聴けば仕事の生産性が劇的に上がる? 日本最大級のビジネスSNS「Wantedly」(運営企業:ウォンテッドリー)が、m-floら4組のアーティストとコラボし、“超集中”へと導く作業用BGMを完成させた。目指すは「音楽のエナジードリンク」。斬新なアプローチで、日本の働き方を変える。
ハープの音に導かれ、軽快かつ懐かしいヒップホップサウンドが鳴り響く。そこに力強いラップが間髪入れず、流れるようにのっかった。
タイトルは「FOCUS - ENERGY MUSIC “SPACE”」。宇宙に作業場があったならと想像を膨らませ、単なる集中を超えた「超集中」にいざなう作業用BGMを作り上げたのは、m-flo(エム・フロウ)。DJの☆Taku Takahashi、MCのVERBAL、ボーカルのLISAからなる3人組の音楽ユニットだ。2001年に発売した「come again」でブレイクし、平成のJ-POPシーンに大きな足跡を残した。
楽曲+環境音、25分間のストーリー
今回、書き下ろした“新曲”は25分もの長編。しかし、いわゆる楽曲部分は5分間にとどまり、その後の20分間は環境音が続くという、他に類を見ない構成に仕上がった。すべては、仕事に没頭することに特化した音楽を作るため。19年7月、ウォンテッドリーが旗揚げした「ENERGY MUSIC PROJECT(エナジー・ミュージック・プロジェクト)」に加わり、まずは東京・白金台のウォンテッドリー本社で公開実験を実施。8月1日に「m-flo実験中」と題した試作曲を公開し、SNS上で意見を募りながらブラッシュアップを重ねた。
完成したエナジーミュージックは、極めてロジカルにできている。曲作りに重要な視座を与えたのが、アイウエア企業のジンズが開発したJINS MEME(ジンズミーム)。一見普通のメガネだが、センサーを内蔵し、まばたきと視線の変化をリアルタイムで取得することで、人がどれだけ作業に没頭しているかを数値化できるデバイスだ。
数々の測定結果から見えてきたのは、集中には3つの重要なポイントがあること。「どれだけ早く集中状態に入れるか。どれだけ深く集中状態に入れるか。そしてどれだけ長く集中が続くか。早く集中状態に入るために有効なのは、メロディーやハーモニーなどの刺激。聴きなれた音に加え、少しノイズがあったほうが集中状態が長く続く」(JINS MEME事業部事業統括リーダーの井上一鷹氏)。
こうした研究成果を、メロディーに落とし込んだのが☆Taku。集中状態に入るための着火剤として懐メロに着目し、「曲の冒頭に『come again』と同じハープの音を入れた。さらにVERBALのラップをなるべく前のほうに持ってくることで、いち早く曲の世界に入ってもらおうと考えた。LISAの歌声のサンプルを途中に挟むなど飽きさせない工夫をし、最後は環境音につながる仕掛けにした」(☆Taku)。
環境音を組み合わせたのも、自然界にある「1/fゆらぎ」と呼ばれるリズムを聴くことでリラックス効果が得られ、より深い集中に至るという定説があるからだ。25分間という尺にも根拠がある。「ポモドーロテクニック」だ。ポモドーロとはイタリア語でトマトのこと。イタリアの作家フランチェスコ・シリロ氏がトマト型のキッチンタイマーを使って実践し、25分間集中して5分間休むというサイクルを続けるうちに、集中力が高まっていくことを発見した。「エナジーミュージックを聴いたら5分間休む」という新習慣を浸透させたいという狙いがある。
仕事に集中できない“潜在人口”は2600万人?
