企業がこぞってマーケティングに活用し始めたVTuber(バーチャルYouTuber)。そこに新たにチャレンジをしているのが、『宇宙兄弟』などのヒット漫画を手がけるコルクの佐渡島庸平氏だ。なぜ今、VTuberに熱を入れるのか、またマーケターはどうVTuberを活用すべきか、同氏に聞いた。
東大合格を目指す『ドラゴン桜』や宇宙飛行士をテーマにした『宇宙兄弟』など、さまざまなヒット漫画を手がけるコルクの佐渡島庸平氏。新連載の『ドラゴン桜2』では、主人公の桜木建二をVTuberとしてデビューさせるなど、動画コンテンツを活用した新たなチャレンジをスタートしている。さらに、VTuberの新たなマーケティング施策を求め、プロデューサーの一般公募も開始。なぜ今、VTuberにチャレンジするのか、そして企業がVTuberを活用する意味や、実際に行う際の注意点とは。桜木の“中の人”も務める佐渡島氏にぶつけた。
なぜ今、VTuberに取り組もうと考えたのか。
三田紀房さんの漫画『ドラゴン桜2』の企画を始めたが、前作の『ドラゴン桜』の時代とは異なり、漫画雑誌で連載するだけでは高校生や大学生になかなかリーチができないという課題があった。そこで、圧倒的に若い層が使っている、YouTubeを組み合わせようと考えた。
自分の息子を見ていても、何でもYouTubeで調べるのには驚かされる。例えば、運動会の前には走り方を検索して動画で確認するし、フラフープの回し方が分からなければコツを調べる。さらに、ゲームがうまくなりたいと思えばゲームの実況配信で学ぶ。受験勉強の分野でも、動画活用が進んでおり、今後YouTubeでもコンテンツが増えてくるはずだ。5分程度の短時間の勉強はYouTubeでサクッと行い、まとめてじっくり勉強したい時は従来通りに本を活用するなど、使い分けることが当たり前になる。
勉強の細かいメソッドだけでなく、悩みに答えたり、エールを送ったりすることも、濃いファンを作るためには必要。その点では、キャラクターをまとうVTuberは、世界観を作り込みやすく、メッセージを伝えるのに最適だ。ドラゴン桜でいえば、教師である桜木が「東大を目指す受験生を応援する人」「勉強を教える人」「高い目標に対して人を鼓舞する人」のアイコンであり、例え中の人が入れ替わったとしても普遍性を保ち続けられる。当然、時代が変わっても、情報(中身)をアップデートしていきやすい。
誰もがアバターをまとい、VR空間を闊歩するようになる
佐渡島さんはVTuber桜木の“中の人”も務めている。VR(仮想現実)の空間に桜木として入って、その可能性をどう感じたか?
まず、自分が別の人格、もしくは別の人生にすぐに乗り換えられるという斬新な感覚があった。例えるなら、ドラゴンクエストで転職するようなイメージ。「戦士」から「賢者」といったように一瞬で切り替わることができ、“誰にでもなれる”新鮮な体験だ。
もう一つ驚いたのが、身体感覚が仮想空間の影響を受けるということ。最近、収録機材をアップデートしたことにより、仮想空間での桜木の手の表現がより緻密になった。その結果、「今日、ちょっと体の調子がいいかも」と感じ、まるで自分の分身がいるかのような印象を受けた。このまま技術が進化すれば、10年後、20年後は誰もがアバターをまとって仮想空間で生きているかもしれない。
みんなが仮想空間へ?
そう。特に日本人は抵抗なくアバターを使い、仮想世界に入っていけると思う。実は皆、VTuberになったりしなくても、「別人格」を自然に使いこなしている。その例が、LINEのスタンプだ。トークのシーンや相手によって、キャラクター性のあるスタンプを巧みに使い分けるのは、まるで複数のアバターを操っているようなもの。キャラクターに自分の感情を代弁させている。今、海外に比べてVTuber人気が日本で加速しているのも、この下地があったからだ。
すでに仮想空間には多くの人が集っている。例えば、グリーのVTuberのライブ配信ステージには、多数の人々が集結。仮想空間内で自撮りをしてシェアするなど、新しい楽しみ方も生まれている。仮想空間に“住む”時代はまだまだ先だと思われているが、実は思った以上に変化のスピードは早い。もはやリアルだけを考えていては、新しいサービスを作るのは難しい。
VR時代に生まれる新たな職種も
今回、新たな取り組みとしてVTuber桜木のプロデューサーを募集している。その狙いは。
桜木を助けてほしいというのが正直なところ。VTuberは、やってみるまでこんなに難しいとは思わなかった。VTuberのプロジェクトは、バーチャルタレント支援プロジェクト「upd8」を運営するActiv8(東京・渋谷)と共同で行っているものの、YouTubeのチャンネル登録数を増やすのは簡単ではない。いいコンテンツを作ることは大前提だが、動画が視聴者に届くアルゴリズムをしっかり理解し、マーケティング戦略を考えることが極めて重要だ。
人気YouTuberは、注目配信者とコラボなどを巧みに行ってYouTube上での露出を増大。アルゴリズムを熟知し、“ハック”することでコンテンツを効果的に届けている。だが、VTuberは、それぞれのアカウントの個性が強く、作り込みが深いのも特徴。VTuber同士のコラボは簡単ではない。そこで、プロフェッショナル人材を採用し、VTuberを活用したコンテンツマーケティングの新しい手法を構築していくのが狙いだ。前述の通り、仮想空間は新たな市場として立ち上がり始めている。マーケターもSNSやVTuberなどの理解を深めることが、今後ますます重要になる。
SNSやVTuberなどのデジタル領域に強いプロフェッショナル人材は極めて少ないのが現状。加えて、今回のプロジェクトだけでは超一流を雇うには規模が小さい。そこであえて副業・兼業限定で募集をスタート。現状、VTuberのマーケティング職というものは、転職市場にもほとんど出てきていない。AI時代、VR時代の新しい職として、今後広がっていく可能性はある。
(写真/竹井俊晴、写真提供/ビズリーチ)