ユニマット リタイアメント・コミュニティ(東京・港、ユニマットRC)は、自社で経営する介護施設でAI(人工知能)による業務効率化に着手。2019年7月から持ち物記録と空き部屋の予約管理を効率化する実証実験を開始した。19年内に本稼働し、20年中に全国のショートステイ事業所に展開する計画だ。
介護事業大手のユニマットRCは、有料老人ホーム、サービス付き高齢者住宅、デイサービスなど、全国約300拠点で600を超えるサービス事業所を手掛けている。仕事や行事、体調不良などの理由で家族が介護できないときに短期で利用する介護サービスである「ショートステイ」では、全国140拠点以上で3000床以上を展開する最大手である。
ユニマットRCは、AIによる業務効率化をマクニカ(横浜市)と共同で研究し、専用のアプリを開発してショートステイに適用する。まず2019年7月から、淵江ショートステイそよ風(東京・足立、30床)で施設利用者の持ち物記録に活用。同年8月からは、三河島ケアセンターそよ風(東京・荒川、20床)で、空き部屋の予約管理を効率化する実証実験を開始した。
自然言語処理と画像認識で「持ち物記録」を効率化
「介護サービスは人手によるサービスが中心で、かつ、人材不足という実態があり、業務効率化が大きな課題となっていた。ところが従来、ITを導入して本気で効率化を図ろうという取り組みは少なかった。数年前から業務効率化の検討を進め、今回、現場にAIを導入し働きやすい環境を作ることにした。その第1弾が、ショートステイ利用者の持ち物記録である」(ユニマットRC事業統括本部の岡田旅人氏)
持ち物記録は、入所時に持って来た所持品を確認する業務で、従来は担当者が1点ずつ写真を撮り、かつ、ペンで一覧表に記入していた。早い場合でも10~15分を要し、おおむね20~30分の時間がかかる作業だった。
今回、専用アプリを搭載したスマートフォンを使って、持ち物を動画で撮影しながら、「パジャマ」「シャツ」というふうに声に出す作業に置き換えることで、作業をわずか数分間に短縮できた。持ち物リストは、音声からAIが自動で作成する。これにより、担当者がペンを持ち、机に座って一覧表に記入する作業はなくなった。
AIの自然言語処理により、撮影した動画から発音を分析して持ち物の名称をテキスト化するとともに、動画から静止画を自動的に抽出して画像認識する。これにより、色と柄を見分けてあらかじめ定義した変換テーブルを参照して、色と柄の名称を自動で付与する仕組みである。その結果、「誰がやっても同じ分類になる」(岡田氏)という。
施設利用者が退所する際には、AIが自動作成した記録リストを参照しながら持ち物を検査・確認することで、他人のものを持って帰るという間違いも減らせると見ている。
CrowdANALYTIXのサービスを採用
今回、この仕組みはマクニカと共同開発したものだ。マクニカは、19年1月にインドのスタートアップ企業であるCrowdANALYTIXの41.8%の株を取得して筆頭株主となった後、AI事業を加速させている。ユニマットRCのAIシステムでは、そのCrowdANALYTIXが持つAIプラットフォームサービスを採用した。
このサービスでは、世界中の2万人を超えるデータサイエンティストを活用することで、さまざまなAIモジュールを同時進行で開発することができる。具体的には、顧客が求めるニーズに合致したモジュールを開発するために必要最小限の仕様を公開し、世界規模でアルゴリズムの並行開発を実施し、精度の優れたものを採用し、それらを組み合わせて開発するという仕組みを採る。
いわゆる「データサイエンティストのコミュニティー」をシステム開発に取り入れているわけだ。ちなみに、データサイエンティストは大手プラットフォーマーをはじめとして世界中の企業で活躍しているエンジニアだという。
岡田氏は、「AIを導入する場合、精度が8割程度では十分とは言えない。その点、CrowdANALYTIXのAIプラットフォームサービスは、専門家集団による抜群のアイデアで作られたもので、常に他のデータサイエンティストがフォローに入れる仕組みは素晴らしい」という。マクニカでAI事業を推進している新事業本部AI事業推進室長の西村武郎氏は、「開発は日本側のエンジニアとやりとりしながら進めるが、細かいチューニングもCrowdANALYTIX側で行っている」という。
複雑な「空き部屋の予約管理」にも適用
前述の通り、19年8月からは、空き部屋の予約管理にAIを活用して効率化する実証実験も開始した。ショートステイでの予約管理は、ホテルの予約管理と異なり考慮すべき要因が多岐にわたる。「身体のまひが左側なのか右側なのかによってベッドの向きが異なるほか、利尿作用のある薬を処方しているためトイレに近いほうがよいとか、転倒リスクのある方は職員の見守り部屋から近いほうがよいといった要因がある。さらに、同じ1泊2日でも入所・退所時間が異なることを考慮する必要もあり、複雑なパズルを解くようなもの」(岡田氏)といった具合で、部屋割りにはかなりのスキルが必要とされている。
一般的に、生活相談員が手書きの管理表やExcelを使って予約管理を担当するが、人によってスキルの差が大きく、効率的に部屋割りができていないという側面も否めない。部屋を移ってもらえれば解決するという場合もある。
ユニマットRCでは、こうした課題に対して、AIで平準化することで効率を上げることにした。「過去の実績データを基にAIに試算させた結果、より効率の良い部屋割りを瞬時に割り出した。これは生活相談員の労働生産性向上に大きな期待ができる」(岡田氏)という。部屋を移動してもらう場合も、「さまざまな条件を考慮しながら調整を行う生活相談員の精神的な負担軽減にも寄与する。最小限の移動回数で入居者にも負担が少なく部屋割りを作成できる」(岡田氏)という効果も期待している。
2つのショートステイ施設に適用したAIの実証実験は、19年中に本稼働させる予定。その後、20年中に全国約140カ所のショートステイ事業所に展開するほか、マクニカと共同で他社の介護施設にも提案していく計画だ。「利用料については、削減できた業務をコストに換算してそれに見合った対価をいただく方式や、業績貢献に見合った対価をいただく方式が考えられ、利用頻度に応じて料金が変動する“リカーリング・モデル”を検討している」(マクニカの西村氏)という。両社は、IT導入が遅れ気味の介護分野にAIを活用し、業界の業務効率化を支援していく。