横浜みなとみらい21地区の日産グローバル本社近くの敷地に2020年8月、「ニッサン パビリオン」がオープンした。同社が描く、ほんの少し未来のモビリティ社会や先進技術を、体験と共にプレゼンテーションする場だ。プロジェクトではCGやVR(仮想現実)ゴーグルを活用し、リアルタイムにアイデアをビジュアル化して決定するなど、新しいデサインプロセスを採用した。
白いメッシュ素材で囲われた「ニッサン パビリオン」内の近未来空間に足を踏み入れると、緑豊かな公園のような場が広がる。カフェの奥にある、「ザ シアター」「ザ シティ」「ザ ライフ」と名付けた各空間では、短編映画やインスタレーションを体験できる。
ここで展開されるUX(ユーザーエクスペリエンス)には、大きく2つの設計思想が見られる。1つは、いかにも未来的にするのではなく、日常の延長上とすること。こうすることで、あくまでも現在の暮らしの先にある未来との認識を共有できると考えた。
体験を通じて未来や技術を伝える
もう1つが、技術を前面に出すのではなく、体験を通じて未来の社会や先進技術を伝えること。ザ シアターでは、巨大ディスプレーでプロテニスプレーヤーの大坂なおみ選手とのバーチャルテニスをプレーできるが、大坂選手の打球の軌道を予測、可視化することで、プレーヤーにテニスの腕前が上達したかのような感覚をもたらす。これには、建物の陰やカーブの先に潜む見えない歩行者の存在を、運転手に知らせる技術を活用している。
建屋内を新型EV(電気自動車)「アリア」が走る演出は、走行中に排ガスを出さないEVだからこそ。同施設の企画などを手掛けた、TBWA/HAKUHODOのエクスペリエンシャルマーケティング1部部長の森峰夫氏は、「日常や自然と調和させることで、生活が豊かになる体験の先に、未来のモビリティ社会や先進技術を伝えたいと考えた」と言う。
同施設の企画には、日産社内のマーケティングやブランドなどのさまざまな部署だけでなく、社外の関係者も多く関わった。多くの人々とプロジェクトを進めるために取り入れたのが、リアルタイムにビジュアライズする新しいデザインプロセスだ。ワークショップやディスカッションなどの最中に、その場でCGのレンダリングを行い、VR(仮想現実)ゴーグルを使って再現した空間を1/1スケールで確認する。これにより、天井の高さや展示の角度などをすべての参加者と共有しながら、その場で決定できるのだ。
プロジェクトマネジメントやデザイン監修を手掛けたアーキセプトシティ(東京・渋谷)代表の室井淳司氏は、「デザイン思考に基づきながら、その場で具体的なアウトプットまで決める新しい手法」と表現する。
新しいデザインプロセスの採用も含めて、19年ぶりのロゴの刷新やテレビCMへの新ブランドアンバサダーの起用などで活発化する、「新しい日産」への移行を象徴する場になっている。