コンセプトは「ロールプレイングトリップ」。AR(拡張現実)と謎キャラ、コスプレを組み合わせた奇抜な体験型ゲームが、2019年7月20日に登場した。仕掛けたのは、人口2万人に満たない静岡県森町。お披露目の場に選んだのは、代官山だった。地元ではなく、あえて東京から発信したのはなぜか。
魔法使いに戦士、妖精、勇者ならぬ「遊者」──。2019年7月、東京・代官山のカフェに、ファンタジーから飛び出したような一行が現れた。脇を固めるのは、毛むくじゃらの謎のキャラ。実は、地方自治体のプロモーションだった。
魔法使いの正体は、静岡県西部に位置する森町の太田康雄町長。町の施設「アクティ森」で「ロールプレイングトリップ」を始めるに当たり、東京までトップセールスに出向いたのだ。
売り込んだのは、専用のAR(拡張現実)アプリを使ったスタンプラリー。そのメインキャラクターが、先ほどの謎キャラである。森町の菰張山(こもはりやま)にちなみ、コモコモとネーミングした。
参加は無料。アプリの地図を見ながら散策し、アクティ森内に隠された「マーカー(標識)」を探す。マーカーをカメラで読み取ると、アプリ上にコモコモが現れ、「友達になる」をタップすると、コモコモのスタンプがもらえる仕組みだ。マーカーは、いくつも隠されており、1時間ほどで回収できる。親子で、友人同士で、宝探し感覚で楽しめる。
他のARゲームと一味違うのは、コスプレの要素を加えたこと。遊者の衣装を有料で借りてコモコモを探しに行くと、より多くのスタンプを獲得できる。コスチュームのある部分にスマホをかざすと、コモコモが出現する仕掛けだ。コモコモを多数集めれば、森町産のヒノキの間伐材を使ったオリジナルコースター「遊者のメダル」がもらえる。
Wi-Fiを整備、ストーリーまで創作した理由
「ポケモンGO」「ハリーポッター:魔法同盟」など、世界中をフィールドにしたARゲームと比べ、森町の舞台はアクティ森という狭い世界に過ぎない。しかし、このためだけに会場全域に無料Wi-Fiを整備し、以下の通りRPG(ロールプレイングゲーム)風のストーリーまで創作した。
「遠いとおいむかーし、この森には謎の生き物がいたそうじゃ。”コモコモ”と呼ばれるその生き物は、森に棲(す)む妖精やエルフ、そして人間とも仲良く遊んでいた。しかし、いつしか人びとはシゴトに追われ、楽しく遊ぶことを忘れてしまい……、棲みにくくなったコモコモたちは、石があふれる池の中に身を潜めていったと言われておる。人びとが遊ばなくなってしまったこの森は、今はひっそりじゃ……。ところが、最近“コモコモ”といっしょに遊んだ者がいるという。「スマホ」という現代の鏡をアソビゴコロで覗くと、その姿が見えるらしいのじゃ!アソビに満ちたユーモアの森に戻すため、日本中にいる遊者のアソビゴコロをもって、森で“コモコモ” を探し出して欲しい!」(原文ママ)
繰り返すが、森町にこんな言い伝えはない。森町だけに「ユーモアな森で、現代人が忘れかけている遊び心を取り戻してほしい」と太田氏は説く。都会で暮らすファミリー、若者にもささるキーワードとして打ち出したのが、「遊び心」だった。
森町は人口1万8000人余りの小さな町。「遠州の小京都」と呼ばれ、三方を里山に囲まれ、町の中央を清流太田川が流れる、のどかで風光明媚な土地柄だ。「遠州森の石松」の出身地として知られ、高級煎茶と森山焼の産地でもある。皇室に105回献上を続ける次郎柿やとうもろこし、クラウンメロンなど、農産物にも恵まれている。
「豊かな土地であったこと、その豊かさから人々に余裕があったこと、遊び心があったからこそ、このような伝統文化、歴史が育まれた」。太田氏は自らの町をこう分析した。
仕事に追われ、暮らしに追われていたら、遊び心は生まれない。しかし、森町に行けば、心にゆとりを取り戻せる。その魅力を伝えるツールが、ストーリー性のあるゲーム。森町の歴史、文化、どこか懐かしい里山の風景をファンタジーに落とし込み、スマホという「現代の鏡」を通じて体感してもらうことで、都会では味わえない価値を提供できると考えた。
重要なのは、森町が秘境でないことにある。東京から東海道新幹線と天竜浜名湖鉄道を乗り継ぎ約2時間半。町内には新東名高速道路のインターチェンジもあり、クルマでも2時間半から3時間で到着する。「さほど遠くなく、言うほど山奥でもないのに、別世界を感じてもらえる。森町に来た方によく言われるのが、流れている時間がちょっと違うということ」。自然や空間そのもの、もっと言えば「森町時間」さえも売りになると読んだ。
「ノーとは言わない」
アクティ森は、森山焼や紙すきなどの伝統工芸体験、パターゴルフ、テニス、バーベキューなどのアウトドア体験ができる施設として、1991年にオープンした。「体験型施設の先駆けだったが、周りに同様の施設ができて、だんだん体験の魅力が薄れてきた。危機感を持って、新たな街の魅力をつくり出し、発信していこうと新事業に取り組むことにした」(太田氏)。構想から1年以上の期間を費やしたが、「職員がいろいろ考えてくれ、私もそれに対してノーと言わなかった」と語る。
