eスポーツの注目度が高まるにつれ、日本でもゲームとは無関係の企業がeスポーツに参入し始めた。主流は、大会やプロゲーミングチームに協賛するケース。そんな中、ロート製薬はいち早くeスポーツ選手個人にスポンサードする道を選んだ。その狙いとは?
ロート製薬は2019年3月、プロゲーマーのときど選手とスポンサー契約を結んだ。ときど選手は「ストリートファイター」などの格闘ゲームの大会で世界を舞台に活躍する有名プレーヤーだ。
ロート製薬がeスポーツに関わるのは、これが初めてではない。同社と同じ大阪を拠点とするプロeスポーツチーム「CYCLOPS athlete gaming」所属のGO1選手をサポートしてきた。加えて、世界的にも知名度が高く、近年は人気テレビ番組『情熱大陸』で取り上げられるなど、広く一般にも知られるようになってきたときど選手と契約したことは、ゲームファンはもちろん、さまざまなメディアでも話題になった。
狙いは「ロートジー」愛用者の若返り
同社がeスポーツに興味を持った理由について、ロート製薬メディア&プロモーション部の副部長兼ブランド&コミュニケーション戦略Gの墨田康男氏は、「若者との接点の1つとして、その影響力がどんどん大きくなっていること」を挙げる。
ロート製薬というと「目薬の会社」というイメージを持つ人が多いだろう。化粧品やスキンケア用品、内服薬など幅広い商品を展開しているが、実際、目薬をはじめとするアイケア商品は同社の主力である。中でも、1987年に発売された「ロートジー」は、目薬にクリアな清涼感を持たせた先駆的商品として大ヒット。当時の若者の間で仕事中や勉強中のリフレッシュアイテムとして定着した。
だが、発売から30年以上たち、若い頃にロートジーを使ったユーザーがそのまま年齢を重ねて、愛用者の世代は確実に上にシフトした。加えて、近年はリフレッシュ用のアイテムとして、フェースシートやミントタブレットといった“ライバル”もいろいろと登場している。「リフレッシュにはロートジー」という単純な図式は当てはまらなくなっている。
一方で、スマートフォンが普及した近年は目を酷使する機会が増えているのも事実だ。ロートジーの発売時より今のほうが、目薬は時代にマッチしている。実際「ドラッグストアを中心に安い目薬ばかりが売れる時期もあったが、最近は高価格でも目の疲れやかすみといった症状への効能をうたう商品も売り上げを伸ばしている」(墨田氏)という。
そうした中、「若者に目薬を改めてアピールしたい」というのがロート製薬が抱えるテーマの1つになった。そして目を付けたのが、若い世代に人気のeスポーツというわけだ。
墨田氏は、「今の世代は幼い頃からいろいろな情報に接しており、あらゆる面での価値観が多様化している。人気のあるスポーツやコンテンツも我々世代とは全く異なる」と指摘する。自身にも、高校2年と中学2年の子どもがいるが、中学で一番人気の部活はバドミントン。スマホでゲームをしたり音楽を聴いたり、SNSで友達とコミュニケーションしたりと、その興味は幅広く分散し、テレビを見ている時間はとても少ないという。
これだけ情報過多で興味が分散した時代において、若者に好意的に自社の商品を話題にしてもらうのは難しい。「テレビCMさえ出しておけばいい」といった従来の発想では広報活動は成り立たない。特定のメディアに頼るのではなく、「テレビもあればYouTubeもある、SNSもある、eスポーツもあるというように多角的にアプローチをすることが必要」と墨田氏は主張する。
しかもeスポーツは、パソコンやスマホのディスプレーに長時間向き合うため、「酷使する目をいたわる」「リフレッシュ効果がある」といった商品と相性がいい。そこで、目薬の「ロートジー」、さらに男性向けスキンケアブランドの「OXY(オキシー)」に焦点を定めてeスポーツのスポンサー活動を展開することにしたのだ。
スター選手とともにeスポーツの層拡大を狙う
ロート製薬はJリーグのガンバ大阪をはじめ、既存のプロスポーツでも数多くのスポンサー経験がある。しかし、それらはチームや大会への協賛で、選手個人に対するものではなかった。それなのに、eスポーツではなぜときど選手やGO1選手といった個人と契約を結んだのか。
