他社に先駆けてeスポーツチームのスポンサーに名乗りを上げたサッポロビール。協賛する「レバンガ☆SAPPORO」は大会で年間優勝も遂げた。「従来のマーケティング施策だけでは若い世代にもう届かない」と言い切る担当者が語る、eスポーツに協賛した狙いとその効果とは?
2018年3月、新設のeスポーツチーム「レバンガ☆SAPPORO」のオフィシャルパートナーにサッポロビールが就任した。大手企業がeスポーツチームに協賛する――「eスポーツ元年」を象徴する出来事の1つとして話題を呼んだ。
レバンガ☆SAPPOROは、Bリーグに所属するプロバスケットボールチーム「レバンガ北海道」が立ち上げたeスポーツチーム。Cygamesの対戦型オンライントレーディングカードゲーム『シャドウバース』で戦うシャドウバース部門、格闘ゲーム部門、サッカーゲーム部門からなる。中でも設立の中心となったシャドウバース部門は、同ゲームのプロリーグ「RAGE Shadowverse Pro League」で18年の年間王者に輝く強豪に育っている。
サッポロビールは、Bリーグのレバンガ北海道、Jリーグの北海道コンサドーレ札幌、プロ野球の北海道日本ハムファイターズといったプロスポーツチームから、箱根駅伝などのアマチュア競技まで、スポーツ分野で幅広くスポンサー活動を行ってきた。とはいえ、eスポーツへの協賛を意外に感じた人は少なくないはず。その背景にはどんな動きや思いがあったのか? 担当するサッポロビール マーケティング開発部コミュニケーションデザイングループの福吉 敬氏に聞いた。
若年層へ向け、いかにビールをアピールするか?
福吉氏によれば、サッポロビールがeスポーツチームへの協賛を決めたのは、若年層への新たなブランド認知の方法として有効と判断したから。その背景には、「従来のようなマス(大衆)に訴える手法だけでは、ブランドや商品を若年層へ認知させることは難しい」という危機感があった。
近年は「酒離れ」という言葉もあるように、酒類販売数量は1996年をピークに下落傾向にある。ただ、実際は人口自体が減っているため、人口対比で言えばさほどの落ち込みではない。課題は若年層。飲酒習慣のある人の割合を年齢別に見ると、男女ともに、20~29歳の若年齢層だけがほかの年齢層の半分に満たないのだ(国税庁「酒レポート 平成30年3月」)。
そのうえ、酒類の選択肢が増えたことで、「酒の中でビールが選択されづらくなっている」(福吉氏)。この理由の1つとして福吉氏が挙げるのが「若い世代がビールに出合う“体験”がないこと」。例えば、上司の誘いで居酒屋へ行っても「とりあえずビール」と頼んだ文化はもはや存在しない。
しかも、かつては盤石のアピール力を誇ったテレビCMも、今の若い世代には届かない。スマートフォンが普及して、テレビを見る代わりに動画配信サイトで自分の好きなコンテンツや配信者のライブ動画を見たり、SNSでのコミュニケーションやゲームを楽しんだりという人が増えたからだ。
最もアピールしたい若年層に対し、刺さる広告が打ちづらい。こうしたジレンマを抱えた同社が、新たな広告手法を開拓する中で選んだ施策の1つが、日本でも20代を中心に急激な盛り上がりを見せるeスポーツのプロチームへ協賛だった。
先を見据えたら、行動するのは今
福吉氏によると、サッポロビールのレバンガ☆SAPPORO協賛のきっかけは、レバンガ北海道から同社北海道本部に届いた協力要請だった。ただ、レバンガから話を持ち掛けられた北海道本部も、そこから連絡を受けた東京本社の宣伝室スポーツ担当部署も、eスポーツどころかゲームについてもよく知らず、困惑。たまたま同じ宣伝室でデジタルを担当していた福吉氏が相談を受け、すぐさま案件を引き取った。
もともとゲームが好きだった福吉氏は、数年前からeスポーツシーンに着目していたという。「海外では既にeスポーツが事業として成立している。日本にもいずれこの流れが来ると思っていた」(福吉氏)。そこに、レバンガがeスポーツチームを設立するという話が持ち上がったのである。
「レバンガがターゲットとしているゲームが『シャドウバース』だったことも好材料だった。格闘ゲームのように反射神経が必要なゲームではないので、幅広い年齢層の人ができるのがいい」(福吉氏)。
eスポーツ参戦の話を進める福吉氏に対し、社内で最初にぶつけられたのは、eスポーツの市場規模に対する疑念だった。十分なマーケティング効果を発揮するほどの規模にまだまだ達していないのではないか、というものだ。
このとき、福吉氏は2万人の観衆で満杯となったニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンの写真を見せたという。17年に開催された、PCオンラインゲーム『League of Legends』(ライアットゲームズ)の大会風景だ。
