文具メーカーのマークス(東京・世田谷)が、デザイン思考で知られる米IDEOの日本法人と共同開発したノートが「EDiT アイデア用ノート」。2015年からB5サイズのみで展開し、19年9月2日に持ち運びに適したA5サイズも発売。いずれも順調な売れ行きを示すという。開発プロセスを取材するとIDEO流発想術の一端が分かった。
EDiT(エディット)は、「人生を編集する」をコンセプトに文具メーカーのマークス(東京・世田谷)が2010年から発売する手帳とノートのブランド。ユーザー層は20代後半〜40代のビジネスパーソンで、商品の素材や使いやすさにこだわり、上質な文具を使いたいという人たちに選ばれている。
同ブランドの「EDiT アイデア用ノート(以下、アイデア用ノート)」は横型のノートで、開発コンセプトは「誰もがクリエイティブな発想・思考ができるノート」。専用の付箋が付属し、収納するポケットも備える。15年からB5サイズのみで展開していたが、19年9月2日に持ち運びに適したA5サイズを発売した。最大の特徴は、クリエイティブな発想・思考に役立つようにした点。そこで米デザインファームのIDEOの東京オフィスにデザイン思考を学び、開発に生かした。
システム手帳などに比べてターゲット層が絞られる製品だが、それでも少しずつ売れ行きを伸ばし、新サイズは店頭で順調に売れているという。
「インスピレーション」をテーマにしたリサーチからスタート
アイデア用ノートの開発時のターゲットは「新しい価値観でビジネスモデルを立ち上げたいと考える、20〜30代の起業家や社内ベンチャーの人々」。彼らのパートナーとして活躍するノートを作りたかったという。名前の通り、まさしくアイデアを作るためのノートだった。
「そこで企画の際、世界一クリエイティブな企業といわれるIDEOの東京オフィスにコンサルティングを依頼し、マークスのスタッフが実際にデザイン思考を体験した。そこで得た学びを、ノートのなかに落とし込んだ」(マークス・クリエイティブセンターの佐倉由枝部長)
デザインファームに依頼した理由は、ターゲットのイメージに近い価値観を持つ外部の人たちと意見交換しながら、チームでものづくりをしてみたいと考えたから。IDEOを選んだのは、以前からデザイン思考に興味があり、実際に体験しながらノートを作ってみたかったからだ。
IDEOと一緒に最初に手掛けたことは「インスピレーション」をテーマにしたリサーチ。ノートや関連商品、テーマに関わるトレンドを世界中から収集し、インサイト(気づき)を探った。さらに日常的にノートを何冊も使うという先進的なユーザーに加え、ノートを全く使わずデジタルツールだけで満足する「ユーザーではない人たち」も対象に、ノートの使い方に関してインタビューしたり観察を行ったりした。彼らが現在および過去にノートやメモなどを書くときに使ったツールとその変遷、その変遷をたどった経緯、各ツールのメリット/デメリットを聞き、発想や思考のプロセスを調査した。
次に、リサーチをベースにIDEOとブレーンストーミングを行い、今回のノートの課題につながる「キーインサイト」を探った。その結果、いくつかの重要なキーインサイトが浮かび上がった。
例えば、紙の大きさや枠のサイズは使用者のマインドに大きく作用するというもの。大胆になりたいときは小さな紙や枠を使い、アイデアを広げたいときは大きな紙を使うなど、用途に合わせて紙の大きさを分ける。色もキーインサイトの要素だった。色は人の気持ちに大きく作用するため、紙の色もユーザーの潜在意識に影響を与える。ユーザー自身が能動的にインクの色を選択することで、ユーザーの姿勢が変わる。また、人には「目の前にある空欄を埋めたくなる」いう自然な欲求があり、ノートを見るとその空白や枠に書き込みたい気持ちが生まれてくるなど、さまざまなことが分かった。
インサイトから3つのポイントを出す
こういったキーインサイトから特に重要と考えられるものをピックアップし、さらに議論を重ねた結果、3つの点が分かってきた。
1つ目は「クリエイティビティーとは、さまざまなアイデアのつながりと集積である」というもの。クリエイティブな発想はひらめきのように突然やってくるものではなく、異なる点のつながりを見つけたり自分の考えを何度も問い直したりすることで生まれるとした。だが、多くのノートはページの順に使っていくため、異なる点をつなげるような非連続的な使い方ができるノートにする必要があるのでは、という発想が出た。
2つ目は「ノートとその使い方に所有感を生じさせる」というもの。クリエイティビティーを感じるためには、ノート自体を自分のものにする必要があると判断。自分でカスタマイズできるなど、自分自身がオーナーシップを感じながらノートを“創り出す”必要があるとした。EDiTは以前から自由度の高い手帳を目指していたが、所有感という概念は意識していなかった。
3つ目は「アイデアを解き放つための枠を作る」というもの。ある程度の境界線や枠があるほうが、むしろクリエイティビティーを発揮しやすいという。IDEOからも「どんな人でもクリエイティブが発揮できるようなノートにしよう」という提案があり、マークスもそれに共感した。
こうした3つの点に基づき、アイデア出しを行った。アイデアは東京や米西海岸、ボストンなど、世界中のIDEOチームから約190人が集まって行った。「マグネットを使用して、複数のノートをとじられるノート」「ちぎれるノート」「スマートフォンやiPadと一緒に使うノート」など、さまざまなアイデアがあった。それらを参考に実際の商品はマークスで開発した。
人間の思考に沿って創造性を引き出す
すべての人がクリエイティビティーを引き出せる、そして誰もが使えるノート。そんな特性を引き出すため、3つの特徴を盛り込んだ。
1つ目は人間の思考に沿った「横型」にしたこと。人間の目は左右にあり、横型のほうが全体像をつかみやすく、情報の分析や構想の組み立てに向いているという。2つ目は本文用紙に思考のビジュアル化を促すガイドラインを入れたこと。薄いブルーの7ミリ方眼を採用し、グラフや図、イラストなどを描きやすくした。思考のビジュアル化は考えをまとめ、整理するうえで有用だと判断した。3つ目はノートに付箋を付けたこと。情報のまとめや変更も簡単になった。
19年9月にA5サイズを発売した理由は、B5サイズのノートを使っていくうちに、「便利だけど、大きすぎると気づいたから」(佐倉部長)。チーム内でアイデアをシェアできるようにと考えたが、実際に発売すると1人で使用する例も多かった。ユーザーも企画から営業や広報、弁護士やデザイナー、構成作家などさまざまなので、持ち運びに特化したサイズが必要だと考えた。EDiTシリーズは19年で10年目。今後も人生をクリエイティブにするため、より使いやすい商品を開発していくという。