※日経トレンディ 2019年12月号の記事を再構成

金融業界にメスを入れるべく、2019年8月末、農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)と、“希代の軍師”森岡毅氏が率いるマーケティング精鋭集団「刀」が協業を発表した。9月にはファンド名を「おおぶね」と改称。荒波を乗り越えて、日本に長期投資を根付かせる秘策を森岡氏に聞いた。

「刀」代表取締役CEO 森岡 毅氏
「刀」代表取締役CEO 森岡 毅氏
“希代の軍師”。P&G、USJを経て、2017年に「刀」設立。「マーケティングで日本を元気に」を大義に、丸亀製麺復活、旧グリーンピア三木(現ネスタリゾート神戸)経営再建、西武園ゆうえんちリニューアル、沖縄北部テーマパークなどを推進
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NVICのファンド名を「おおぶね」に改称。そこに込めた思いは?

森岡 毅氏(以下、森岡氏) 「大船に乗る」という言葉がありますが、何よりも安心感です。NVICの母体の農林中央金庫は、国内最大規模の機関投資家であり、海外では日本最大のヘッジファンドとして知られています。NVICも、個人投資家のために「脳から汗をかいて」情報を取り、誠実な商品を設計している。そこには安心感を醸す土壌がある。投資の世界に「絶対」はありませんが、NVICを活用している方は、多くの可能性の中から「自分が正しい選択をした」と納得されているはずです。資産形成の過程においては、この納得感こそ安心感の正体なのです。

NVICと刀は、共に日本に長期投資を根付かせるべく協業。9月に長期厳選ファンド名を「おおぶね」に改称した
NVICと刀は、共に日本に長期投資を根付かせるべく協業。9月に長期厳選ファンド名を「おおぶね」に改称した
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長期投資に不安を感じている人には、どのようなメッセージを?

森岡氏 地球上に人が増え続ける限り、世界経済は必ず成長します。良いときも悪いときもありますが、必ず良くなる。この構造を活用して資産を形成するのが長期投資です。「安く買って、高く売る」の差益で儲(もう)ける投機との大きな違いですね。まずは、この考えを理解していただけるように努めます。

 投資にとって一番の武器は、「時間」。先日、私の知人に赤ちゃんが生まれましたが、この子のために毎月3万円を積み立てて投資したとします。年利が世界の経済成長率と同じ約9%(注)を維持したと仮定すると、その子が60歳になったときの資産は、8億円以上にもなる計算なのです。若いときから何もしないまま、5年、10年、30年という時間を過ごした場合と、これほど決定的な差が生じます。しかもイチかバチかの賭けではなく、生活を守りながらお金を増やせる。日本人の生活に最も適した資産形成の方法と断言できます。これから「時間」をキーに人々の理性をハッとさせる訴求をしていきます。

注)先進国主要企業の株価の推移としてMSCIコクサイインデックスの数値を採用。19年6月末時点で過去30年間における年率換算平均成長率は9.2%

成人してから投資を始めても、間に合いますか?

森岡氏 もちろんです。ある人の普通預金口座に400万円が入っていたとしても、今の金利では10年たっても額は一向に増えません。そんな眠れる金融資産を約1800兆円も抱えるのが日本という国です。その400万円がすぐに必要というならともかく、当分は使う当てが無いのなら、投資に回せば、金額を増やせる可能性が確実に高まる。私の知り合いに独身の登山家がいますが、長生きしたときのために長期投資をすると言っています。派遣で仕事している人、農業従事者など、どんな生活をしている人でも等しく、将来のための備えを築き上げられるのが長期投資です。

今の金融商品は分かりにくく、手を出しにくいと考える人も多い。

森岡氏 分かります。長期投資が良いと理屈では分かっても、実際に口座を作るのは面倒に感じる人は多い。金融業界には、普通の消費者に寄り添った商品がとても少ないのも現状です。

 しかし、毎日が忙しくてすぐにアクションを起こせないが、ためたお金を何とかしたい人は多い。世の中の約6割を占めるとみています。そういう人に積極的に働き掛けていきます。NVICの商品は、設計がシンプルで分かりやすいことを直感的に訴えることも大切でしょう。そのための「おおぶね」という名前でもあります。他にも、最初の一歩を踏み出せるお手伝いとなる策を打っていきます。

 これからの社会人は、教養として最低限の金融リテラシーが必要です。多くの人が長期投資で資産形成をすれば、社会全体にお金が回って活発化するし、個人の生活も豊かになる。この考え方が広がるほどに、日本という国は良くなる。NVICの活動はそのムーブメントの起点になれると思っています。

具体的には、どの程度までの広がりを想定していますか?