「海外ではこんなにも盛況なのか!?」。そう驚く周囲に対し、いずれ日本でも日本武道館や幕張メッセの全ホールをeスポーツの観衆が満たす時代が来るかもしれないと主張。さらにはオリンピックについても触れた。「どのゲームが、どのように採用されるかは分からないが、オリンピックにeスポーツが採用される可能性はある。そのときにeスポーツにどれだけ関わりを持っているか。先を見据えて行動を起こすなら、今しかないと説明した」(福吉氏)
投資コストが安いことも大きい。スポーツへの協賛経験が豊富なサッポロビールにしてみれば、比較対象となるのは、プロ野球やJリーグ。eスポーツへの協賛もそれら競技と同じ「スポーツ事業投資」という費目になるが、金額ははるかに低かった。こうした点がサッポロビールの背中を押したのである。
目先の利益を追わないことが効果を生む
eスポーツにスポンサードする際に大切なこととして、「近視眼的なROI(投資利益率)を追い求めないこと」を福吉氏は挙げる。
レバンガ☆SAPPOROに対しても、露出周りで確約しているのは、eスポーツの配信時に最も目立つユニホームの肩の部分にブランドロゴを入れることだけ。それを除くと、「飲み会の写真をSNSにアップするなら、できればサッポロビールの製品を出してほしいとお願いしている。後は、一気飲みなど事故につながるような飲み方をプライベートでもしない、公序良俗に反しないように注意するという程度」と話す。アルコールを扱う企業故のデリケートな部分はしっかり伝えているが、選手が行う情報発信に関していずれも契約を交わしたり、明文化したりはしていないそうだ。
分かりやすい“見返り”よりも重視しているのは、ファンを巻き込んだコミュニティーの盛り上がりだ。趣味や興味でつながったコミュニティーを構成する若い人たちには、押し付けのアピールや通り一遍のアプローチでは伝えたい情報が到達しない。関心はあくまでもその趣味や興味に費やされているからだ。「情報を届けるには、そのコミュニティーの“文脈”に合った方法を取ること。それさえ間違わなければ、きちんと効果が出る」と福吉氏は語る。
最近では、ストリーミングで試合を観戦しているファンが、「黒ラベルを飲みながらレバンガ☆SAPPOROを応援しています」「レバンガが優勝したから、サッポロ黒ラベルを開けちゃう」といったツイートをするようになってきた。「お客さまが自発的に、しかも好意を持って、140文字に“レバンガ”“サッポロ”“クラシック”“黒ラベル”といった単語を入れてくれるのはとても貴重な現象」と福吉氏は笑顔を見せる。
レバンガ☆SAPPOROの選手たちの自主的な行動も、こうした現象を後押しする。「ブランドや商品名を出すことを強制していなくても、普段から自然とサッポロビールの商品を飲んでいることをつぶやいてくれる。選手たちのそうした行いが地味に効いている」(福吉氏)
選手やファンが自発的に自社のブランド名をつぶやく。これこそがコミュニティーの文脈にブランドがマッチしたことの現れであり、それを可視化できたことは確かな実績になっている。
狭いジャンルで戦う醍醐味
テレビCMのように、対象を絞らずに広く発信できる方法で流した情報は、多くの人が目にするかもしれないが、個々人の“自分事”にはなりにくい。一方、eスポーツのスポンサーのように、コミュニティーを狙い撃ちするマーケティングは、届く範囲こそ狭くても、実感や親近感を持って受け入れられる場合がある。福吉氏はこれを「刺さったときの深さ」という言葉で表現する。そのうえで、「狭くても深く訴求する手だてを複数、並列で用意することが今の時代は効果的」と語った。
複数、並列の例として挙げられるのが、eスポーツへの協賛と並行して展開している「サッポロ クラシック」とテレビアニメ『ゴールデンカムイ』のタイアップだ。実はこれも「原作のファン」である福吉氏による仕掛け。
テレビアニメ『ゴールデンカムイ』には、俗に「赤星」と呼ばれる「サッポロラガービール」が登場する。アニメ制作時も、当該シーンのためにサッポロビールがラベルデザインの資料提供をするなどでつながりを持っている。
北海道が起点のサッポロビールが、北海道を舞台としたコンテンツと組むことには、「大きな意味がある」と福吉氏は語る。改めて自分たちの企業の軸足がどこにあるのかという企業姿勢を、人気アニメを通じて若年層に伝えることにもなるからだ。
「アニメにしてもeスポーツにしても、マイナーなイメージがある自分の大好きなものにいずれかのブランドが協賛しているのを見ると、“支えてくれている”という意識を抱く。それは私がアニメやゲームのいちファンとして実感していること。商品を選ぶとき、ほかに決め手がないならば、自分の好きなものをバックアップしてくれているブランドをファンは選ぶだろう」(福吉氏)
打った施策が深く刺さり、顧客の反応としてSNS上に情報が拡散、それがさらなる波及効果を生む。これこそがeスポーツやアニメといった狭いジャンルで戦うことの醍醐味だ。
(写真/渡辺慎一郎、写真提供/サッポロビール、レバンガ☆SAPPORO、CyberZ)