クルマの売却時に一括査定サイトを使ったことはあるだろうか。「最大××社に同時査定できる」とのうたい文句に誘われ、送信ボタンを押したが最後、電話が鳴りやまなくなる。そんな現状に一石を投じるサービスが現れた。LINEで質問に答えるだけで査定価格が届く。その狙いとアルゴリズムに迫った。

LINEでトークするだけで、複数の業者からクルマの査定価格が届くサービスが始まった
LINEでトークするだけで、複数の業者からクルマの査定価格が届くサービスが始まった

 「国産車ですか?輸入車ですか?」「車種を選択してください」「車の状態を教えてください」。LINEのトーク画面を開き、チャット形式で質問に答えるだけで、複数の買い取り業者からコメント付きで査定価格が返ってくる。

 無料で利用でき、回答に要する時間は僅か45秒。愛車の相場を知りたい場合やクルマの購入相談にも気軽に使える。サービス名は「ビッドナウ クルマ買取」。アドテクノロジー(広告技術)企業のフリークアウトが、2019年5月9日に始めた新事業だ。法人向けのマーケティング企業が、クルマの査定という消費者向けのビジネスに目を向けた。意外性のある組み合わせは、実体験がベースとなって生まれた。

 「必要事項を入力し、送信ボタンを押して5秒でスマホが鳴った。0120、03、050。電話番号はさまざまで、スマホ画面3ページ分にわたって延々と着信が続いた。あるときは080で着信があり、仕事の電話かなと思ったら『××××です』と」。

 こう振り返るのは、事業責任者の胡桃沢精一氏。家事代行サービス「CaSy(カジー)」の創業メンバーとして運営会社を率いた後、18年4月に「新規事業請負人」としてフリークアウトに入社した。

LINEのトーク画面で質問に答えていくだけで、査定価格がメッセージとして届く(※画面は一例)
LINEのトーク画面で質問に答えていくだけで、査定価格がメッセージとして届く(※画面は一例)

 業者が電話攻勢に出るのは、理由がある。他社より1秒でも早く売却を打診することで、成約の可能性が大きく高まるからだ。1人の顧客を10社から 20社で取り合う構図のため、「1回つながると電話を切らせてくれない。30分ぐらい電話を長引かせようとする。そして、いざ査定を依頼すると、『今決めてくれたら5万円プラスします』とか、『ちょっと待ってください、上司に電話します』と言って長時間粘る。こういう不毛なやり取りを解消したかった」と胡桃沢氏は語る。

 「電話がしつこい」「交渉に時間がかかる」。こうした利用者の不満を解消したのが、ビッドナウ。LINEに届いた査定価格を見比べ、「査定依頼」をタップして初めて業者とマッチングする仕組みで、業者側から一方的に電話がかかってくることはない。既に30代、40代を中心に口コミで1300人の利用者を獲得。食いついたのは、消費者だけではない。業界大手のネクステージやカーチスから地方の個店まで、全国で30弱の買い取り業者が登録した。それは、業者側にもメリットをもたらすからだ。

 一括査定サイトは、どうしても早い者勝ちの側面が強かった。他社を出し抜くため、「裏側ではコールセンターに何十人も待機させ、瞬時に電話を掛けられるようオートコールを導入している。いち早く電話がつながればいいが、2社目、3社目の場合は、まずお客さんをなだめるところから始まる。そんな業務を過ごすうちにメンタルを病み、辞める人が後を絶たない」(胡桃沢氏)という。労力の割に顧客獲得率が低く、なおかつ早期退職の原因にもなっていた。

 1人1台スマートフォンが行き渡った今、コミュニケーションの主役は電話でなく、チャットになった。社員側も電話よりLINEのほうが気楽だ。ビッドナウには、コメント機能もあり、文字数は限られているものの、「こんなオプションがついていたら5万円プラスできます」と最低限のことは売り込める。無料で登録でき、送客人数に応じて成果報酬を支払うビジネスモデルのため、使わないデメリットもあまりないというわけだ。

高額査定を支えるマッチング制度

 ビッドナウは、査定に参加できる業者の数を4社までに絞っている。例えば、東京都港区在住で2010年式のBMWならこの4社というように、地域や車種、年式によって自動的に振り分けているのだ。それには理由がある。

 「僕の経験上、10社あっても、そのクルマ(の買い取り)に強い会社は数社しかない」(胡桃沢氏)。買い取りを強化している車種は業者によって異なり、軽自動車専門もあれば、輸入車専門もある。BMWやポルシェ、メルセデス・ベンツなど特定の車種に強い業者もある。それどころか、廃車寸前のクルマに価値を見出す業者もある。

 「エリアごとに、この年式のクルマなら、この業者が強いというのは、だいたい決まっている。見る目があり、独自の流通網がある会社に売れば、走行距離が長いクルマでもすごく高値で売れることがある。例えば、トヨタのランドクルーザーは海外ですごく人気で、20万~30万キロ走っていても普通に売れる」(胡桃沢氏)。売却条件に最適な業者とマッチングさせることで、高く売れる仕組みを構築したのだ。

