Webマーケティングにおける手法が、「レコメンド」から「サジェスチョン」へと変わりつつある。象徴的な現象が、投稿動画サービス「TikTok」が若年層の間で急激な人気を集めていることだ。消費者本人すら気づかない潜在的なニーズを浮き彫りにする。前回に続き、AIのスペシャリスト集団「Laboro.AI」がTikTokの先進性を分析し、マーケターが持つべき視点を指南する。

米グーグルや米アマゾン・ドット・コムによって編み出された「検索」「レコメンド」。しかしAI技術が進化した今、投稿動画サービスの「TikTok」のように消費者が必要なモノやコトを本質的な形で「サジェスチョン」するサービスが登場している(写真/Shutterstock)
米グーグルや米アマゾン・ドット・コムによって編み出された「検索」「レコメンド」。しかしAI技術が進化した今、投稿動画サービスの「TikTok」のように消費者が必要なモノやコトを本質的な形で「サジェスチョン」するサービスが登場している(写真/Shutterstock)

 世界最大手の音楽配信サービス「Spotify」は、サジェスチョンの時代をにらみ、いち早く「マルチソース・レコメンデーション」を取り入れたことで知られる。前回は、「検索」や「レコメンド」の歴史を振り返りつつ、サジェスチョンを先取りしたSpotifyの先進性について詳説した。しかしながら、Spotifyにも少なからず至らない点がある。それは、あくまでシステムからユーザーに対して一方的にお薦めする一方向のレコメンドだという点である。

 その壁を越え、リアルタイムにユーザーのニーズを把握し、双方向でのレコメンドを実現したサービスがある。投稿動画サービスの「TikTok」がそれだ。

 中国のユニコーン企業バイトダンスが運営するTikTokは、全世界で5億人ユーザーを抱える。日本でも2017年夏に参入し、わずか2年足らずで10~20代の若年層を中心に1000万人近いユーザーを獲得。ショートムービーを使ったSNSとして爆発的に普及した。

 なぜTikTokはここまで急速に浸透したのだろうか。要因としては、15秒ムービーという手軽さや、拡散しやすいUI(ユーザー・インターフェース)設計、また著作権フリーで音楽を利用できる包括ライセンス契約の仕組みなど、様々な理由が考えられる。

TikTokは、どこが新しいのか

 だが最も見過ごせないポイントが、機械学習(マシンラーニング)のエンジニア陣がその設計を支えていることだ。この点に触れないわけにはいかない。

 TikTokは、アプリを開くといきなり誰かの投稿動画がいきなり再生され始める。画面に検索ボックスはなく、ランダムに動画が流れ、ユーザーは次から次へと動画を見ていくことになる。気になった動画には、「いいね」をしたり、保存したりもできる。ハッシュタグを使った検索も可能ではあるものの、一般的なTikTok楽しみ方は上記の通りだ。

 この操作を繰り返すうちに、AIがユーザーの行動を分析し、動画の好みを学習し続ける。一方でAIは、投稿される動画について詳細な分析もしている。アルゴリズムの技術的な詳細については公表されていないが、動画に付けられたハッシュタグやキーワードといった単純な言語情報だけではなく、映像に含まれる物体やその色、画像加工の内容なども分析の対象にしていると想定される。これらの情報を踏まえて、ユーザーの好みとマッチするコンテンツを提案しているようだ。

TikTokのインタラクティブ・レコメンデーションのイメージ
TikTokのインタラクティブ・レコメンデーションのイメージ
ユーザーの取った行動から学習し、好みにあったコンテンツを提案する

 そう考えると、TikTokは単なる動画SNSではなく、高精度なAIを搭載したアプリケーションの一種だと言える。ユーザーの検索に頼ることなく、動画という定性的なコンテンツに対して取ったユーザーの行動を分析・推測し、ユーザーですら言葉で表現できない抽象的な好みを捉える。そして、次のコンテンツをインタラクティブにレコメンドする。これこそがTikTokの革新的な部分であり、これまでのSNSやネットサービスとは全く異なる考え方に基づいて設計されている。

強化学習という技術の新たな可能性

 ここから先は筆者の想像になるが、多数あるAIや機械学習の手法のうち、強化学習という技術はTikTokのインタラクティブ・レコメンデーションに通ずる部分を少なからず感じさせる手法の一つだ。

 2016年、AIが囲碁の世界王者に圧勝するというニュースが世間で大きな話題になった。英国のDeepMindという企業が開発した「AlphaGo」という囲碁専門AIは、勝ち方を学習させるための手法として強化学習と呼ばれる手法を採用していた。

 なんでもできる万能なものというイメージがあるAIだが、その正体は計算ロジックにすぎず、ほとんどのケースでは人の設計が必ず発生する。

 例えば囲碁であれば、「盤面は19×19マス」「最初の1手は361通り」「相手の1手目も含めると13万通り」「1局当たりの打ち手は平均200手ほど」で、終局までの打ち手は天文学的な数のパターンが存在する。これを人が設計するのは言うまでもなく不可能だが、AlphaGoでは強化学習を前提に人が設計し、結果として世界王者に対して圧倒的な勝利を納めることができた。

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