「BanG Dream!(バンドリ!)」「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」「カードファイト!! ヴァンガード」(以下、ヴァンガード)などの人気IPを持つブシロード。近年は音楽ライブや新日本プロレスの興行などリアルイベントにも力を入れる。それらに新型コロナウイルスはどう影響したのか。木谷高明会長は「1月末には対策に動き始めていた」と言う。

ブシロード代表取締役会長の木谷高明氏
ブシロード代表取締役会長の木谷高明氏

――新型コロナウイルスには早い段階から対策されたと聞いています。

木谷高明氏(以下、木谷氏) 全社員一堂に会しての全社朝礼を最後に開いたのが2月17日。その場で社内向けに緊急事態宣言を出しました。「2日間で在宅勤務の体制を整える」と社員に伝え、その日のうちに新宿や秋葉原にノートPCを50台買いに行かせました。

 その週末には米国の現地法人に電話し、マスクを調達させています。5月中旬までに調達したマスクはトータルで25万枚くらいになったでしょうか。社内に10万枚、残る15万枚は社外の取引先などに配りました。

――膨大な数ですね。

木谷氏 3月上旬の時点でみんなマスクを持っていませんでしたから取引先にはとても喜ばれましたね。

陣頭指揮を執るために「代表取締役会長」に復帰

――17年10月に代表取締役社長からデジタルコンテンツ事業や広報宣伝を管掌する取締役に退きましたが、20年6月19日に再び代表権のある代表取締役会長に就任されました。それは自ら指揮を執るためですか。

木谷氏 そうですね。逆に言えば、新型コロナウイルスの問題がなければ代表取締役にはならなかったでしょう。

 今は新型コロナウイルス影響下の非常時、いわば「戦時」です。こういう状況ではトップダウンで組織を動かせることが大事。役職上は一(いち)取締役でも、創業者であり、私の家族でブシロード全体の55%の株式を持っていることを考えると、喫緊の要件に関しては私が先頭に立って判断し、決断のスピードを上げることが必須と思えました。社内だけでなく取引先や株主に対しても、打ち出す施策の説得力が増すという判断もありました。

 金融機関との取引やIR関連、管理部門、海外業務などは引き続き橋本義賢代表取締役社長が担います。僕は非常事態で前面に立つと同時に、従来通りコンテンツを担当します。ものづくりという部分では今までとまったく変わりません。

2月には全イベントを中止または延期

――ブシロードの事業も新型コロナの打撃を受けていると思いますが、状況は?

木谷氏 20年2月18日にはブシロード主催のイベントをすべて中止もしくは延期すると発表しました。新日本プロレスの興行をはじめ、春先に予定していた大きなライブも含めます。この影響が大きいですね。特にプロレスは興行が収益の中心ですからダメージは大きかったです。

――加えて2月20日にはAnimeJapan 2020へのブース出展取りやめも発表するなど、ブシロードの対応の素早さは際立っていたように思います。

木谷氏 海外の状況を見て、1月20日頃から「これが日本に来たらどうしようか?」とずっと考えていたんです。映画館の閉館やテーマパークの休園、街に人がいなくなることも想定していました。

 2月9日に大阪城ホールで開催した新日本プロレスの「THE NEW BEGINNING in OSAKA」など、2月上旬は大きなイベントをいくつも予定していましたから、「ここまでは無事終わってくれ」と必死に祈っていましたね。

 これらが終わって一段落し、周囲を見回してみたら状況は結構逼迫してきてるなと。そこから対策を詰め、2月17日の朝に先述の社内向け緊急事態宣言を通達しました。

大阪城ホールで2020年2月9日に予定通り開催された新日本プロレスの「THE NEW BEGINNING in OSAKA」
大阪城ホールで2020年2月9日に予定通り開催された新日本プロレスの「THE NEW BEGINNING in OSAKA」
IWGPヘビー級・IWGPインターコンチネンタル王者の内藤哲也選手らが出場した
IWGPヘビー級・IWGPインターコンチネンタル王者の内藤哲也選手らが出場した

――20年3月に開催されるはずだったAnimeJapan 2020への出展中止もブシロードが最初に発表しています。

木谷氏 2月20日に出展中止のリリースを出しました。いずれ政府の要請でイベント自体中止になると思ったので、主催者から早急に中止を発表してほしかったのですが、提言してもなかなか状況が変わらなかったんです。

