プラチナ万年筆が開発した万年筆「プロシオン」が販売目標の3割増の売れ行きを示している。5000円(税別)と万年筆では低価格帯ながら、上位機種並みの技術を盛り込んだ。その背景には10年間にもわたるマーケティング戦略があった。
2019年6月に東京ビッグサイトで開催された「第30回 国際文具・紙製品展(ISOT)」で「第28回 日本文具大賞 2019」の機能部門グランプリを受賞したのが、プラチナ万年筆が開発した万年筆「プロシオン」だ。発売は2018年7月だが、その後は絶好調といえるほどの売れ行きを示している。5000円(税別)と万年筆では低価格帯ながらボディーはアルミ製とし、上位機種並みのさまざまな技術を盛り込んだ。企画部の山新田政秋サブマネジャーは「販売目標の3割増と好調な売り上げが続いている。文具大賞受賞後は月間販売本数が、それまでの3倍になった」と語る。
注目されたポイントは主に2つ。1つは、新開発した大型五角絞りと呼ぶステンレス製のペン先だ。ステンレスでは難しいとされていた、金のペン先に近いしなやかな書き味を実現した。五角絞りの金のペン先は、同社が1962年に日本で初めて開発していた。プロシオンはその技術を受け継ぎ、ペン先を長くすることで硬いステンレスでもコシがあって金と同じように、しなるようにした。書き味は上位機種である金のペン先を持つ万年筆に近い。
2つ目は、キャップをしたままの状態で、1年間使用しなくてもインクが蒸発せずにサラッと書ける「スリップシール機構」を低価格の商品に採用したこと。一般の万年筆は3~6カ月使用しないとインクが固まって書けなくなるが、同機構があれば固まらず、普通に使える。数万円する同社のロングセラーモデル「#3776センチュリー」で採用している機構を搭載した。
この他、インクの吸入にも新技術を盛り込んだ。一般の万年筆はペン先の根元にインクの吸入口があるため、ペン先全体をインクに浸さないといけない。プロシオンではペン先の中央に吸入口を設けたペン芯を新設計したため、ペン先の中ほどまで浸せば吸入できる。「これにより吸入後、ペン先全体やその上の首軸までティッシュで拭き取る手間がなくなった」(柳迫隆司技術部長)。
女子中高生を万年筆ファンに育成
なぜ、こうした商品を開発したのか。その背景には「万年筆ユーザーを増やすための10年以上にわたる長期戦略があった」と柳迫部長は語る。
万年筆市場は1960年代ごろの高度成長期がピークだった。その後、ボールペンやパソコン、スマートフォンなどの台頭により、万年筆を使うユーザーは激減した。それが、2010年前後から愛用者を徐々に増やし、最近では「ブーム到来」といわれるほど売り上げを伸ばしている。これまでもプラチナ万年筆は、新たなユーザーを開拓するため、新商品を積極的に市場に投入してきた。目標にしたのは中高生だった。
かつてのメインユーザーは男性で60~70代だった。そこで当初は40~50代を狙ったが、この世代は若い頃に万年筆を使っていたものの、その後は離れていった人がほとんど。「彼らの世代に再び使うよう訴求するより、万年筆のことを全く知らない中高生世代をファンに育てた方が、将来性があると考えた」(柳迫部長)。
プラチナ万年筆は07年に200円(税別で現在は300円から)ながら、スリップシール機構搭載の万年筆「プレピー」を発売した。当時、女子中高生の間ではボールペンでカラフルなメモを書くことが流行っていたことから、プレピーも6色(現在は7色)のインクを用意。これが狙い通り女子中高生を中心に大ヒットし、17年には累計販売1000万本を達成した。
さらに同社は10年にプレピーからの買い替えを促す上位機種「プレジール」(税別で1000円)を発売。そして、プレピーを購入した第1世代が30歳前後になった18年になって、プロシオンを発売した。つまりプロシオンのメインターゲットは、プレビーを使っていた、かつての女子中高生たち。そこで上位機種への移行を促すため、5000円と価格は抑えながら書き味や機能は数万円の商品と同様といった商品に仕上げた。
そうした狙いは、デザインの面で特に顕著だ。女性が好みそうなボディーカラーとして、金属の質感を生かしながら、磁器をイメージしたツヤ感のある色や、マットでありながらしっとりした触り心地の色など、全5色を用意。例えば、深海をイメージした「ディープシー」、白磁器をイメージした「ポーセリンホワイト」、マット感がありながらしっとりした触り心地の「ターコイズブルー」、さらには「パーシモンオレンジ」「シトロンイエロー」など、いずれも大人の女性が喜びそうな色合い。ビジネスだけでなく、カジュアルにも使えそうだ。
(写真提供/プラチナ万年筆)