消費者の行動は、かつてよりも気まぐれで、衝動的な傾向が強くなっているのではないか? 消費環境が“液状化”している傾向に着目し、最近の世界の消費者行動研究において注目されている「リキッド消費」について、青山学院大学教授、日本消費者行動研究学会会長の久保田進彦氏に聞いた。
(編集部) デジタル社会の進展に伴って、ブランドに対する愛着が、瞬間的な盛り上がりで形成される結果短命化し、またシェアリング、サブスクリプションといった多様な利用手段によって特定のブランドにこだわらなくなり、ますます気まぐれで移り気になっているのではないか? この傾向が「リキッド消費」と命名されて、今、消費者行動研究でホットなテーマとなっています。
そこで、リキッド消費の研究をされている青山学院大学教授、日本消費者行動研究学会会長の久保田進彦先生に、リキッド消費の解説と、企業はどう対応していけばよいかについて、お伺いします。聞き手は、早稲田大学ビジネススクール客員教授、オープンロジCSMO(Chief Strategy & Marketing Officer)の及川直彦さんです。よろしくお願いします。
及川直彦氏(以下、及川) 久保田先生が最近発表された「リキッド消費」に関する論文*1を読ませていただきました。デジタル・マーケティングについて、これまでのマーケティング理論ではあまり語られてこなかった部分にフォーカスされていて、今日的なマーケティングの現場感とフィットするなと感じました。まず、「リキッド消費」とは何かについてご説明いただけますか。
久保田進彦氏(以下、久保田) はい。「リキッド消費」は、2017年に、世界的な消費者行動研究の学会誌『Journal of Consumer Research』に掲載された「Liquid Consumption」という論文*2で登場した概念です。「リキッド」という概念は、社会学者のジークムント・バウマンが、後期近代の社会が液状的なものとなる傾向を捉えた「リキッド・モダニティ」*3からきています。

青山学院大学 経営学部 教授
現代では、人々が生涯一つの場所にとどまることが少なくなり、多国籍化し、社会的な規範も以前ほど厳しくなくなりました。そして、かつて人々が社会に求めていた耐久性や安定性、安全性への欲望はお荷物となり、軽く、流動的で、地域性の薄い文化資本が好まれるようになりました。目新しさやアップデートを重視し、不要になったら捨て、迅速に入れ替え、新しいものを獲得することがより重んじられる社会になったといわれています。このような社会が「リキッド・モダニティ」です。
それでは、「リキッド・モダニティ」において、消費者行動がどうなるか。これがリキッド消費のテーマです。「Liquid Consumption」を書いたマーケティング学者のフロラ・バルディとジアナ・エクハルトは、リキッド消費の特徴として「短命性」「アクセス・ベース」「脱物質」の3つを挙げています。
及川 「短命性」とはどのようなことを指していますか。
久保田 「短命性」とは、ある場面で感じたブランドの価値が、別の場面では感じられなくなってしまうこと(ブランド価値の文脈依存性)、しかもそうした場面が、短時間で次々と移り変わっていくことを意味しています。ソーシャル・メディアで誰かが話題にしている今まで知らなかったミュージシャンの音楽をクリックして動画共有サイトで楽しみ、その後すぐに別のことに関心が移る、という感じの消費をイメージしてもらうとよいでしょう。次から次へテンポよく流動的に楽しむタイプの消費が活発になってきたわけです。
及川 なるほど。自分も、SNSでそのとき話題になっているものを一緒に楽しんだけれども、しばらくたつと「あれ、何だったっけ」みたいなこと、確かにありますよね。「アクセス・ベース」と「脱物質」はどう捉えるとよいですか。

早稲田大学ビジネススクール客員教授、オープンロジCSMO
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