そもそも、ウォンテッドリーはなぜ音楽に挑むのか。そこには、仲暁子CEO(最高経営責任者)が長年抱いてきた思いがあった。
「日本の働き方改革は、そのほとんどが残業を規制したり、有給休暇の取得を促したりという形式的なルールにとどまっている。ルールを変えるのではなく、働く人の内面を変え、本当に仕事に没頭できる環境をつくり出すことこそが、真の生産性向上への道筋ではないか」(仲氏)。
ウォンテッドリーは12年2月にユーザーと企業をつなぐ会社訪問アプリ「Wantedly Visit」を、16年11月にユーザー同士をつなぐ名刺管理アプリ「Wantedly People」をリリースした。ミレニアル世代のビジネスパーソンを中心に支持を集め、今やVisitは登録企業数3万2000社、月間ユーザー数は260万人に到達。Peopleのユーザー数も400万人を超えた。
しかし、働き方改革に真っ向から切り込む提案はできていなかった。ジンズの井上氏いわく、「人は何かに集中しようと思ってから深い集中状態に入るのに平均で23分かかる。しかし、現代人は11分に1回話しかけられるか、見なくてはいけないメールやチャットを受け取っている」。海外でもこうしたマルチタスクが原因で、集中力が低下するという研究結果がいくつも発表されていた。
そこでウォンテッドリーは19年6月、全国のビジネスパーソン2000人を対象に独自のインターネット調査を実施。浮かび上がったのが、集中できないことに悩む現代人の声だった。「電話やメール、チャットツールなどで仕事が中断させられ、集中して仕事ができないと感じたことはありますか」と問い掛けたところ、全体の3分の2が「よくある」「たまにある」と回答した。日本の労働力人口にこの割合を当てはめると、約2600万人に相当する。「音楽を聴きながら仕事に集中することに賛成ですか」との設問にも、約7割が「非常に賛成」「やや賛成」と答えた。
仲氏は1人の研究者を思い浮かべた。時間を忘れて何かに没頭している状態を「フロー体験」という概念で説明した米国の心理学者ミハイ・チクセントミハイだ。ミハイ氏がフロー体験に入る条件の一つとして挙げたのが、集中を乱す外乱をシャットアウトすること。ヘッドフォンをして音楽を聴くことは、確かに外乱を遮断する一助となり得る。
もし「超集中できる音楽」があったら、仕事の効率は劇的に上がるのではないか。疲れたと感じたときに飲むエナジードリンクのように、集中できないという悩みに応えるエナジーミュージックが現代人には必要だ。そう仮説を立てた。「音楽を使えば、より『シゴトでココロオドル人』を増やせるのではないかと思った」(仲氏)。
「シゴトでココロオドル人を増やす」のは、ウォンテッドリーが掲げるビジョンでもある。「ココロオドルとは、ボールを追いかける犬のように、無心で100メートル、200メートル駆け抜ける境地。仕事に没頭することで、気付いたら成果が出て、成果が出ることによって自分の成長を実感できる。音楽を通して、そんな人たちを増やしたい」(仲氏)。
m-floも実は同じ思いを抱いていた。VERBALは言う。「三度の飯よりも音楽が好きで、20年間活動してきたが、僕自身が集中できない日々を過ごしていた。(心から音楽制作に没頭できる)ゾーン状態に入りたいと願いながら、すぐに気になってメールを見ちゃう。仕事の成果が上がるような音楽を作れたら、社会に貢献できるという思いがあった」。
公開実験では、m-floの曲を流し、ウォンテッドリーの社員がJINS MEMEを装着して、集中度の変化を計測した。自らの音楽が調査対象となることに「いてもたってもいられない思いだった」(☆Taku)というが、実際に集中度のスコアは飛躍的に上がった。「そもそも音楽で集中できるのか」という半信半疑の思いが、いけるという確信に変わった。
あうんの呼吸で生まれた「ローファイヒップホップ」
完成したBGMには、m-floならではの隠し味がある。近年流行しているLo-fi Hip Hop(ローファイヒップホップ)のテイストを取り入れたのだ。Lo-fiとは、Hi-fiの逆。アナログレコードを再生したときに感じる、ノイズ混じりのどこか懐かしいサウンドのことである。
「☆Takuとは小学生からの仲。何かパスされたら、こういうことを返してもらいたいんだろうなというのが分かる。今回、☆Takuからトラックをもらったとき、ローファイヒップホップのサウンドだったので、自分もそれに合ったマナーのラップをのっけた。ローファイヒップホップのいいところは、聴き込もうと思ったら聴き込めるが、聴き流してもいいこと。レストランでもバーでも、流れているだけで、オシャレな空気感をつくり出してくれる」(VERBAL)。多くを語らずとも響き合う、あうんの呼吸が未知なる音楽を生んだのだ。
今回のプロジェクトでは、m-flo以外にも3組のアーティストが1曲ずつオリジナルBGMを書き下ろした。共通するのは、非日常にワープした気分を味わえること。Seiho(セイホー) は山の中の急流、starRo(スターロー)は静寂に包まれた深海、AmPm(アムパム)は未開の密林に仕事場があることを想像し、それぞれの感性でメロディーを紡いだ。
全4曲のエナジーミュージックは、SpotifyやApple Music、YouTubeで19年8月28日から配信が始まり、ジンズが運営する会員制ワーキングスペース「Think Lab(シンクラボ)」では仕事に与える効果を具体的に検証していく。仲氏は今後の展望について「できれば毎年続けたい」と意欲を示した。エナジードリンクと同じように仕事に欠かせないアイテムになるだろうか。