その理由はスター選手への期待だ。日本におけるeスポーツはまだ動き出したばかり。eスポーツイベントの来場者数やライブ配信の視聴者数は軒並み右肩上がりで、18年9月の第18回アジア競技大会のデモンストレーション競技や19年10月の茨城国体(第74回国民体育大会)の文化プログラムに選ばれるなど注目はされているものの、eスポーツイベントに関心を持つのは、ゲームが好きなコア層が中心というのが現状だ。
今後、eスポーツが一般層にまで楽しまれるようになるには「スター選手が必要」と墨田氏はいう。例えば、ときど選手は前述のように情熱大陸でドキュメンタリーが組まれるなど、一般への露出も多い。「今後、eスポーツを一般に広めていくうえで、先頭に立つ1人と考え、こちらからアプローチした」(墨田氏)。
また、ブランドイメージと相性が良かったのも大きな理由だ。墨田氏によると、ロートジーには「カッコよさ」、オキシーにはそれに加えて「ヤンチャっぽさ」があるという。こうしたイメージにマッチしていたのが、ときど選手だったわけだ。
ここまで聞くと、同社の判断は実にスムーズだが、実際のところ、発展途上のeスポーツに投資することを時期尚早と見る向きは社内になかったのか。率直に尋ねてみた。
すると墨田氏は「社員全員がどう思っていたかは分からないが」と前置きしつつも、「それはなかった」と言い切った。ロート製薬には、マーケティング全般において新しいことにチャレンジする社風があるからだという。
「商品も同じことだが、誰もが注目しているジャンルに投入するなら、やはり大手が圧倒的に強い。我々は中小だから、安定・成熟した分野より風が吹き始めているところにいち早くチャレンジし、それを広げていくスタイル。当然、失敗もあるが、それも含めてのチャレンジと思っている」と笑う。
若者にロートをどう見てもらいたいか
GO1選手に加え、ときど選手ともスポンサー契約を結んだロート製薬だが、選手を起用したプロモーション活動などの予定はまだ決まっていない。まさに「これから」という状態だ。
「ときど選手やGO1選手はSNSでの発信力もあるので、選手を通じて商品などをアピールしてもらうのは1つの手。eスポーツを扱うテレビ番組なども増えてきたので、そういう番組に関わる方法もあると思う」(墨田氏)
eスポーツが産業として未成熟な日本では、これを活用したマーケティングのセオリーもまだ確立していない。そのためロート製薬としても、選手たちと何ができるのか、手探りでチャレンジしていく考えだ。
ただし、「我々の商品をただ売ることよりも、eスポーツに対してロート製薬としてどんな協力ができるのかのほうが重要」と墨田氏は語る。そもそも野球にしろサッカーにしろ、スポーツへの投資効果を数字に置き換えることは難しい。売り上げにどれほど直結しているかは分からないからだ。そしてそれは、既存のプロスポーツに比べて市場規模がまだまだ小さいeスポーツならなおさらだ。
それよりも大事なのは、「若年層にロート製薬という会社をどのように見てもらいたいかという話だと思う」と墨田氏。「eスポーツのような新しいムーブメントに積極的に取り組むその姿勢を見てもらうことで、『目薬の会社』『スキンケア商品の会社』から一歩踏み出して『新しいことにチャレンジする会社』であることが伝わってほしい。『やるやんロート』と言ってくれる若い人が1人でもいれば、それで価値はある」(墨田氏)
だから現状、eスポーツへの投資に対して見ているのは、若者との距離がどう変化するかの1点だ。「ROI(投資対効果)やKPI(重要業績評価指標)は意識していない。そんなものを見なくても、自分たちが接触したいお客さんをよく見れば、eスポーツに若者がどれだけ熱狂しているか、何が起きているかは分かる。ならば、そこに企業として関わりたい。逆に言えば、eスポーツの現状を見ようとしない人に、いくらロジックでその価値を説明しようとしてもなかなか理解してもらえない」(墨田氏)
狙う層が興味を持つ分野で施策を打つ。しかも、風が吹き始めたらいち早く。その意味では、ロート製薬の墨田氏にとって、eスポーツへのスポンサードは当然のことのようだ。
(写真/志田彩香)