太田氏は、地元の信用金庫、町議会議員を経て16年に町長に当選し、現在は1期目。町の活性化、人口減対策を考えるため、若手女性職員を中心に「森女(もりじょ)ハッピープロジェクト」を立ち上げるなど、新たな試みを推し進めてきた。ロールプレイングトリップを仕掛けたのも「あの手この手でアピールしないと、何が当たるか分からないから。定住までつながらなくても、関係人口や交流人口が増えていき、それで地域が支えられていけば、それはいいんじゃないかと思う」(太田氏)。
その企画全般を担ったのは、戦士役こと、森町商工観光係長の福島光英氏だ。「多くの市町が地方創生を掲げ、独自のPRを行っている中で、そこに負けてはいけないと思った」と振り返る。
当初は森町全域をフィールドにする予定だった。コモコモをあちこちに隠すことで、町全体を回ってもらえると考えたが、「住民や施設側の理解、費用面のハードルを考えるといきなりはできない。しかし、町の施設なら我々主導でどんどんできる。そうやって浸透してくれば、もっと町にも広げやすくなる」(福島氏)。
RPGに着想したのも「ドラゴンクエストやファイナルファンタジーに夢中になっていたのが、30代から50代の親世代だから」。ゲーム仕立てにすることで、子供のみならず、大人の心にも響くと考えた。
なぜAR?トレンドに乗っかった本当の狙い
では、なぜARに着目したのか。「ARやVR(仮想現実)は社会のトレンド。これは自治体、行政のよくないところかもしれないが、ある意味、トレンドに寄せたほうが予算は取りやすい。ゆるキャラとコスプレでは予算を取れなくても、ARを加えれば、予算を取りやすい側面がある。ただ、税金を使ってやるのは勇気がいる決断だった」(福島氏)。
アクティ森には年間約8万人が足を運ぶ。しかし大半が近隣からで、首都圏の客は極めて少ないのが現状だ。今回のプロモーションも誘客が最大の目的かと思いきや、意外な答えが返って来た。「もちろん来てほしいという思いもあるが、たとえ来てもらえなくても、全国的に静岡県森町を知ってもらえればいい。町や観光協会、アクティ森のホームページの閲覧が増えるだけでも、興味を持ってもらえたということになる」(福島氏)。
東京に人口が一極集中しているように、メディアも東京に偏在している。「我々は、地元発信の限界を感じていた。近隣市町の人たちに知れ渡ればいいという考え方もあるが、全国的にとなると話は別。当然、東京でも普通のことをやってはメディアは来てくれない。これぐらいの企画であれば、きっと興味を持っていただけるという思いがあった」(福島氏)。つまり、最初から東京で売り出すべく、斬新な企画を練り上げたのだ。
アクティ森のレストランも「森の妖精キッチン」と命名し、あえて遊び心を全開にした。東京の料理研究家・松岡裕里子氏が妖精に扮(ふん)してメニューを考案。家族だけでなく、若い女性もターゲットにし、「インスタ映えを狙って少しカラフルに仕上げた」(松岡氏)という。
コモコモの卵を表現した「おむすびこもこも」(500円)は、煎茶のパウダーで炊き上げたおにぎりと、クリームチーズ入りの生ハム巻きおにぎり、森町産のトウモロコシを使ったケチャップライスおにぎりの3種類。「カラフルタコスプレート」(1000円)もプレーン(コーンフラワー)、黒(竹炭)、緑(煎茶)、ピンク(ビーツ)と生地は4色、ソースも5種類と彩り豊かだ。
アイスシェイクの上に綿あめを乗せた「コモコモキャンディフロスシェイク」(600円)や、抹茶ならぬ「煎茶タピオカラテ」(500円)、トウモロコシとビーツ、バナナを混ぜたピンク色の「とうもろこしジュース」(500円)など、スイーツにもひねりが加えられている。
静岡県西部の「見えない壁」を破る
森町は平成の大合併に乗らなかった。「住民投票までやって単独町政の道を選んだので、生き残りをかけてという思いはある。小さな自治体だからプロモーションは、小規模でできるかというとそんなことはない。財政的に余裕がある大きな自治体に対抗するには、これぐらい特色を持って取り組まないと厳しい」(福島氏)。
ふるさと納税の寄付金も活用してプロモーション費用をまかない、有用なツールは極力活用した。アプリはスターティアラボ(東京・新宿)の「COCOAR(ココアル)」を採用。ココアルは、スタンプラリーや謎解きゲームなど、全国各地のイベントで使われており、それだけで新味は出せない。そこで「コスプレや、架空のストーリー、キャラクター、料理など、さまざまな要素を組み合わせて、一つの企画に仕立て上げた」(福島氏)。アクティ森には、遊び心がなくなったため、コモコモが消えた中庭を設けたり、願い事をするとかなう石像を置いたりと、思い付いたアイデアは次々と形にしていった。
コモコモも、ゼロから創作したわけではない。東京のデザイナー坪島康夫氏が考案した「numnum(ヌンヌン)」というキャラクターを、森町風にアレンジした。「よくあるご当地を組み合わせたゆるキャラとは異なり、癖がないという意味で、親しみやすいのではないか」と福島氏は見る。
型破りなプロモーションで、目指すは積年の「壁」を打ち破ること。「首都圏の人は足を運んでも、伊豆や御殿場のアウトレットまで。御殿場を過ぎると、直接名古屋に行ってしまう。静岡県西部にとって首都圏から客を呼び込むのは、すごく大きな壁だ」と福島氏は語る。困難にひるむことなく立ち向かうRPGの主人公のように、小さな町の大いなる挑戦が幕を開けた。