個人向けネット通販「LOHACO(ロハコ)」をめぐり運営事業者のアスクルと株主ヤフーの対立が激化している。アスクルは2019年7月17日、ヤフーとの業務・資本提携の解消を申し入れると発表した。8月2日の株主総会の結果によっては、サービス品質に定評があったLOHACOの方針が様変わりする可能性もある。

ヤフーによる「成長事業の乗っ取りだ」と話すアスクルの岩田彰一郎社長兼CEO(最高経営責任者)
ヤフーによる「成長事業の乗っ取りだ」と話すアスクルの岩田彰一郎社長兼CEO(最高経営責任者)
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 アスクルの17日の発表は、LOHACO事業の譲渡を目的に、岩田彰一郎社長兼CEO(最高経営責任者)の退陣を迫るヤフーの動きを受けたもの。これに対してヤフーも同日、業務・資本提携の見直し協議は不要と表明した。両社の対立が深まる中、18日にアスクルは都内で記者会見を開いた。「成長事業の乗っ取りだという危機感をもっている」。報道陣の前でマイクを持った岩田社長はそう訴えた。

 アスクルとヤフーは12年4月に業務・資本提携を締結した。現在ではヤフーがアスクルの45%の議決権を持つ筆頭株主になっている。12年10月には、提携の延長にある個人向け事業として、LOHACOを立ち上げた。

 良好と思われていた両社の関係に異変が起きたのは19年1月。ヤフーはアスクルにLOHACO譲渡の可能性を検討するように要請。アスクルは取締役会などの審議を経て、譲渡しないことを決定する。その後、6月27日にヤフーの川辺健太郎社長がアスクルを訪れ、岩田社長の退陣を迫ったという。

 ヤフーが事業譲渡を迫る背景には、LOHACOの業績低迷がある。2019年5月期におけるLOHACO事業の売り上げは前年同期比23%増の513億円となったが、営業利益は約92億円の赤字。連結の営業利益は通期業績予想を25%下回る約45億円に留まった。ヤフーは、業績の早期回復には抜本的な変革が必要で、1997年から社長を務める岩田社長から経営の若返りを図ることが最善と表明している。

 アスクルはLOHACO事業で赤字が続く理由を、2017年に発生した物流拠点の火災の影響と、18年以降に大手宅配事業者が人手不足を理由に配送料を値上げした宅配クライシスにあると説明する。特に宅配料金では「40億円の値上げ費用がかかり、影響は大きかった」(岩田氏)と話す。アスクルは物流費の高騰に対処するため、独自の物流網を整備し、他社から配送の委託を受けるなどのコスト削減を進めていた。

 足元の業績は伸び悩んでいるものの、アスクルはLOHACOの将来性に大きな期待をかけている。「単独のEコマースでこれほど成功している事例はなかなかない」(岩田氏)と語る。自社網の物流テクノロジー、多数のオリジナル製品を生み出してきたメーカーとのパートナーシップ、蓄積した購買ビックデータなどを挙げて「たくさんの成長の種を持っている。これらは支援を頂いているすべてのステークホルダーのもの」(岩田氏)と主張した。

最新技術を使った物流網、メーカーのパートナーシップ、購買ビッグデータといった三位一体の強みを持つロハコは切り離せないと主張した
最新技術を使った物流網、メーカーのパートナーシップ、購買ビッグデータといった三位一体の強みを持つロハコは切り離せないと主張した
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プラスも再任に反対

 ヤフーに続く第2の株主で、約12%の株式を保有する事務用品のプラス(東京・港)も岩田社長の再任議案に反対する方針を示している。プラス社長の今泉公二氏は、アスクルの社外取締役でもあるものの「LOHACOの100億近い赤字は大変ではないか、と心配されていた」と岩田氏は振り返る。今泉氏がヤフーにLOHACO事業の譲渡を持ち掛け、ヤフーが同意。そのためにヤフーは岩田社長の退任が必要だと判断したと見られる。

 ヤフーは8月2日のアスクル定時株主総会で、岩田氏再任に反対する。プラスと合わせれば、議決権は6割近い。この状況で多数決を取るとなれば、岩田社長の退任が決まる。新たな出資者を探し、資本提携を結んだ契約にある売り渡し請求権をアスクルがヤフーに行使する可能性もあるが、残された時間はごくわずか。まずは「このような株主支配をするとなれば、コーポレートガバナンスが損なわれる」(岩田氏)ことをヤフーに訴え、対話を求めていく。

打開策なし? 世論に訴えたアスクル
 「もう勝負あった、ということだ」

 ヤフーによるアスクル岩田社長の退陣要求などについて、外資証券会社やPwCアドバイザリーでM&A案件を多く手がけたM&Aコンサルティング会社カチタス(東京・中央)の平井宏治社長は、そう話す。

 8月2日に開催されるアスクルの株主総会で、岩田社長の取締役再任にヤフーは反対することを表明済み。第2位株主プラスも、これに賛同しているからだ。

 「2社で過半数(の株)を持っている以上、岩田社長の再任案は否決されるだろう。さらに岩田社長以外の、新たな取締役を選任する修正動議が出れば、(そこで選任されたアスクルの)新たな取締役がLOHACOの(ヤフーへの)事業譲渡に反対するとは考えにくい」(平井社長)。

 実際、7月18日にアスクルが開いた会見でも、岩田社長らアスクル側から実効性のある対抗策が示されたとは言い難い。ヤフーが再任反対などの“強硬策”を取ろうとしていることに対し、「これまではイコールパートナーの精神でやってきた」「これでは少数株主の権利が守られない」などと「世論に訴える」しか手がないことが明らかになった。
アスクルの連結業績。同社の成長戦略にLOHACOは欠かせない存在
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 また、ヤフーに対して株式の売り渡し請求権を行使するという策についても、その実現可能性は乏しいと言わざるを得ない。既にヤフーはアスクルと協議をしないことを表明している。万一、ヤフーが協議に応じて、アスクルが株を買い戻し、LOHACOがアスクルの単独事業になったとしたらどうか。外資系証券会社のアナリストは、「それで万事解決とはならない」と指摘する。

 LOHACOは決済と集客とをヤフーが担うことで成立しているビジネスモデルでもある。アスクルに限らず、ヤフーのグループ入りした企業には、役員だけでなくデジタルマーケティングのプロチームが派遣され、ともにEC事業の拡大に取り組んでいる例が多い。仮にLOHACOがアスクルの単独事業になれば、決済と集客などの機能をアスクルが自らつくるか、他のパートナーを探して代替するかの対応が必要になる。いずれも簡単な話ではない。

 アスクルは、19年5月期に92億円の赤字だったLOHACO事業の収益が、今期は30億円ほど改善すると予想している。それでも赤字であることは変わらない。一連の騒動で混乱が続けば、赤字額が予想よりも悪化する懸念も、市場にはある。法廷闘争など泥沼の結末を避けられるか。両社の知恵と決断が求められる。