており、数十年を経た現在でも問題なく動く。「都市再生や、その街のプライドを象徴するようなランドマークに育てていきたい」(高橋氏)
アートを富裕層だけのものにしたくない
日本との深い結びつきを人々に知ってもらい、日本との未来の懸け橋をつくろうと奔走する高橋氏。そもそも彼女がなぜ、海の向こうでこのような活動に携わっているのか。そこには、同氏と香港の間を紡ぐ不思議な“糸”がある。
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