日清食品はスポーツ振興に積極的な企業だ。錦織圭、大坂なおみ、八村塁……など、サポートするアスリートには大物がずらりと並ぶ。その一方で、16年からeスポーツイベントの協賛も始めた。これは日本の非ゲーム系企業ではかなり早い。同社はeスポーツにどんな価値を見いだし、どう評価しているのか。

日清食品がeスポーツイベントに初めて協賛したのは16年9~11月の「Logicool G CUP 2016」。米ライアットゲームズの人気ゲーム『League of Legends(リーグ・オブ・レジェンド)』を使った大会で、パソコン周辺機器メーカーのロジクール(東京・港)が主催した。
「ものは試しだと思って参加してみたら、すごく楽しかった」。日清食品ホールディングス ブランド戦略室 グローバルスポーツマーケティングディレクターの平川邦夫氏はそう振り返る。「『いつも食べてるよ』とか『(協賛してくれて)ありがとう』とか、そういう声がユーザーからたくさん聞けて、とても反応が良かった」と笑みをこぼした。
ゲーム好きは即席麺が好き
日清食品グループはもともとスポーツとの関わりが深い企業だ。同社のスポーツ支援活動をまとめたウェブサイトには、世界を舞台に活躍するアスリートの名前が並ぶ。「食とスポーツは健康を支える両輪。そこで挑戦する人を応援する土壌が日清食品にはある」(平川氏)。
eスポーツへの協賛も同じ文脈だ。「駆け引きやテクニックを駆使して戦い、その勝敗に心動かされるのはeスポーツもリアルスポーツも変わらない。違いは、その表現がゲーム内にあるのか、生身の体なのかでしかない」(平川氏)。
そのうえで、平川氏はeスポーツならではの強みも挙げた。「年齢や性別、体格差といった生まれ持ったものによる差が原則的にないこと。オンラインで対戦も観戦もできるので、選手、ファンが同じ場所にいる必要がないこと。それでいて“現場”で起こったことへの反応が広がるのがとても速いこと。これらは新しいスポーツならではの要素で、いろいろな方向に発展する可能性がある」と説明する。
しかも、日清食品にとってプラスなのは「eスポーツと即席めんは相性がいい」ことだ。ゲーム中はゲームに集中するため、食事を手早く済ませたいというゲーマーは多い。「もともと肌感覚では即席めんとの相性の良さを感じていた」という平川氏だが、実際、同社が各国で消費者の嗜好や生活、購買行動などを調べた調査で、それが確認されたという。「データをひもといてみると、世界中には想像以上にゲーマーがいて、その多くは国籍や性別、年齢、言語などに関係なく即席麺が好きということが分かった」(平川氏)。
世界と若い層にアプローチしたい
16年以降、日清食品は「カップヌードル」ブランドを通じてeスポーツイベントへの協賛を増やしてきた。その対象は国内に限らず、海外の大規模なeスポーツイベントも含まれる。
協賛対象の選定について、平川氏に尋ねると「明確な基準はない」という答えが返ってきた。現状は、大会への協賛が多いが、選手やチームとのパートナー契約の可能性も否定しない。すべては個別の案件とその目的、日清食品との相性次第だ。
ただし、視点は大きく2つに分けられる。「グローバル」と「若者世代」。これは、あらゆるスポーツに共通だという。
1つ目のグローバルは海外に向けた展開。日本はもちろん、世界的にも有名なカップヌードルブランドだが、グローバルで見ればまだ浸透していない国・地域は複数ある。そうした地域に対し、スポーツをきっかけにカップヌードルの認知を高めようと考えている。
2つ目の若者世代は未来を見据えた展開だ。熱湯を注げば3分で食べられるカップヌードルは、古くから部活帰りの軽食や受験生の夜食、1人暮らしの若者の主食として定番だったが、今の時代、手軽に食べられる食品はぐっと増えた。しかも、その多くがコンビニエンスストアでいつでも買える。「かつての若い世代には『カップヌードルは自分たちのブランド』というイメージがあったと思う。でも今はどうか」(平川氏)と危機感を隠さない。
しかも、日清食品は「100年ブランドカンパニー」というスローガンを掲げている。発売から48年たつカップヌードルがこれからも愛されるためには、次世代の消費者との関係を築くことは重要だ。それもあって、「近年はスポーツの中でも特に若い世代の支持が厚い競技に注力している」(平川氏)。協賛する大会やアスリートが、ゴルフやF1からテニスやバスケットボール、eスポーツといった競技に移行しているのもその表れだ。
若い世代の思い出に寄り添う
近年のeスポーツイベント協賛にもこの視点は表れている。
例えば、18年、19年と協賛した格闘ゲーム大会「EVO」「EVO Japan」。米国で開催されるEVOはもちろん、その日本版であるEVO Japanも、出場者や会場の来場者、動画配信の視聴者が国際色豊かだ。EVOの競技になっている「ストリートファイター」シリーズや「鉄拳」シリーズは世界的に人気が高く、日本人の強豪プレーヤーも多いからだ。
こうしたイベントでは、会場の装飾や商品サンプリング、ライブ配信に挟み込む映像などで広く商品をアピールする。「会場や動画配信で試合を見ている人の興味を引ければ、カップヌードルに触れてもらうチャンスになる。イベントに合わせ、現地法人もおのおのの判断でSNSに関連情報をアップするなどして、関心を喚起している」(平川氏)。
一方、19年3月に決勝大会が行われた「全国高校eスポーツ選手権」の場合、出場者は日本国内に在住の高校生のみ。決勝大会の来場者、配信の視聴者の人数や属性も当然限られてくる。
だが、その分深く若い世代にアプローチできる点を重視する。「同大会は、高校生を対象とした初めての全国大会だった。チャレンジした高校生は10年後、20年後もこの日の思い出を語り合うのではないか。その思い出にカップヌードルが寄り添えるなら価値は高い」(平川氏)
この大会では、優勝チームに賞品としてカップヌードル1年分を贈っただけでなく、出場した全チームにカップヌードルをプレゼントした。Twitterには、チームやその選手たちから「カップヌードルが届きました」「ありがとうござました」といったツイートが多数書き込まれた。
日清食品は、引き続きeスポーツに積極的に関わっていく考えだ。平川氏は「カップヌードルの認知や販売にどれだけプラスかは分からない。ただ、それはスポーツ支援全般に、さらに言えばテレビCMを含むあらゆる広告活動に言えること。むしろ成果を気にして、将来、花開くかもしれない分野に挑戦しないことのほうが良くない」と話す。
今後は、eスポーツならではの新たなプロモーション方法にもチャレンジしたいという。現在は試合の合間に映像を流したり、賞品をサンプルとして配ったりしているが、参入企業が増えてくれれば、そうした取り組みにも新鮮味がなくなってしまう可能性があるからだ。「大会主催者と一緒に、ゲームユーザーが楽しめるよう関わり方方を模索していきたい。いずれ『ゲーミング? じゃあカップヌードル買っていこうぜ』と言われるところまで行ければいい」と快活に笑った。
(写真/志田彩香、写真提供/日清食品)