NPS(ネット・プロモーター・スコア)予測モデルのビッグデータで顧客行動を分析。ロイヤルティー向上や新規ビジネスの創出、人材配置の最適化などに活用し、成果を上げたロシア最大手の携帯電話会社モバイル・テレシステムズ(MTS)の取り組みに迫る。
MTSのモバイル契約は1億人超で、他には固定回線事業(インターネットおよび有料TV)、OTT(Over The Top)/クラウド関連サービス、IoT事業、金融業、電話関連グッズの小売りなどを展開している。そのため収集できるデータソースも幅広い。具体的には、地理位置情報、インターネット上での行動履歴、店舗での購入履歴、SMSの利用状況、家族関係を含むソーシャル・グラフなどだ。
同社でビッグデータ・コマーシャルプロダクツを統括するアレクセイ・マーモントフ氏は、日本テラデータが5月22日に開催した年次コンファレンス「Teradata Universe Tokyo 2019」に登壇。「ビッグデータ部門を設立した後、データレイクに保存するデータ量は急増した。それは、顧客に関する管理指標、測定基準を増やしたからだ。現在は3000の測定基準を設けているが、2020年には5000にする予定だ」と説明した。
こうしたデータを活用し、顧客ロイヤルティー向上を目的に開発したのが「NPS予測モデル」である。NPSとは購買者が企業の製品・サービスを、「友人や知人に薦めたいか」という観点から顧客ロイヤルティーを数値化したもの。企業やブランドに対する愛着や信頼の度合いを知る指標の1つとして、利用されている。
ただしNPSはアンケートを伴う調査が必要であり、1億人のユーザーすべてにアンケートを実施することは手間とコストがかかる。そこでMTSでは過去に実施したユーザー230万人のNPS結果と収集したユーザーデータを組み合せ、予測モデルを作成した。
その方法はこうだ。
まず、NPSで「批判者」とされたユーザーが、NPSアンケート実施前にどのようなサービスを受けていたかをデータから洗い出す。具体的にはネットワーク障害や音声通話の品質低下、カスタマーサービスに寄せられた相談内容などだ。
そして、NPSのスコアと、受けていたサービスに関する詳細なデータを掛け合わせ、「どのようなサービスを受けると批判者になるのか」という予測モデルを作成する。その予測モデルをすべてのユーザーに適用すれば、NPSアンケートを実施しなくても「推奨者」「批判者」のどちらになるかが把握できるわけだ。実際、予測モデルの精度は推奨者が80%で批判者が76%。マーモントフ氏は「悪くない数字」だとしている。
次に、この予測モデルを、モスクワ近郊のユーザー1000万人に適用した。その結果、批判者は340万人、推奨者は510万人、どちらでもない中立者が150万人だった。
MTSではこの結果を基に、NPS向上施策を実施。批判者340万人の行動データから、その原因と推定される内容を抽出し、15の課題に分類した。具体的には「インターネットが遅い」「コールセンターの対応が悪い」「店舗でのサービスが悪い」などである。こうした課題を重点的に改善したところ、NPSの批判者比率は“大幅”に低下したという。
マーモントフ氏は「元々モスクワ市民はシビアで、サービスに対する評価は辛らつである。だから、モスクワ市民に高評価を得られるサービスであれば、その他の地域でも成功する確率が高い」と説明する。
ビッグデータ分析で迷惑電話をブロック
データ分析による新規ビジネスの創造では、「世界待望のサービス」(マーモントフ氏)を開発中だ。その1つが「迷惑電話ブロッカー」である。これは、迷惑電話と通常の電話を区別するモデルで、迷惑電話を着信拒否できるサービスである。モスクワでは毎週700近くの迷惑電話番号が出現している。そのため、迷惑電話番号リストを作成し、その番号を着信拒否にする「ブラックリスト方式」では追いつかないのが現状だ。
マーモントフ氏は「近年は迷惑セールスが急増している。特に、不動産投資の勧誘、金融サービス紹介、イベントプロモーション、アンケートと称した情報収集などが多い。MTSの契約者は1人当たり毎月3件の迷惑電話を受けており、人によっては1日に数件の迷惑電話を受ける」と現状を説明する。
「迷惑電話ブロッカー」は、2019年2月からモスクワとクラスノダール区域で試験運用している。まだ3カ月しか経っていないが、ユーザーからの評価は上々で、「将来的には有償サービスとして販売することも考えている」(マーモントフ氏)とのことだ。
15分ごとの来客数予測モデルを作成
さらにMTSは社内で収集したデータも、人材配置の最適化などに活用している。その1つが「社員の離職防止対策」だ。取り組みの背景には、IT人材の確保の難しさがある。特にデータサイエンティスト、AIスペシャリストはロシアでも人材の奪い合いとなっており、「辞める兆候を事前にキャッチすることが重要」(マーモントフ氏)だという。
離職防止対策は、社内ITシステムで記録された従業員の詳細な蓄積データを活用し、2~3カ月以内に任意退職しそうなスタッフを予測したうえで、面談などをして離職を防止する取り組みだ。基本的にすべての従業員を対象にしているが、活用する蓄積データや分析予測モデルは部門によって異なるという。
例えば、データサイエンティストの場合、参照する蓄積データは、人事部門で把握している人事情報や勤怠情報のほか、「どのアプリを使っているか」「どの開発言語を利用しているか」「どんなデータマートを見ているのか」といったデータまでを分析の対象にして予測モデルを構築した。マーモントフ氏によると予測モデルの精度は70~75%だという。
もう1つが店舗の従業員管理である。MTSの従業員は3万人で、ロシア全土に5700の小売店舗を持つ。1日当たりの平均来店者数は、総勢150万人に上る。
店舗での課題は、従業員スケジュール管理だ。データ活用以前は、各店舗が別々に従業員の勤務スケジュールを策定していた。そのため、出勤している従業員数と来店者数とのミスマッチが頻発し、サービスの劣化や余剰人員の発生といった問題が発生していたのである。
こうした課題を解決するため、来店者数や取引、順番待ち人数とその時間といったデータを分析。15分間隔の来店者数(トラフィック)予測モデル作成し、店舗営業中の1時間ごとの最適従業員数を割り出した。そのうえで、各従業員の勤務スケジュールを自動生成するソリーションを開発した。このソリューションを全店舗で実装したところ、人件費の10%削減を達成したほか、スマートフォン契約の売上増加、優秀社員の定着につながったとのことだ。