 なぜ4社なのか。「一般的に3社に見積もりをとれば、だいたいの相場は分かる。ビッドナウでは、そこに1社加えた。4社に絞っているので業者側も(成約の可能性が高まり)気合いが入る」(胡桃沢氏)。

 業者側は他社の査定価格を見ることはできず、一度出した価格を変えることもできない。一発勝負の駆け引きが繰り広げられるからこそ、価格が上がりやすい側面があるという。中間業者を介さないため、マージン(手数料)も削減できる。値崩れが激しいとされる輸入車に強いのも特徴だ。「輸入車の取引台数は全体の10%程度と言われているが、ビッドナウは20~30%と多い」(胡桃沢氏)。500万円前後で取引されることが多い17年式の「アウディ Q7」(走行距離2万キロ)に税込み650万円の値がついた実績もあるという。

地方にこそ需要がある?

 LINEでクルマを査定できるサービスは、ビッドナウ以外にもある。しかし、どれも1社単独で、複数の企業に査定を依頼できる「一括」型はなかった。引っ越し業界も同じ状況だが、「引っ越しは、写真を見ても荷物の総量を正確に把握するのは難しい。クルマならメーカー、車種、年式が分かればだいたい価格が決まる」(胡桃沢氏)。

 クルマは、取引価格の変動も読みやすい。「2月、3月がピークで、(自動車税がかかる)4月から下がっていき、8月、9月から少しずつ上がっていく」(胡桃沢氏)。こうしたビッグデータを分析するのは、フリークアウトの得意分野でもある。アドテク企業のノウハウを生かし、ターゲットを限定し戦略的に広告を打つこともできる。難点は、新型モデルが発売されると、旧モデルの買取価格が一気に下がること。しかし、こうした下落幅の予測も売買データが増えることで、精度は増していくとみる。

 クルマ離れが叫ばれているとはいえ、国内の新車販売台数は横ばいが続いており、中古車を含めた流通総数もそれほど変わっていない。中古車市場の規模は年間約3兆円あり、その内訳は下取りのほうが優勢。だが、「徐々に買い取りへとシフトし、近年は毎年10万台ずつのペースで増えている」(胡桃沢氏)。

 クルマの性能が向上し、事故の件数は減少傾向にある一方、65歳以上のシニアドライバーによる事故の割合は、むしろ増えている。「クルマを売却して免許を返納するか、自動ブレーキがあるクルマに買い替えるのを後押しするサービスとして、ビッドナウは社会的な意義もある」(胡桃沢氏)。

 目標は1年後に、月間1万人が見積もりするサービスに育てること。現在は、東京、神奈川、埼玉、千葉、茨城、山梨、愛知、大阪、京都、滋賀、兵庫の11都府県でサービスを展開するが、「地方のほうが一家に何台もクルマがあり、需要は大きい」(胡桃沢氏)。札幌、福岡、仙台など、人口の多い地方から展開エリアを拡大していく方針だ。利用状況を見ながら、UI(ユーザーインターフェース)の改善を進め、将来的には星の数など、ユーザー側が業者を評価するシステムを実装したいという。

クルマはあらゆる入り口になる

公式サイトにはクルマの買い取り、購入に関する記事が並ぶ
公式サイトにはクルマの買い取り、購入に関する記事が並ぶ

 実は、ビッドナウにはもう一つの使命がある。それは、自社メディアの育成だ。広告ビジネスは、顧客であるメディアの業績に左右される。加えて、グーグルやフェイスブックに直接広告を出す企業が増えるほど、フリークアウトの存在意義は薄くなる。自らメディアを持つことで、事業者と消費者をつなぐプラットフォームを提供したいという思いがあった。

 このため、あえて公式サイトを立ち上げ、クルマの買取り、購入ガイド記事を充実させた。ライターを20人程度動員し、サービス開始時点で約800記事を用意。「どうしたら高く売れるか、購入しても値下がりしにくいクルマは何か、維持費はどれぐらいかかるか。あったら役立つ記事を、第三者の目線でかなり詳しく紹介した」(胡桃沢氏)。今後も記事を増やしていき、メディアとしての価値を高めていく計画だ。

 この事業には続きがある。「結婚をスタートに出産や子育て、自宅の購入など、さまざまなイベントが続くように、クルマも裾野が広く、売却を起点に、いろんなことができる可能性がある」(胡桃沢氏)。ビッドナウを入り口に、チャットUIを使ったサービスを横展開する作戦だ。折しも、旅行、保険、不動産など、高額売買のプラットフォームにLINEを選ぶサービスは増えている。ビッドナウという名の通り、LINEですぐにビッド(入札)する文化は定着するか。

この記事をいいね!する