森岡氏 金融に限った話ではないですが、マーケティングには「8分の1、3分の1、2分の1」という法則があります。あるモノやコトが、おおよそ8分の1の人々に浸透すると、世の中が「それが流行なの?」と注目し始める。経験者が3分の1になると、誰もが体験しているように感じ、2分の1以上になると、一度もしたことが無いのがあり得ないと感じるわけです。

 ですから、世の中の人の8分の1くらいが長期投資に関心を持っている社会にすることが、私にとっての第一の目標です。8分の1までいけば、「長期投資が当たり前」という状態になるまで、そんなに時間はかからないでしょう。1800兆円の資産のうち何割かが回るようになれば、日本の社会も顕著に好転していくはずです。

金融業界の改革への思いが、それほどまで強い理由は?

森岡氏 私の軸にあるのは、普通の人が普通に頑張って働いたら、老後も豊かに生きていける世の中であるべきだ、という考えです。そういう日本であってほしいと心から願っています。

 消費増税が実施されたうえに、今後、社会保障負担の増大は確実。誰もが生活に不安を覚えているのに、年金制度は破綻しかけている。もはや国は構造的に個人の生活を今までのように守ることはできません。将来必要とする金は自分で何とかするしかない。その有効な手段となり得るのが、長期投資です。余っている1800兆円という種もみを、未来の収穫に結び付けるには、すぐにでも植えなければいけません。銀行預金に入れておくのは、種もみのまま寝かしているのと一緒。しかし、「おおぶね」のような厳選された長期投資に回せば、専門家が種もみをまき、水をあげ、育ててくれます。

 この考え方がマジョリティーになれば、きっと世の中は豊かになる方向に動く。刀が関わる事業は、シンプルでポジティブな使命感を大事にしたい。豊かに生きるために必要な意識改革を多くの人々に促すために、マーケティングを生かせるのは光栄なことです。

「売らなくていい企業」に投資する
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農林中金バリューインベストメンツ
常務取締役・最高投資責任者
奥野一成氏
2003年、農林中央金庫入庫。07年、現在の原型となるファンドを運用開始。14年から現職。日本での「長期厳選投資」の先駆者

■NVICの投資基準
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 農林中央金庫(農林中金)とは、農業協同組合、森林組合、漁業協同組合の系統金融機関であり、世界有数の機関投資家としての顔も持つ。

 NVICは同グループの投資運用業を担う。日本で数少ない「長期厳選投資」を掲げるファンドマネジャー・奥野一成氏の投資哲学は、「売らなくていい企業の株を厳選して、長期で保有し続ける」こと。農林中金〈パートナーズ〉長期厳選投資「おおぶね」は世界的に競争力の高い米国の「構造的に強靭な企業」(10月現在27社)を選び抜いて投資し、過去5年で米国S&P500インデックスの水準を上回る年平均11.6%の高いリターン実績を生み出してきた。
個人投資家の「安心」「納得」を醸成
 NVICは投資先やファンドに対する「手触り感」を重視する。9月には個人投資家向け年次総会を投資先の米・3M社の日本法人スリーエムジャパンのテクニカルセンター(顧客向け技術展示センター)で開催。同社のイノベーションにじかに触れる試みであり、個人投資家は投資の手触り感を体験した。その後は投資家への運用状況報告や、投資先だけでなく競合企業との面談の報告も。きめ細かい情報開示を個人投資家の安心感につなげる。
一般向けに非公開の技術展示施設。奥野氏は「3Mは顧客の問題解決を推奨する仕組みなどでイノベーティブな組織を保っている」と評価する
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奥野氏は個人投資家を前に「社会の問題を解決し続ける企業への投資で、受益だけでなく結果として社会を良くしたい」と投資哲学を説明
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(写真/髙山 透)