スペックに頼ったものづくりだけでは未来は開けない。先端技術の新たな未来をデザインに求める試みが、多くのものづくり企業の中で行われている。パナソニックもそうした企業の1つ。デザイン部門をハブとして多種多様な企業と連携を図りながら、新たな家電づくりに積極的に取り組んでいる。
パナソニックは2019年4月、イノベーション推進部門内に新組織「デザイン本部」を立ち上げた。新規事業を生む組織にデザイン組織を加えることで、企業や人々の生活の未来を、より具体的な姿で作り出そうとしている。なかでも、デザイン本部主導のイノベーションは、外部企業との連携事例が多いのが特徴だ。
自社が持つ技術を活用して、企業内のインハウスデザイン部門のデザイナーがプロトタイプを作る事例は数多くあった。しかし、今のパナソニックは、新しい視点からの「気づき」を外部企業に求めている。過去、自社だけで閉じていた未来創造の取り組みにはなかったものだ。デザイン本部立ち上げ以前から注力してきたこの協業が、さまざまな形で実を結び始めている。
手のひらで音を感じる筒
例えば19年11月8日、京都の老舗・開化堂の職人技術が生み出した真鍮(しんちゅう)製の茶筒を使ったワイヤレススピーカー「響筒(きょうづつ)」を30万円(税別)で発売した。パナソニックは15年から、京都の若手伝統工芸士と同社のデザイナーとが、日本の感性や昔ながらの技術を生かした未来の家電の共同研究を行うプロジェクト「Kyoto KADEN Lab.(京都家電ラボ)」を展開しており、そこで開発していたプロトタイプの1つがこの響筒だ。これが数々の世界的なデザイン賞を受賞。それに伴って製品化のニーズが高まり、19年にようやく発売にまでこぎつけた。
響筒は、蓋と本体とが高い精度でかみ合うことで密閉性の高い筒型容器を作れるという、開化堂の職人技術を生かした製品。蓋を開けるときは空気をゆっくりと含みながらジワリと筒が開き、閉めるときは蓋の自重で滑らかに蓋が落ちるというこの筒型金属容器の特徴を生かして、蓋の開閉に合わせて音がフェードイン・フェードアウトするという仕組みを取り入れた。蓋を開閉するときに、音の響きを手のひらでも感じられるように、スピーカーの響きを細部にわたって調整したという。
また、この真鍮製のスピーカーは、時がたつにつれて表面に酸化膜ができ、色が褐色に変わっていく。その変化を製品の魅力と捉えた。一定の品質を維持することが当然とされていた、これまでのものづくりとは異なるアプローチも特徴だ。
響筒だけではない。19年4月、イタリア・ミラノで開催された国際家具見本市「ミラノサローネ」で、ひときわ大きな話題をさらった製品がある。世界中のデザイナーと協業しながらデザイン性の高い家具を生み出し、世界的に高い人気を誇るスイスの家具メーカーVitra(ヴィトラ)の出展ブースに展示された、一見、ガラスケースに見える製品だ。
黒い画面はインテリアの敵
少し奥行きのあるシンプルな額縁は、幅10センチメートルほどの木製フレームに、ガラスの板が少し斜めにはめ込まれただけに見える。フレームの上部には、額縁の後ろに置くオブジェや写真といった大切なものを美しく照らせるように、照明が埋め込まれている。何の変哲もない木とガラスでできたケースのようだが、電源を入れると、ガラス面に映像が浮かび上がり、一転、テレビへと変化する。
ガラスに使われたのは、透過型有機EL。使わないときには可能な限り存在を消してインテリアの一部となり、必要なときだけ映像を映し出す。制御基板やエレクトロニクス関連部品は、木製フレームの中に隠し、テクノロジー的要素を一切見せない。そんなテレビを、ヴィトラとパナソニックのデザイナー、そしてスウェーデンのデザイナー、ダニエル・ライバッケン氏の3者が共同開発した。
開発の出発点となったのは、インテリアメーカーから見た従来のテレビに対する疑問だった。「インテリアという視点から見ると、そもそも従来のテレビの『黒い画面』は、あらゆる部屋の雰囲気を台無しにする存在でしかない」というヴィトラやデザイナーからの問いかけから、本当にインテリアに溶け込むテレビを開発することにしたという。
実際、欧州には自分たちの自慢のインテリアに合わないことを理由に、リビングにテレビを置かない家庭も存在する。ヴィトラをはじめとする多くのインテリアメーカーのカタログを見ても、そのコーディネート事例の中にテレビが置かれている例はまずない。イケアのような低価格帯のインテリアブランドのカタログでさえ、コーディネート写真の中にテレビを見つけるのは難しいほどだ。
これまでテレビは、映像の見やすさや発色の美しさが重視されており、黒い背景と映し出す映像とのコントラスト比が高ければ高いほど良いとされていた。しかし、テレビの画面が大きくなった現在、その黒さが逆に普段の生活の中で目障りになる場合もある。映像に没入する必要のある映画鑑賞などには黒いスクリーンと高い画質は必要かもしれないが、それが、生活のあらゆる場面に必要かどうかは分からない。今回開発された透過ディスプレーを使ったテレビは、まだプロトタイプではあるものの、生活の中の映像のあり方を大きく変える存在になる可能性がある。
デザインをハブに他者と協業
この他にも、デザインをハブとして多種多様な企業との協業を、パナソニックは積極的に展開している。テクノロジー系企業やベンチャーと協業し、撮影した画像をAI(人工知能)で分析して、映った植物や動物、虫が何かを声で知らせてくれるという子供向けの教育用IoT家電「PA!GO」もその1つ。同社は、そのプロトタイプの開発キットをさまざまな開発者向けに提供し、この製品の応用や新たな使い方を模索する予定だ。
企業レベルでデザインを活用する「デザイン経営」が求められる現在、商品の色や形を整えるというデザインとは異なる、未来を生み出すためのデザイン活用が実を結び始めている。
(写真提供=パナソニック)