 中止が決まるまでは、ブースの設営など準備の手を止めるわけにはいきません。開催まで1カ月を切るとキャンセルするのも大変です。造作が始まってしまったら損失額は大きくなる。ブシロードのブースは合計で80コマほどありましたから、何千万円という損失になる恐れもありました。

 政府からのイベント自粛要請を受けてイベントの中止が発表されたのは1週間後の2月27日。対応する上でこの1週間の差は大きかったと思います。

アプリ売り上げの20%を公認店舗に還元

――2月28日には、ゲームアプリ『ヴァンガードZERO』の3月から5月の売り上げの20%を公認店舗に還元する施策を発表しました。その後も、バナークリック、リツイートに応じた利益還元策、感染防止のためのスクリーン「TCGウォール」やマスクの提供など、公認店舗への支援策を次々と発表・実施されています。

木谷氏 TCGウォールの提供を開始した時点では、コンビニやスーパーのレジにもスクリーンは設置されていませんでした。Twitterなどでは「意味があるのか」といった投稿もありましたが、あれをきっかけに「他にどういう対策が取れるのか」「うちの店なら何ができるのか」を考えてみてほしかったんです。こういう非常時は想像力を働かせて工夫することが大事です。実際、今回のいろいろな対策では想像力が役立ちました。

公認店舗に配布した「TCGウォール」の使用イメージ。対戦スペースでの使用を想定した
公認店舗に配布した「TCGウォール」の使用イメージ。対戦スペースでの使用を想定した
対戦スペースが閉鎖中のため、レジに設置した店舗も
対戦スペースが閉鎖中のため、レジに設置した店舗も

――銀行への資金調達の打診も早々にされたそうですね。

木谷氏 銀行からは「年末に借りたのになぜまた借りるんだ?」と言われました(笑)。1月下旬から役員会で「どんな理由をつけてもいいから借りてくれ」と言っていたのですが、申し入れから1カ月くらいはなかなか進みませんでした。

 そこで、「『貸さないんだったらメインバンクを変える』と伝えろ」と社内の担当者に指示したんです。そこから一気にスピード感が変わりましたね。60億円程度調達するつもりでしたが、結果的に80億円ほど借りられました。

 おそらく銀行側は新型コロナ対策でそれだけ使うと想像できなかったんでしょう。取引先にも、「今のうちに借りられるだけ借りておいたほうがいいですよ、借り手が殺到しますから」と伝えていました。実際にその通りの状況になったのはご存じの通りです。もう2週間遅かったら申し込みが殺到して借りるに借りられなくなるところでした。

オフィス周辺への引っ越しに30万円補助

――ウイルスの影響がここまで甚大だと想像できたのはなぜですか?

木谷氏 世界中の人たちが中国とこれだけ行き来している以上、必然でしょう。むしろ難しかったのは、イベント中止の発表や支援策実施のタイミングです。東京と地方では温度差があって、あまり早く動きすぎても空回りする懸念がありました。

――冒頭に在宅勤務の話が出ましたが、社内向けにはどんな施策を打ったのでしょうか?

木谷氏 2月17日に通達したのは、来客と訪問、会食、満員電車への乗車禁止などですね。時差出勤、4時間勤務、帰宅後の在宅勤務といった形態での勤務も認めました。

 その結果、全社員の10%程度が出社すれば最低減の業務が遂行できることが分かったんです。これが分かれば、出社と在宅の比率をコントロールできる。6月からは、部署ごとに在宅率を30~70%でコントロールできるようにしています。

「全社員の25%がオフィスから徒歩圏内に住んでいることが理想」という木谷氏
「全社員の25%がオフィスから徒歩圏内に住んでいることが理想」という木谷氏

――働き方改革が一気に進んだ形ですね。

木谷氏 もう1つ、20年10月末までにオフィスから2km圏内に引っ越す社員に30万円まで補助することを決めました。というのも今回の一件で全社員の約15%が徒歩で出社できるエリアに住んでいることが分かったんです。この比率を上げたい。理想は25%です。そうすると、いざというとき、歩いて出社できる社員だけでも業務がかなり回せるようになります。

――25%が徒歩圏内に住んでいれば、災害時の対応も変わってきますね。

木谷氏 災害などが起きたときも、オフィス近くに住んでいる社員がいれば「状況が落ち着いたらちょっと様子を見て来て」と頼むことができます。職場と住居が近い社員が多いことは、何かにつけてメリットになると考えています。

