競合サービスひしめく電子コミック市場。他社サービスに比べて公開作品数が1桁少なく広告も入れないのに、業績が右肩上がりなのが、韓国カカオの日本法人であるカカオジャパン(東京・港)が運営する「ピッコマ」だ。その秘密はユーザーに未知の漫画を薦める細かな仕掛けとデータ分析にあった。
「未知の漫画と出合える場所を作りたい」――ピッコマを運営するカカオジャパンの金在龍社長は、取材中、その言葉を幾度も繰り返した。「ピッコマに電子コミックを読みに来る人の多くは、漫画が好きなわけではない。大概が暇潰し。それでも、いい作品を読んでほしい。そのためには売り方の仕組みを変えないとダメ」と熱弁を振るう。
ピッコマは、2016年4月に立ち上がった電子コミックアプリ。ブラウザーベースの「めちゃコミック」(アムタス)や「Renta!」(パピレス)、アプリベースの「LINE マンガ」(LINE Digital Frontier)など競合が多く、既に“レッドオーシャン”と化した電子コミックサービスでも、最後発だ。
公開する作品数は19年5月時点で6727。18年4月に比べると3.1倍になったものの、それでも大手に比べると1桁か2桁少ない。一般的に、作品数が少ないこと、中でも有名な作品が少ないことは、電子コミックサービスにとって不利。それでも業績は好調で、19年4月には1日当たりの売り上げが前年同期比2.7倍に、閲覧者数が同1.6倍に成長している。
成長の裏にあるのは、限られた選択肢の中からユーザーに漫画を選ばせ、満足させ、継続的にサービスを利用させるための細やかなレコメンデーション戦略だ。「まずは読んでもらうこと。読めばハマるのだから」(金社長)
漫画を習慣づける「待てば0円」
数ある施策の代表例が「待てば0円」。これは、対象作品であれば、24時間ごとに1話、無料で閲覧できる仕組み。最初の数話は無料で読めるため、「ユーザーは、知らない漫画でもまずは読んでみようと思う。それで面白いと感じれば、翌日また読みに来てくれる」(金社長)。ピッコマは月額制プランがなく、都度払いなので、待てば0円対象作品を、毎回24時間待って読んでいる限り、お金がかからない。
一番の狙いは、ユーザーに毎日ピッコマにアクセスする習慣をつけさせることだ。「かつて週刊誌などで漫画を楽しんだ世代と違い、今の人は漫画を読む習慣自体がない」と金社長。だが、同社の調査では、漫画を日常的に読む人ほど、通勤通学中や食事中など、ちょっとした隙間時間を見つけて漫画を楽しんでいる。「まずは漫画を読むことを習慣にしてもらいたい」(金社長)
忘れずにピッコマにアクセスしてもらうために活用しているのが、アプリの通知機能だ。次の回が読める時間になると、スマホに通知が届く。「ユーザーにとってはタイマー代わりだから、通知をオフにしている人は少ない」(金社長)。
こうして毎日漫画を読むうちに、ピッコマを開くこと、漫画を読むことが生活の一部になる。「いずれかの漫画にハマれば、24時間が待ちきれず、課金してくれる。さらには『もっと面白い漫画はないかな』という気持ちにもなってくれる」(金社長)。試し読み、定期的な閲覧、課金というサイクルが回り始めるというわけだ。
専用チケットがプロモーションの要
もう1つ、ピッコマの特徴といえるのが、作品ごとのチケット制を採用していること。電子コミックサービスで課金して漫画を読む場合、その都度、読む分の閲覧料を決済するか、どの作品でも使えるコイン(ポイントと呼ぶ場合もある)を購入し、それで支払うのが一般的だ。だが、ピッコマの場合、コインを購入した上で、作品ごとの専用チケットを買わなければならない。課金の障壁が1つ多いわけだ。だが、「これこそがピッコマのレコメンデーションの肝だと思っている」と金社長は自信たっぷりに説明する。
多くの電子コミックサービスでは、ユーザーの閲覧や購読を促す際、一部の作品を期間限定、話数/巻数限定で閲覧無料にしたり、全作品共通で使えるコインを配布したりしている。だが、ユーザーの好みは千差万別。前者の方法では、無料にする作品がそれぞれのユーザーにとって魅力的なものでなければ効果が小さいし、後者の方法では各ユーザーがコインを使う対象の作品を絞れない。
それに対し、ピッコマの専用チケットは、対象となる作品以外では使えない。「だからこそ、個々のユーザーの好みに合わせて、作品単位で閲覧を誘発できる」(金社長)
