雑貨店「フライング タイガー コペンハーゲン」(以下、フライングタイガー)を運営するゼブラ ジャパン(東京・渋谷)は、自社ブランドのファンを拡大するため、店舗発のユニークなイベントに取り組んでいる。その名も「部活」。自店での年間支出額が大きい“熱狂顧客”がターゲットだ。

フライングタイガーの店舗で実施する「部活」のオフ会には同店のファンが集まる
フライングタイガーの店舗で実施する「部活」のオフ会には同店のファンが集まる

 都内にあるフライングタイガーの店舗。部活のイベントが開かれるとあって、女性を中心とした客数十人がわいわいと集まってきた。子連れも多い。今回のテーマは「Summer Party」。フライングタイガーの商品を使い、みんなでパーティーの飾り付けやパーティーフード、ゲームを楽しむ。

 部活とは、2018年からゼブラ ジャパンが顧客向けに運営している会員制サービスだ。店舗が媒介して、フライングタイガーの商品を使ったアイデアを顧客同士で共有するのが目的。自己申請で「部員」(会員)となった顧客自身がインスタグラムで商品の活用方法を投稿したり、同じ趣味を持った部員が集まって前述のようなオフ会やワークショップを開いたりする。

オフ会では、フライングタイガーの商品を使った飾り付けなどを体験。「部長」と呼ばれるリーダー的な会員が、ほかの会員に活用方法をアドバイスすることも
オフ会では、フライングタイガーの商品を使った飾り付けなどを体験。「部長」と呼ばれるリーダー的な会員が、ほかの会員に活用方法をアドバイスすることも
会員はインスタグラムにアイデアを投稿し、活用のアイデアを共有する
会員はインスタグラムにアイデアを投稿し、活用のアイデアを共有する

 狙いは、「“熱狂顧客”=ブランドの熱狂的なファン」を増やすこと。柘野英樹マーケティング部長によると、17年以降、同社ではファン獲得のため、スタッフの意識改革や顧客を対象としたブランド力調査、店舗でのイベントなどを行ってきた。その中で、部活を核とした顧客コミュニケーションにたどり着いたという。部活という一風変わった取り組みに込められた、同社の戦略を取材した。

ブームが下火になる前に改革が必要

 デンマーク発のフライングタイガーが日本に初出店したのは12年夏。アジア1号店の「アメリカ村ストア」、2号店の「表参道ストア」が開業し、連日の大行列となったのを記憶している人もいるだろう。業績は好調。出店ラッシュが続いた。

 当時の状況を柘野氏は、「商品を置けば売れる状況。メディアに注目され、手を打たなくても露出が多かった。マーケティングよりもオペレーションに必死の日々だった」と振り返る。だが、ブームはいずれ落ち着く。ビジネスを継続していくためには、ブームが下火にならないうちに、ブランドの立ち位置の把握や戦略の再構築が必要だと考えたという。そのプロセスを一手に引き受けたのが柘野氏だ。

 柘野氏は、「あらゆる事業の顧客戦略は、利便性、商品、顧客密着のいずれかを“軸”にしている」と持論を語る。利便性を軸にした事業とは、商品・サービスが廉価で、かつ多店舗展開などで手に入りやすいもの。商品を軸にした事業は、価格は高くとも品質で顧客を魅了するものをいう。顧客密着は、顧客一人ひとりに最適な商品・サービスを提供するものだ。

 このうち、フライングタイガーの軸として、柘野氏らが選択したのは顧客密着の戦略だ。「フライングタイガーは独自商品を廉価で提供しているものの、雑貨業界全体を見たとき、利便性の軸は100円ショップが圧倒的に強い。商品という軸でも、店主が海外で買い付けてくるような個人商店にはかなわない部分がある。フライングタイガーが目指すべきは顧客密着だと考えた」(柘野氏)。

スタッフがブランドを愛していないことに危機感

 顧客密着路線を選んだとき、同社が一番に取り組んだのは、意外にもスタッフの意識改革だった。きっかけは、スタッフを対象とした意識調査。フライングタイガーというブランドに対する愛着と推奨意向を調べると、いずれも最低ランクだったスタッフが全体の2割近くいたのだ。これには危機感を抱いたと柘野氏は明かす。

 「ゼブラ ジャパンでは本社をサポートセンターと呼ぶ。フライングタイガーの主役は店舗。そして、売り場の主役はスタッフだ。顧客と直に接するスタッフがいかにブランドを愛しているかは、戦略上とても重要」と柘野氏は説明する。

 そこで始めたのが、スタッフと顧客の接点強化だ。まず、旗艦店の表参道ストアで17年4月に「苺一絵」を実施。これは、店頭でクリエイターに似顔絵を描いてもらう体験を“商品”として顧客に販売するイベントだ。「単にモノを売るのではなく、楽しい体験や幸せな時間を売る」意識をスタッフに浸透させる狙いがあった。

 今やほぼ全店で定番化した「Premium Job Day」も同様の取り組み。レジ打ちなど、店員の仕事を体験できる顧客向けの親子イベントだ。苺一絵ではスタッフはクリエイターのサポートに回ったが、この企画ではより主体的に顧客と関わる。接点としての効果は高く、参加した親子が親しくなったスタッフを目当てに再来店する流れも生まれた。

 「お客さまが自分に会いに来てくださる喜びを実感したことで、お客さまの欲しいものをスタッフがより真剣に考えるようになった」(柘野氏)。本イベントを最初に開催した吉祥寺ストアでは、業績が目に見えて改善したという。

