成田国際空港が、増え続ける訪日観光客の満足度向上と、その動向のリサーチのために、英語、中国語(繁体字)、中国語(簡体字)の3言語に対応した訪日観光客向けチャットボットを活用し、成果を上げている。2018年下期の利用時間は、同年上期に比べ300%増と急伸した。
成田国際空港は2013年から、成田空港で使えるスマートフォン向けアプリ「コンシェルジュアプリ」を運用し、アプリ経由で訪日観光客の質問に答えていた。ところが、空港を利用する訪日観光客が急増した結果、そのニーズが多様化し、「質問を想定し、答えるための情報を担当者があらかじめ人力で用意するという運用体制は、限界に達していた」(成田国際空港 経営企画部門IT推進部 情報企画グループの村上智彦主席)。
そこで考えたのが、「訪日観光客からの質問に対して、空港側が用意した内容にとどまらず、AI(人工知能)を使ってある程度答えられ、かつ次の質問を自然に促すようなチャットボットを活用すること」(成田国際空港 経営企画部門IT推進部 情報企画グループの阿部英崇マネージャー)だった。
そうして2017年11月に導入を決めたのが、ITベンチャーのビースポーク(東京・渋谷)が提供する、観光分野に特化したチャットボット「Bebot(ビーボット)」である。コンシェルジュアプリの運用を停止し、英語、繁体字、簡体字の3言語に対応したビーボットに切り替えた。
約2000万人とのチャットデータを分析
ビースポークは、同社のシステムを導入した国内の外資系ホテルや自治体などを舞台に約2000万人の訪日外国人とチャットしたデータに基づき、AIの役目を果たす自然言語処理エンジンを自社開発してビーボットに搭載。「どんなフレーズで答えれば、訪日観光客が満足するか、次の質問を促せるかを、データに基づいてAIが学習していく」(ビースポーク執行役員兼日本地区統括本部長の長野資正氏)という仕組みを構築した。
併せて、米Google(グーグル)や米Yelp(イェルプ)のシステムとAPI(アプリケーション・プログラム・インターフェース)で接続し、訪日観光客からの質問に対し、ビーボットがグーグルやイェルプの情報を利用して回答できるようにした。
Yelpは世界最大のローカルビジネスの口コミサイトで、レストランや病院、町のクリーニング店や税理士事務所など、地域で商売を展開しているさまざまな店についての情報が掲載されている。
例えば、訪日観光客がビーボットを使って、成田国際空港周辺や、日光、浅草などこれから訪問しようとしている場所について、宿泊施設やレストラン、病院などの情報を求めたとしよう。ビーボットは、導入企業である成田国際空港が提供する各種情報に加え、GoogleからはGoogle Mapの情報を、Yelpからは宿泊施設やレストランなどの口コミ情報を、それぞれAPI経由で引き出して、チャット上で回答できるわけだ。
訪日観光客がレストランなどの予約を希望する場合は、ネット予約システムに対応しているレストランならそのシステムを紹介し、そうでない場合は、ビースポークのオペレーターが電話で予約を試み、可否を伝えるという仕組みである。また、訪日観光客が希望する店を予約できなかった場合、代わりの店をAIで自動的にリコメンドすることもできる。例えば、ホテルで活用されているビーボットの場合、あらかじめプログラムしておけば、当該ホテル内の店を代わりの候補として推薦し、客単価の向上を図ることもできる。
また、質問の内容によっては、あるいは訪日観光客が激怒しているなど興奮状態にあってAIで対応しきれないと判断したときなどには、待機していたオペレーターに対応が切り替わり、訪日観光客の要望に人力で応えるという仕組みも組み込まれている。
チャットボットの利用時間が4倍増に
成田国際空港はさらに、訪日観光客が空港内のフリーWi-Fiスポットにパソコンやスマートフォンで接続すると、半自動的にWebサイト上にチャットボットが立ち上がるように設定。フリーWi-Fiを利用する訪日観光客が、パソコンユーザーでもスマホユーザーでも、ビーボットを実質的に最初に活用するようにした。
この結果、成田国際空港でのビーボットの利用者数は、サービス開始2カ月間で147万人を超え、チャットの平均利用時間も約31秒に達した。さらに、18年下期の成田国際空港でのビーボットの利用時間は、同年上期に比べ300%増と急伸。「多様なニーズを持つ訪日観光客の満足度向上につながった」(成田国際空港 経営企画部門IT推進部 情報企画グループの村上智彦主席)という。
見えないニーズの拾い上げにも活用
成田国際空港では、訪日観光客からの質問に答えるのにとどまらず、「訪日観光客の目に見えないニーズを拾い上げるツール」(村上氏)としてもビーボットを活用し始めている。例えば、空港によく寄せられるクレームの1つに、「Wi-Fiがつながりにくい」というものがある。
しかし、この言葉だけでは「つながるまでに時間がかかるのか、つながってからの速度が遅いのか」「遅いからこの空港はもう利用したくないなのか、接続しやすくしてほしいのか」など、実際の要望の中身が見えにくい。そこでビーボットを使って訪日観光客に、「成田国際空港のWi-Fiは遅いと思いますか」「どこが遅いですか」などと質問を重ねることで、要望の内容を浮き彫りにし、改善すべきポイントを絞り込むことができたという。
今後は、「ビーボットを、ユーザーとのコミュニケーションをさらに密にするために役立てられないか検討していきたい」(村上氏)という。手始めに検討しているのが、ビーボットに寄せられる大量の画像の内容や傾向の解析だという。なぜ多くの訪日観光客が特定のスポットでの自撮り画像をチャットに添付して送ってくるのか。なぜ特定の商品の画像を好んで送ってくるのかといった傾向からその背景となる事情を推測し、チャットの中身に反映して訪日観光客の満足度向上につなげることを狙っている。
(写真提供/ビースポーク)