「飲む点滴」とも呼ばれる甘酒の市場がここ数年活況だ。森永製菓や味噌で知られるマルコメなど大手企業も甘酒販売に力を注ぐ。そんな中、無名の農家が490ミリリットルで約1500円という高価な甘酒を出し、1年で1万2000本販売した。人気の裏に開発者親子の意外なマーケティング力があった。

一般的な甘酒の2倍以上の価格でも人気を得ている「玄米がユメヲミタ」(税込み1469円)
一般的な甘酒の2倍以上の価格でも人気を得ている「玄米がユメヲミタ」(税込み1469円)

 マーケティングリサーチ会社のインテージによると、2018年の甘酒の市場規模は約197億円。消費者の健康志向の高まりもあって、5年ほど前から急成長している。Instagramで「#(ハッシュタグ)甘酒」で検索すると、約31万件もの投稿がヒットするほどだ。

 人気の高さは競争の激しさと表裏一体。そんな激戦区の甘酒市場で、元編集者の父と元ネットリサーチ会社の息子が互いの英知を結集し、農家らしからぬ戦略で“高級甘酒”をヒットさせている。「玄米がユメヲミタ」を製造販売する農業法人・山燕庵(さんえんあん)だ。同社が甘酒販売を始めたのは14年。それからわずか4年で、年間1万2000本を売り上げるまでに成長した。

甘酒進出は東日本大震災の影響

 山燕庵代表取締役の杉原晋一氏が甘酒を作り始めたきっかけは、11年3月11日に起きた東日本大震災。当時、福島県鮫川村にある農場で米を生産していたが、「風評被害などの影響で米としては売れなくなった」(杉原氏)。そこで加工品に切り替えることを決断。せんべいや餅、団子など、数ある米加工品の中から伸長市場である甘酒に目を付け、12年から製造を始めた。甘酒に注目した理由を杉原氏はこう語る。

 「甘酒は日本の食文化に基づいた『伝統食』。祖父母の世代では、家庭で当たり前に作られていたり、街で売られたりしたほど定着していた。一過性のブームではなく、健康を意識した人向けに、老若男女問わない健康ギフトとして、新しい形で再度定着する可能性が見込めた」(杉原氏)

 甘酒は加工用に生産された米を使用するのが普通だが、玄米がユメヲミタは農薬・化学肥料に頼らない農法で育てられた、1等米のオリジナルブランド「コシヒカリアモーレ石川県産玄米」を使用している。安心を追求するために、甘味料、添加物、保存料も不使用だ。そのため「(甘酒)市場は500ミリリットルで600円が相場」(杉原氏)だが、玄米がユメヲミタはその約2.5倍の税込み1469円で販売する。

 国内で出回っている甘酒は、酒かすや米麹(こうじ)を使用している。米麹には白米を使用することが多いが、山燕庵は珍しく玄米で甘酒を作っている。「玄米は栄養価が非常に高く、トータルの栄養素の総量は白米の約17倍。市場に玄米で作った甘酒が少なかったことも、玄米に決めた理由」と杉原氏。

ヒットの裏に、親子のユニークな職歴あり

 山燕庵は親子2人で営んでいる小さな農業法人だ。市場より約2.5倍という高価な甘酒ながら、年間1万本以上も売り切った背景には、杉原親子の“前職”が大きく関係している。

左から山燕庵代表取締役の杉原晋一氏、杉原氏の父・正利氏
左から山燕庵代表取締役の杉原晋一氏、杉原氏の父・正利氏

 杉原氏自身は某ネットリサーチ会社出身。脱サラ後、震災をきっかけに杉原氏の父・正利氏が05年に立ち上げた山燕庵で共に農業を営むことを決意した。ただ米を作るだけでなく、持ち前の調査スキルを生かし、市場分析や販路開拓などマーケティング全般を担っている。

 杉原氏は「マーケティングリサーチの知識があったことで、プロダクトアウトではなく、マーケットインの観点から商品が開発できた」と話す。「甘酒」がはやっているから作るという安易な発想ではなく、世の中で「健康食品」が求められていて、甘酒の市場の伸び率も高いという数字から仮説を立て、開発初期段階ではグループインタビューを実施するなど仮説の検証から始めたという杉原氏。その結果を基に、「美容」「健康」「デザイン性」「プレゼント」「エシカル」「ストーリー性」などのキーワードに刺さるかどうか、という観点から開発を進めた。

 甘酒は完成しても、初めて手掛けた商品だけに販路がなかった。そこで14年5月から、各催事場などで出店販売を開始。当時は甘酒がブームになる直前で、甘酒に否定的なイメージを持っている人も少なくなかったという。そこで試飲会を実施し、老若男女問わず誰でも飲め、健康に良いことをアピールした。評判もまずまずだったことから、14年10月クラウドファンディングを活用し、生産拡大と知名度向上を図ろうと考えた。しかし目標金額100万円に対し十数万円しか集まらず、この手法を断念。その敗因を杉原氏は「試飲できないので、良さが伝わりにくかった」と分析する。

 「大切なのはデータの量ではなく、質だと知ることができた」と杉原氏。失敗の経験を生かし、展示会や店頭販売などで「顧客の声を直接聞くこと」に力を入れ始めた。消費者に直接その魅力を伝えるため、美容室や各種催事場、百貨店に足を運んで地道な営業を繰り返した。その結果、現在ではマルシェやビューティーサロン、百貨店のギフト商材として人気を博している。

 一方、父・正利氏は某大手出版社出身。元編集者としての豊富な人脈を生かし、パッケージデザインやネーミングといった主に商品の差別化を担当した。

 ネーミングは「無印良品」の名付け親としても知られる、著名コピーライターの日暮真三氏に依頼。同氏は「(甘酒は)発酵食品なので、寝かせることで命が吹き込まれる。つまり眠りが大切。いい夢を見てよく眠った麹から作られたらおいしいものになるはず」とのインスピレーションから、「玄米がユメヲミタ」という商品名を考案したと話す。また、「お酒っぽくせず、女性向けに優しいネーミングにした」(日暮氏)。

 パッケージデザインを手掛けたのは、NHK教育テレビ『ハッチポッチステーション』『クインテット』などのキャラクターを担当し、最近ではNHKの朝ドラ『あさが来た』のタイトルバックを手掛けたイラストレーターの藤枝リュウジ氏。同氏は「(米からできているので)地図記号の『田圃(たんぼ)』をデザインの主役に据えた」と説明する。優しい雰囲気の漂う洗練されたデザインは、従来の甘酒のイメージと一線を画している。

5年目の目標は1万5000本

 品質の高い米の、しかも玄米を使用するという個性際立つ商品に、一流のクリエイターがかかわった印象的なネーミングと、洗練されたパッケージデザイン。そこに市場分析や販路開拓のスキルが重なり合って世に送り出された「玄米がユメヲミタ」。親子が過去培った企画・開発力やマーケティング力を最大限に発揮したからこそ、無名の小さな農業法人ながら、競争激しい市場で年間1万本以上も売れる商品を生み出せたのだろう。

 最近は「ギフトでの取り扱いが増えた」と杉原氏。お中元の定番であるビールやハムに対し、新鮮さを求める顧客に選ばれるのだという。その勢いに乗って、19年は1万5000本の販売を目指す。

マルシェで販売する杉原氏
マルシェで販売する杉原氏

(写真提供/山燕庵)

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