 今回は新型コロナウイルスという疫病による非常事態でしたが、19年の台風19号のような悪天候や地震といった自然災害時にも有効です。働き方だけでなく、住む場所についても今後は考え方が変わっていくのではないでしょうか。

――新型コロナ対策が社内改革のきっかけになったと言えるでしょうか。

木谷氏 ビジネスモデルや社内の構造を変えるのに、新型コロナウイルスを理由にできるのは確かです。社員にも「変えたいことがあるなら、今のうちに変えろ」と言ってあります。旧来のしがらみに縛られていたことでも「新型コロナウイルスの影響で」と言えますから。口にしづらい雰囲気はあるものの、新型コロナウイルスによる影響は悪い面ばかりではないと思いますね。

ブシロードが見据える「ウイルス後」

――外出自粛による「巣ごもり需要」がプラスに作用した事業はありますか。

木谷氏 アプリ関連の収益、特にDAU(デイリーアクティブユーザー数)が好調だったり、ライブ会場で売るはずだったアイテムがECを通じて意外なほど売れたりと、比較的明るい要素もありました。

 特に驚いたのが新日本プロレスです。興行をしていないのに、ECとコンテンツ配信で前年同月比50%くらいの売り上げがありました。応援の意味で買っていただけたのだと思います。

5月にECサイトで限定予約発売した新日本プロレスのマスクカバー。布マスクやサージカルマスクの上から装着する
5月にECサイトで限定予約発売した新日本プロレスのマスクカバー。布マスクやサージカルマスクの上から装着する

 ただ、あくまでも応援ですから、それがずっと続くわけではない。過去にMERS(中東呼吸器症候群)やSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行もありましたし、新型コロナウイルスが落ち着いても新たな疫病が広がる可能性はあります。今後を考えても、デジタルシフトを進めるしかないですね。

 オンラインイベントのノウハウもだいぶ蓄積されてきました。これをさらに推進します。もちろんECやアプリにも注力します。オフラインやアナログのよさを保ちつつ、より一層、デジタルにシフトしていこうと思っています。

モチベーションの維持に必要な「目標としての大会」

――ブシロードの事業では、公認店舗で開催されるヴァンガード(トレーディングカードゲーム)のイベントなどもあると思いますが、それらへの施策はいかがですか?

木谷氏 実は5月中旬から「戦闘再開」と宣言して外回りを始めました。専門店チェーンの本部5つを訪問したんですが、外出自粛の中、どこも集客に困っていました。大会などのイベントがないと、来店者が減って店内の対戦用スペースがすいてしまいます。そこでヴァンガードの原画展を開催したり、いくつかのイラストを基に遊ぶ時に下に敷くマットを作ったりと、空きスペースの活用を提案しました。

 大会がないことは売り上げにも響きます。ユーザーは新しいカードでデッキを作る気にならないんですよ。そこで、6月以降の大会再開も告知しました。緊急事態宣言が解除されたら、あとは店舗の判断でイベントを開催していいですよと通達してあります。

 毎年秋に開催している「WGP」という大型大会は中止を決めましたが、店舗にとってもユーザーにとってもそういう大きな目標が必要であることは間違いありません。

――とはいえ、数千人を1カ所に集める大会はさすがに不可能ですよね?

木谷氏 そこで、新たな大会ルールを考えました。最大16人が出場する予選を各店舗で1カ月に4回開催し、まずは8人を選出。店舗内の決勝で1人の代表を決定します。次に全国を14の地域に分割して店舗代表が競う地区大会を実施。最後に地区代表が集まる決勝大会を東京で開催します。こうすることで、各予選や決勝に出場する選手の数を抑えることができます。地区大会からは配信も考えています。

 大会の規模は小さくならないように配慮しつつ予選を細かく分割することで、一度に集まる人数を減らしなるべく移動を伴わないようにします。店舗予選が複数回あることで大会がより身近になりますし、全国大会への出場に二の足を踏んでいた人も、近所の店舗で開かれる大会なら「出てみよう」と思ってくれるかもしれません。大会の準備や出場登録などで、店舗に足を運んでもらう回数が増えることも期待しています。

(写真/酒井 康治、写真提供/ブシロード)