 さらに、数百人規模の顧客を招待する交流会「LIFE IS PARTY」(19年から「ファンミーティング」に改称)を定期的に開催。店舗スタッフ有志が集まって実行委員会を組織し、本社スタッフとともに開催場所や内容を企画する。「与えられた企画をこなすのではなく、創る立場になったことで、ブランドやストアのことを主体的に考えられる店舗スタッフが増えた」(柘野氏)。

 こうした活動の効果は大きく、約1年後の意識調査では、ブランドへの愛着、推奨意向ともに最低ランクのスタッフは0.4%まで減少した。

ゼブラ ジャパンの柘野英樹マーケティング部長。14年夏に、当時社長だった山本浩丈氏に請われて入社した。山本氏と柘野氏は、スターバックスに共に在籍した時代があった
ゼブラ ジャパンの柘野英樹マーケティング部長。14年夏に、当時社長だった山本浩丈氏に請われて入社した。山本氏と柘野氏は、スターバックスに共に在籍した時代があった

ファンが集う「部活」が顧客の“熱狂度”を高める

 スタッフの意識改革に成功すると、次の目標に掲げたのが「熱狂顧客の創造」だ。ゼブラ ジャパンの調査によると、ブランドへの愛着と推奨意向が共に高い顧客のフライングタイガーでの年間支出額は、両指標のスコアが低い顧客の約4.5倍に相当。しかもその8割が友人などにフライングタイガーを薦めた経験がある。つまり、ブランドにとって熱狂的なファンを増やすことは、売り上げの向上、顧客の拡大の両面で効果が高い。

顧客の熱狂度や知人へのフライングタイガーの推奨意向レベルと売り上げ貢献度(年間支出額)の関係。かっこ内は全体に占める顧客比率(ゼブラ ジャパン提供資料より)
顧客の熱狂度や知人へのフライングタイガーの推奨意向レベルと売り上げ貢献度(年間支出額)の関係。かっこ内は全体に占める顧客比率(ゼブラ ジャパン提供資料より)

 そのためのアプローチとして、18年5月に始めたのが、冒頭に紹介した部活だ。同社では、17年から「アンバサダー制度」を採用し、ブランドの熱心なファンに新商品を無償提供して、SNSで情報発信してもらう取り組みを行っていた。無報酬だが人気は高く、数百人の応募者から6人を選んだという。しかし、「残りの数百人が活躍できないのはあまりに惜しい」(柘野氏)。そこで、アンバサダー制度を吸収する形で部活に切り替えたのだという。

 部活には今、「パーティー部」と「あそ部」の2つがあり、部員数はパーティー部が780人、あそ部が483人に上る(19年8月時点)。活動の中心は、部員の中からゼブラ ジャパンが選んだ5人の「部長」たち。ゼブラ ジャパンはこの部長に対し、「サマーパーティー」「DIYパーティー」など月ごとのテーマを提示する。部長はテーマに合ったアイデアをフライングタイガーの商品を使って具現化し、インスタグラムで発信。部員たちがその案を実践したり、自身でもアイデアを発信したりして活動に加わる。冒頭に紹介したようなオフ会も開催し、部員同士や部員とスタッフの交流促進につながっている。

部活は部員同士、部員とスタッフの交流の場になっている
部活は部員同士、部員とスタッフの交流の場になっている

 部員は30代の女性が中心で、結婚して子どもがいる人が多い。「こうした属性を持つ人は、家のことに対して決定権を持ち、両親、子ども、ママ友など、影響を及ぼせる範囲が広い」(柘野氏)。部活の開始後、公式インスタグラムの月単位の新規フォロワー数平均が1700人から3100人と1.8倍になるなど、SNSでの情報発信力も上昇した。

ファンの創造性をコンテンツに

 現在は2つしかない部活だが、今後は細分化して発展、拡大させる考えだ。「パーティー部員は、パーティー商品のほかにトイやDIYグッズも購入する傾向があった。それなら、切り口を変えて新しい部を作ることで、トイやDIYが好きな人にも部活に参加してもらえるだろう。パーティー部員の兼部も見込めるのではないかと考えて、あそ部が生まれたので、今後も対象ジャンルを少しずつ“ずらす”方法で、集まりの切り口を増やしたい」(柘野氏)。

 部長に権限を移譲することも検討する。例えば、現在はスタッフが手がけている毎月のテーマ設定やフライングタイガー公式ブログの部活カテゴリーの更新などを、部長に任せることもあり得るという。また、年末に行うイベントの企画会議に部長たちにも加わってもらうなど、活躍できる機会を増やす考えもある。

 さらに、eギフトなどとの連携も視野に入れているという。フライングタイガーは現在、ネット販売をしていない。「ストアで買うことの体験価値はほかに代えがきかない」(柘野氏)と考えてきたからだ。だが、「コミュニティーの力を生かした形でなら、フライングタイガーなりのECがあり得る」。

 例えば、部長や部員が利用シーンを想定して選んだ複数アイテムをセットにし、eギフトの事業者などを通じてオンライン販売するといった方法が考えられる。「モノや情報にあふれた時代だからこそ、誰かに選んでほしい、提案してもらいたいというニーズがあるはず。“誰から”買うかが重視される時代だ。親しい人やSNSでフォローしている人に薦められれば、購入のモチベーションも上がるのではないか」(柘野氏)

 「フライングタイガーにとって、ファンの創造性は財産」と言う柘野氏。獲得した熱狂顧客は、同社のビジネスモデルまで変えるかもしれない。

(写真提供/ゼブラ ジャパン)

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