駅構内のロボットや画面に映るキャラクターに質問を投げかけて、対話しながら回答を得る。まるでSF映画のような風景が当たり前になっていくかもしれない。JR東日本グループは乗客の質問に答える案内AI(人工知能)の実験を都内と横浜の駅で始めた。インバウンド対応の強化にも役立てる考えだ。
「ラーメン食べたい」「駅ビル内に豚骨ラーメンのお店がありますよ」。「鎌倉駅に行きたい」「ルートはこちらになります」。音声やタッチパネルの操作で自分の希望や質問を投げかけると、画面のキャラクターが声で案内し、地図も表示してくれる。
JR東日本グループが、そんな案内AIの実証実験を開始した。人間の駅員に代わり、AIが駅の施設や周辺の案内をする実証実験「案内AIみんなで育てようプロジェクト(フェーズ2)」だ。2019年8月5日から11月10日まで実施する。東京、品川、新宿、池袋などJRのターミナル駅のほか、横浜駅、東京モノレールの羽田空港国際線ビル駅など8駅30カ所に、35台のAI案内システムを設置する。
AIのシステムは、デジタルサイネージ型のほか、画面とロボットを組み合わせたものなど10種類。例えば、システム開発のティファナ・ドットコム(東京・目黒)の「AIさくらさん」はデジタルサイネージ型。タッチパネル画面にアニメ風のキャラクターが現れ、案内してくれる。トランスコスモスと日本オラクルはシャープ製の小型ロボット「ロボホン」が身ぶり手ぶりで話しかけるシステムを設置する。そのほかNEC、ソフトバンク、凸版印刷、日立製作所などが参加する。
案内AIの実験は、18年末から19年3月まで実施したフェーズ1に続く2回目となる。前回は全期間を通して約30万件、1日に換算すると1台当たり150件ほどの利用があった。その利用動向を分析し、「いくつかの課題解決を図った」(JR東日本 技術イノベーション推進本部ITストラテジー部門部長の佐藤勲氏)と同時に、9~11月のラグビーのワールドカップ開催を踏まえて外国人対応を強化したのが、今回のフェーズ2だ。
ホットペッパーのグルメ情報も提供
フェーズ1で見つかった課題の1つは「認知不足」。既に駅の構内には、多数の案内板や広告サイネージがある。ポスターで「実証実験中」と掲示していても、そこに案内AIがあるとは認識されず、素通りされてしまう傾向があった。今回は駅構内の地図を示す総合案内板の近くにAI案内の機器を設置することで、知りたいことがある人がすぐに使えるようにしている。
2つめは周囲の人目が気になって「恥ずかしい」というもの。多くの案内AIは、画面やロボットの近くにあるマイクに音声で話しかけ、その回答もスピーカーを通して音声で返ってくる。「トイレはどこですか」といった、周囲の人にあまり知られたくない質問もある。そこで今回は、画面の横に設置した受話器を通してAIに質問できる機器を増やしている。
前回は、問い合わせが多いと考えられる質問項目と回答を、設置した駅ごとに駅員が用意していた。実際に受けた質問の内容を分析すると、目的地への経路や周辺の飲食店に関する質問が多かったという。そこで充実した案内ができるように、経路検索の「駅すぱあと」、地図サービスの「MapFan」、飲食店情報の「ホットペッパーグルメ」などと連携できるようにした。
多言語対応を強化するために、今回は一部を除き、日本語のほか英語、中国語、韓国語と4カ国語で案内できるようにしている。
目的の1つはデータの可視化
JR東日本グループが案内AIに取り組む背景には、労働力人口の不足がある。トイレの場所など、簡単な質問への対応をAI案内が肩代わりできるようになれば、駅員の生産性を向上できる。周辺の飲食店情報など、駅員の知識を上回るネット内の膨大な情報を提供できるようにすればサービス向上にもつながる。駅員は人間しか対応できない高度な顧客対応とすみ分け、「人間とロボットが一体となって、サービスを提供するのが未来の駅の姿」(佐藤氏)と位置付ける。
どのような形でAI案内を提供すればいいか、まだ明確な方向性は見えてきていない。だからこそ、スタートアップから大手まで多数の企業による参加を受け付け、乗降客が受け入れやすいAIの姿を模索する。乗降客が「どういうことでお困りになっているのか、データを可視化することも目的の1つ」(プロジェクトを担当するジェイアール東日本商事 AI・ロボティクス推進部担当部長の大野誠一郎氏)。受け付けた質問のログを参照し、駅員が正しい答えかをチェックするなど、地道な取り組みを継続することで、回答の精度を高めていく。
20年夏の東京五輪・パラリンピックまで1年を切った。「世界中から多くの人々が集まるイベントに対処できるよう、20年には東京とその周辺で実用化を目指す」(佐藤氏)ことを目標に掲げている。