Zホールディングス(HD)とLINEは11月14日、2社の経営統合について「協議を進めている」と発表した。ZHD傘下のヤフーの月間ログインユーザーID数は4901万、LINEは8100万人の登録者を持つ。実現すれば、数字の上では日本国民ほぼすべてにリーチできる国内最大のマーケティングプラットフォームが誕生する。
「両社のデータをシームレスに統合できれば、国内でGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に対抗できるマーケティングプラットフォームになりえる」。ある広告プラットフォーム提供会社の幹部は、ZHDとLINEとの経営統合について、そう語る。
2社の統合によりソフトバンクグループが目指すのは、中国の大手ネット企業アリババモデルだろう。モバイル決済アプリ「PayPay」を主軸に決済データを収集。ヤフーやLINEの持つデータと合わせて広告配信やマーケティング支援などに活用して大きな収益を上げる。実際、米フェイスブックや米グーグルはそうしてデータをマネーに換えてきた。
アリババ集団はECに加え、モバイル決済サービス「Alipay(アリペイ)」を展開することでリアルの購買データも取り込んできた。それにより強固なデータ基盤を構築。強力な成長ドライバーになっている。
ソフトバンクグループも、2社の経営統合で、オンラインとオフラインを統合した強力なデータ基盤構築を目指していると考えるのが自然だ。
Cookieへの風当たりが強まる中、IDが重要に
その際、重要になるのがIDだ。「公正取引委員会がCookieデータの利用規制を検討している」との報道が出たが、実際、Cookieデータ活用に対する風当たりは強まっている。
「大きな流れでは、広告はCookieベースからIDベースへと、移り変わっていく。PayPayをデータ活用の中心に据えるのであれば、IDベースになる。LINEも足並みをそろえれば、1つのIDにさまざまなデータが集まる」。デジタルマーケティング支援会社フィードフォースの塚田耕司社長はそう語る。「PayPay ID」と「LINE ID」が統合されると、IDベースの巨大なマーケティングプラットフォームが生まれる。
その兆候を身近で感じていたのが、ヤフーのグループ会社だったシナジーマーケティングの谷井等会長だ。「ヤフーの傘下に入った5年前には、ヤフーの『マーケティング・ソリューション・カンパニー』という組織を中心に、広告をメインとするマーケティングソリューション提供で収益を伸ばすことが大方針だった。それがPayPayの提供開始を機に、同サービスを活用した決済データの取得(が最優先の方針)へと完全に変わった」。
シナジーマーケティングはCRM(顧客関係管理)支援事業を展開しているが、19年7月に創業者の谷井氏が全株式を買い戻し、再び独立企業となった。ヤフーの方針転換で連携しにくくなったことが理由だという。「ヤフーは決済を中心とした、新しいデータを取ることに注力し始めた」(谷井氏)。
とはいえ、データ基盤の整備とマーケティングサービスは表裏一体。「今後は、マーケティングプラットフォームの強化を進めるだろう」と谷井氏は見る。
ヤフーはなぜLINEが欲しかったのか
ヤフーは既に大きなメディアを持ち、PayPayも保有している。単独でもアリババモデルは実現可能だったはず。ソフトバンクが欲しがったのは、LINEの持つユーザー接点ではないか。パソコンを中心とした時代は、ヤフーが圧倒的なユーザーとの接点を保有していた。多くの人がブラウザーのホーム画面を、ポータルサイト「Yahoo! JAPAN」に設定していた。これが継続的な接点の維持につながっていた。
スマートフォン時代はどうか。調査会社ニールセンが発表した18年の日本国内スマホアプリ利用者数ランキングの1位は平均月間利用者数5528万人のLINEだ。2位以下は、「Google Maps(同3936万人)」「YouTube(同3845万人)」「Google App(3465万人)」「Gmail(3309万人)」とグーグルのサービスが並ぶ。ヤフーのサービスは10位までに、「Yahoo! JAPAN(同2670万人)」が8位にランクインしたのみ。利用者数も、LINEの半分以下だ。
ヤフーはPayPayにより、モバイル決済アプリ市場で頭1つ抜けたものの、「データが集まっても、スマホでのマーケティングの打ち手がなかった。LINEと統合して(情報の訴求力が高い)チャットを手に入れることはマーケティングプラットフォームの魅力を高めることになる」と前出の塚田氏は言う。
アリババの対抗馬である騰訊控股(テンセント)はチャットアプリ「WeChat」によって人々の生活に入り込み頭角を現した。ヤフーはLINEと経営統合することで、アリババとテンセントの両社の強みを取り入れた事業モデルを構築できる可能性がある。
広告サービスの価値向上、データ寡占が加速
経営統合により、「広告サービスとしての価値が上がるのは間違いない」(谷井氏)。ID統合は一足飛びには難しそうだが、実現すればヤフーのメディア利用や検索データ、PayPayの購買データに基づくこまやかなターゲティング広告の配信をLINE上でもできるようになりそうだ。「メッセージの内容も、よりワン・トゥー・ワンの配信が可能になる」(塚田氏)。広告主から見れば、より効率的なマーケティングを実施できるプラットフォームになる。
一方でデータの寡占は加速する。「コアな消費者データがID統合されれば、対抗できる企業はほとんどない。ただでさえGAFAが強くなり、プラットフォーマーに依存する状況が強まっている。国産マーケティングプラットフォーマーや広告代理店の価値が出しにくくなる」と冒頭の幹部は懸念する。
寡占が進めば、公正な競争環境を阻害する恐れもある。「膨大なデータがプラットフォーム側にあり、広告主はそれを垣間見るように、データを活用するようになる。かつて、楽天のデータを出店者が持ち出せなかった状況と似ている。絶大なデータの力にはかなわないという、アリババが実現している状況が、経営統合で(日本でも)進むのではないか」(谷井氏)。
2社の統合は、現段階ではまだ可能性の話。だが実現すれば、マーケティング業界に与えるインパクトは極めて大きい。
ZHDとLINEの一件は、日本経済新聞の報道を引用するなどして多くの海外メディアも報じている。例えば、
・「LINEは“求婚者”を見つけられて幸運だ、たとえ相手がヤフーでも」(Bloomberg Opinion)
・「ソフトバンクのヤフー・ジャパンがLINEと統合協議」(ロイター)
・「ヤフージャパンがLINEチャットアプリと統合へ」(ZDNet)
といった具合だ(編集部訳)。
独自の見方を示す報道もあるものの、多くは短く、筆致は冷静。日本での報じられ方とは少なからぬ温度差がある。
もちろんこれは日本企業と、ネイバーという韓国企業による“地球の裏側”での合併話だ。本国読者の関心を引きにくいという事情がある。加えて、公正取引委員会が2社の統合を認めるのかなど、統合実現には超えるべき壁が少なくない。これもクールな報道姿勢に影響しているのかもしれない。
海外メディアばかりでなく、国内証券アナリストの中にも統合を冷静に捉える人も少なからずいる。例えばゴールドマン・サックス証券の杉山賢アナリスト。2社の提携はシナジーを生み出す可能性があるとしつつ、PayPayとLINE Payとが統合されても、クレジットカードなどを含めた「決済事業の取扱高では楽天に大きなアドバンテージがある」とする。統合しても楽天との差は小さくないという見立てだ。まして海外大手をや。
米ウィーワークの評価損などが影響。7000億円もの巨額最終赤字を計上した2019年7-9月期の決算説明会から、わずか1週間。世間の耳目を見事に合併構想へと向けたソフトバンクグループの孫会長兼社長。次の一手は何だろうか。