JR西日本グループの西日本ジェイアールバス(大阪・此花区)が2019年6月21日、北陸と四国を直接結ぶ夜行バスの運行を始めた。大都市ではない中小都市同士を結ぶ路線は珍しく、果たして需要はあるのかとSNSでも話題を呼んでいる。しかしそこには、バス会社ならではのしたたかな勝算があった。
西日本ジェイアールバス(大阪・此花区)がジェイアール四国バス(高松市)と共同で運行を始めたのは「北陸ドリーム四国号」。北陸発は富山駅を午後8時ごろに出発し、午後9時20分に金沢駅、午後10時50分に福井駅に停車して客を拾う。その後、深夜帯に京都・大阪・神戸を通過。明石海峡大橋を渡って四国に入り、翌朝の午前5時過ぎに徳島駅に着く。その後いったん北上して、午前6時半ごろに高松市の高松中央インターに停車。再び南下して、終点の高知駅には午前8時半ごろに到着する。四国発もほぼ同様のダイヤで、高知駅を午後8時に出発して富山駅に翌朝の午前8時半ごろに到着。所要時間は約12時間、運賃は5000~1万7000円だ(区間や出発日によって変動)。
4月に路線の開設がリリースされると、SNSでは「常識外れ」「乗る人いるの?」と驚きの声が上がった。夜行バスは東京と大阪など大都市間の路線が中心。地方都市や観光地へ向かう路線もあるが、ほとんどはあくまでも大都市を起点としたものだ。大都市を素通りして人口が50万人に満たない都市同士を結ぶ路線はあまり例がないうえ、北陸と四国に経済的・文化的なつながりがあるわけでもない。路線開設の舞台裏について西日本ジェイアールバスに取材すると、意外にも緻密な計算があることが分かった。
西日本ジェイアールバス営業部サービス販売促進課の髙倉伸司氏によると、「バスの強みは小さな需要でも採算が取れること」。今回使うバスは3列シート28人乗りで、座席数は小型航空機の半分程度、新幹線なら1両の半分にも満たない。つまり、路線開設のハードルは他の交通機関よりも低く、ダイレクトに路線を引ける点が他の交通機関にはない利点だという。
北陸と四国を直結する空路はなく、考えられる移動手段は鉄道ぐらい。しかし北陸からだと、まず在来線特急で京都や大阪へ向かい、新幹線へ乗り換え。岡山で再び四国方面への在来線に乗り換える必要がある。距離は600キロメートルと東京-大阪間と大差ないが、所要時間は6時間程度。2度の乗り換えも考えると、移動のハードルは極めて高い。「確かに北陸と四国に大きな旅客流動があるわけではないが、ライバルもいない」(髙倉氏)。路線開設で需要の掘り起こしが見込めると判断した。
他の交通機関だけでなく、他のバス会社の追随が難しい点もポイントだ。長距離バス路線ではバス停や到着後の乗務員の仮眠施設を確保するため、出発地と到着地のバス会社が連携するのが一般的。北陸ドリーム四国号では、関西から北陸を地盤とする西日本ジェイアールバスと、四国を地盤とするジェイアール四国バスが共同で運行する。両社とも前身は旧国鉄バスで、分割民営化後も密接な関係を維持。JRバスとして全国規模のネットワークがあることで、スムーズな路線開設が可能となった。
さらに西日本ジェイアールバスは北陸だけでなく関西にも拠点を有しており、途中の京都で乗務員を交代。京都以東を西日本ジェイアールバスが、以西をジェイアール四国バスの運転士が受け持つという。夜行バスでは2人の運転士が乗務し、数時間おきに交代してハンドルを握るのが一般的。中間地点で乗り継ぐ場合も必要な乗務員数は大きくは変わらないが、「車内で仮眠をするのではなく、宿泊施設で休養を取れる点で有利」(髙倉氏)という。
金沢・富山と仙台を結ぶ路線の成功ノウハウを応用
実は西日本ジェイアールバスには成功した先行事例がある。JR東日本グループのジェイアールバス東北(仙台市)と組んで17年7月に金沢・富山-仙台間で運行を始めた「百万石ドリーム政宗号」だ。当初はレジャー利用が見込める週末を中心に運行していたが、好調で18年2月からは毎日運行するようになったのだ。
仙台市は人口が100万人を超える大都市ではあるものの、北陸と東北に大きな結びつきがあったわけではない。ただし鉄道で移動すると北陸新幹線と東北新幹線を大宮(さいたま市)で乗り継ぐしかなく遠回りだ。そこでバスが受け皿となった。
西日本ジェイアールバスの車庫は金沢市にあるにもかかわらず、北陸ドリーム四国号のバスは富山まで回送され出発。わざわざ富山を起点とし、金沢、福井と停車するのは理由がある。3市の人口を合わせると100万人を超えるのだ。四国側も同様で、徳島・高松・高知の3市の人口を合わせると約100万人になる。立ち寄る都市を増やすことで、小さな需要をこまめに集めようとしているのだ。
幹線は競争激化で値上げが難しい
そこまで手間をかけるくらいなら、需要が見込める大都市間の路線に力を入れるほうがいいのでは、という見方もあるだろう。しかしそういった路線はライバルも数多い。最大の幹線である東京-大阪間には新規参入が相次ぎ、閑散期には定員30人程度の3列シート車で片道4000円程度、定員60人程度の4列シート車では片道2000円を切る激安バスまで登場している。会社によって異なるものの、運行コストは片道10~15万円とみられ、採算割れギリギリといったところだ。大手のJRバスはそこまで値を下げていないものの、競争上、運賃を大きく上げにくいのも事実。
これに対して北陸ドリーム四国号はライバルが皆無の状態。新幹線と在来線の乗り継ぎでは富山-高知間で片道1万8000円程度かかるため、片道1万円を切る運賃なら競争力がありそう。空席を出さないようにすれば、収益面も十分期待できる。
路線開設間もない現在は、需要喚起のために全区間片道3000円均一という破格のキャンペーン運賃を用意している(9月30日まで)。ただし割引料金で提供する座席数は一部。割引運賃の枠が埋まり、通常料金での予約も多く入っている便も多いといい、早くも隠れた需要が発掘されてきたようだ。
今後は、インバウンド需要の取り込みもカギになる。金沢と高山(岐阜県)を結ぶ路線など、鉄道での移動が不便な区間では訪日客の高速バス利用が急増している。日本人のような移動に対する先入観がないだけに、金沢の兼六園を見たら、次は高松へ讃岐うどんを食べに行くといった旅行も十分考えられるだろう。北陸ドリーム四国号が成功すれば、高速バスの可能性は無限に広がる。
(写真提供/西日本ジェイアールバス)