特に効果を発揮するのは、閲覧再開を促す場合だ。金社長いわく、ユーザーの行動履歴を分析すると、漫画には“谷間”のようなものがあるそうだ。途中までは順調に読まれるのに、ある回を読み終えたところで脱落者が増える。それを越えるとまた継続的に読まれるというパターン。コミックスや週刊誌で漫画を読んだ経験がある人なら、心当たりがあるかもしれない。
そんなとき、「脱落した人限定で、その作品の専用チケットを配布する。『無料ならば』と読んでみたのをきっかけに、また読んでくれる人はたくさんいる」(金社長)。実際、専用チケットの利用率を検証してみたところ、1度もその作品を読んだことがない人が13%だったのに対し、かつて読んでいた人は46%だった。
レコメンデーションを支えるデータ分析
こうしたピッコマのレコメンデーション施策の下支えとなっているのが綿密なデータ分析だ。
例えば、「閲覧転換率」(インプレッション数を実際のクリック数で割ったもの)の分析。ピッコマでは、全体の10%のユーザーのアプリ画面にのみ、さまざまな作品を表示して、閲覧転換率をはじき出す。その上で、閲覧転換率が高かった作品に絞って残りの90%に薦める。これは、サービス全体の閲覧転換率を高めるための方法だ。
また、作品とユーザーの相性を割り出すプロセスでは、AIを活用。表紙のイメージやタイトルなどの文字要素、作品の説明文に含まれるキーワードなどから、作品ごとに類似作品の一覧マップを作成。これを、属性や閲覧履歴などから8つのクラスターに分けたユーザーのデータと掛け合わせることで、ユーザーの潜在的な嗜好も導き出せる。
さらに、作家ごとに作品の閲覧傾向も分析している。「A」と「B」という作品があった場合、AとBの併読率を調べるだけでなく、AからBへの移行率、BからAへの移行率を割り出しているのだ。前者の方が高かった場合、まだどちらも読んでいない人には、Aから薦めた方が併読されやすいと判断できる。
これらのデータが、トップ画面のお薦め一覧に表示される作品の選定や、専用チケットでプッシュする作品の選定に役立てられる。なお、お薦め一覧では、同じ作品であっても、ユーザーによって表示する巻の表紙を変えたり、並び順を変えたりしている。その理由は、表紙のイラストによってユーザーに与える印象が違うから。例えば、男性ユーザーにはかわいい女性キャラクターが描かれた表紙を、女性にはイケメンの男性キャラクターが描かれた表紙を表示することで、閲覧転換率にも有意な差が出る。
「とはいえ、データに頼るのは全体の6割か7割程度」と金社長。お薦め一覧の上部には、人為的に選んだ作品も並べるという。「出版社との情報交換やメディアでの話題から注目と思われる作品、名作といわれる古い作品もお薦めすることで読んでもらえる。そうしたさじ加減をした方が、多様な作品に出合う機会を届けられる」(金社長)
大切なのは生態系を守ること
一連の取り組みが実を結び、近年、ピッコマは順調に売り上げを伸ばしてきた。1話単位での閲覧が基本のピッコマだが、最近は巻単位で閲覧できる作品も増やしている。その結果、巻単位で読む人も増えてきた。「徐々に漫画の面白さを知る人が増えてきたということ」と金社長は笑顔を見せる。
だが、ピッコマのユーザーに漫画好きが増えれば、もっと公開作品数が多いサービスに移行してしまうのではないか。「それならそれでいいと思っている」と金社長。「大切なのは、漫画を取り巻く生態系を維持、拡大することだ」
その理由として、金社長は、親会社のカカオが事業を展開する韓国の例を挙げた。韓国では、広告モデルのウェブサイトで無料の漫画(「ウェブトゥーン」と呼ばれるデジタルコミック)が多数掲載され、人気を集めた。その一方で、「作品が人を呼ぶための道具になってしまうこともある」と金社長。漫画は無料というイメージが付けば、作家や出版社が収入を得づらくなり、やがて産業自体が潰れることもあり得ると危機感を募らせる。「だからこそ、ピッコマでは広告に頼らず、漫画で売り上げを立てるモデルにこだわりたい」(金社長)
今後は、紙の漫画や書籍、動画などとも連携して、漫画を取り巻く産業全体を盛り立てていきたいという。その具体策として、一部作品では、ノベライズやアニメ、実写映像などの関連コンテンツも配信。漫画の作品ページに各コンテンツへのリンクを用意して、閲覧を促している。また、出版社がコミックスを発売する際、ピッコマが持つ読者の属性、閲覧分析データを活用し、プロモーションに協力するといった取り組みも始めた。
「楽観的と言われるかもしれないが、漫画が好きな人が増えれば、ピッコマに来てくれるユーザーや売り上げも増えていくと信じている。だからこそ、たくさんの人に漫画との出合いを提供したい」と金社長は結んだ。
(写真提供/カカオジャパン)