ワコールは2019年5月30日に、東京・原宿の商業施設「東急プラザ表参道原宿」に新型店舗をオープンする。5秒で全身のサイズを計測できる3Dボディースキャナーと、接客AI(人工知能)を本格導入した店舗だ。同店を皮切りに、順次導入店舗を拡大予定。3年以内に100万人分のデータ取得を目指す。

ワコールは5秒で全身のサイズを計測できる3Dボディースキャナーと、接客AI(人工知能)を導入した期間限定店を2019年4月にオープンした
ワコールは5秒で全身のサイズを計測できる3Dボディースキャナーと、接客AI(人工知能)を導入した期間限定店を2019年4月にオープンした
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 ワコールが新型店舗に導入する新システム「3D smart & try」は、全身の採寸をわずか5秒で行う独自開発の3Dボディースキャナーと、採寸データと個人の嗜好などから最適な商品を提案する接客AIシステムの2つから成る。ワコールは、2022年3月までに約100台の導入を計画しており、年内にも数店舗で導入を予定している。

5秒で150万カ所を測定し体形分析

 ボディースキャナーは、下着のサイズ提案に必要な身体の座標(空間上のXYZ座標)を取得するため、四隅にセンサーが取り付けられた専用のマシンを使い、体の約 150 万カ所を計測するシステム。わずか5 秒間で、バストやウエストなどの周径、体積(バストのボリューム)を計測するほか、胴の形状など、体形の特徴も判定する。計測したデータは、店内のタブレット端末ですぐに確認できる。過去のデータとの比較も可能だ。

東京・表参道の期間限定ポップアップショップに設置された3D ボディースキャナー
東京・表参道の期間限定ポップアップショップに設置された3D ボディースキャナー
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体の 3D スキャンデータ例(左)と、現状と過去のデータの比較例(右)
体の 3D スキャンデータ例(左)と、現状と過去のデータの比較例(右)

 新型店のオープンに先駆けて、ワコールは4月19日から5月12日まで、3D smart & tryを試せる期間限定店を東京・表参道ヒルズ1階のイベントスペースにオープンした。試着室にボディースキャナーが設置されており、来店客がセルフサービスで計測する。試着室に用意された計測用のブラジャーを身に着け、下着姿で足元に描かれた指示位置に立つ。左右にあるレバーを手で上げ下げするだけで計測は完了する。事前にビデオガイダンスによる説明があるので、初めての利用客でも迷うことはないだろう。

 計測を終えたら計測データを呼び出すために生年月日と、4桁の暗証番号を登録する。その後、モニターに表示される一文字の認証用アルファベットを覚えたら着替えて店内に戻る。

計測データの例
計測データの例

データに基づき「Watson」が商品提案

 登録後、店内のタブレット端末に試着室内で登録した情報を入力すると、測定データを呼び出し、自分の体形に関する特徴などの説明を見られる。さらに、そのデータに基づいてAIが提案する商品の中から、好みの下着を選んで購入できる。接客AIシステムには、米アイ・ビー・エムのAI「Watson」を活用。Watsonを搭載したタブレット端末を通じて商品を提案する。

 Watsonにはどのような場合に、どういう言葉を用いて、何を確認し、どういう商品を選ぶのかといった、販売員が実際に商品を提案する際の接客フローを学習させた。このデータに基づき、例えばブラジャーであれば約600件の中から、計測した体形データと、顧客の悩みや嗜好を組み合わせ最適な商品を提案する。さらにWatsonと好みのデザインや、シルエットの希望をタブレット端末でチャット形式で伝えることで好みの商品を絞り込める。

Watsonが体形に合わせて商品をお薦めする
Watsonが体形に合わせて商品をお薦めする

 計測から、データの確認まで一貫したセルフサービス化は、ワコールがこだわった点だ。「顧客目線に立ち返ったとき、下着の購買プロセスにおいてお客様がストレスを感じているポイントを解消したい」(ワコール)と考えたのがその理由。

 閉ざされた狭い空間で、店員に体を見られることに抵抗を感じる女性は一定数いる。一方で、自分に合ったサイズの下着を着けていないと体への負担が大きい。「正しいサイズを知りたいが、店員の接客は受けたくない」という顧客でも、正しく体を計測できる仕組みとして開発した。

 正しいサイズを把握できれば、ECでも購入しやすくなる。店員にデータを見られたくなければ、自身で計測データを印刷して持ち帰り、購入時の参考にすることも可能だ。「3D smart & try」の導入は計測という店舗での体験とデータを軸に、ECとの連携を図る「オムニチャネル戦略」の一環でもある。

 もちろん、希望があれば販売員から直接、計測データに基づく説明を受けることもできる。体形の特徴に関する説明の中には、「ボディー・オーバル(胴体・胸部の厚み)」「トップテーパー(上半身正面の形状)」など体の形状を表す専門用語も多い。詳細に知りたい場合は、専門家である販売員に聞くことでより自分の体形への理解が進むだろう。

 筆者も実際に体験してみた。その結果、すべての項目において、最も体形に特徴があるとされる数値が表示された。例えば、胴体・胸部の厚みを5段階で評価したボディー・オーバルは最も厚いという結果の5と判断された。バスト底面の幅を3段階で表す「バストのバージス」は同じサイズで比較した場合、最も幅広いという結果の3といった具合だ。

 このデータに基づき、提案された商品は約600商品のうち、約80商品が該当した。筆者のように体形に特徴がある人は、下着選びに悩みを抱えていることが多いという。販売員からは、「ワイヤが当たって痛く感じるのは、胴体の形状によるもの」と説明を受けた。確かに以前から痛みを感じるという悩みを抱えていた。販売員による接客を受けた場合、その特徴に適した商品の説明を受けられるため、AIが絞り込んだラインアップの中から、より自分の体形に合った商品を選べる。

 3D smart & tryの開発にあたり、ワコールは現在特許を出願中の2つの技術を開発した。1つは、バストの容積に基づくブラジャーサイズの選定方法だ。周径だけでなくバストのボリュームを計測することで、適切なブラジャーのサイズを導き出す技術。実際、筆者がこれまで購入していたブラジャーは、サイズが1つ違っていたことが判明した。もう1つはブラジャー選びのためのデジタルツールだ。数多くある商品の中から、ボディースキャナーで計測したサイズや体形といったデータに加え、顧客が抱える悩みや好みのデザイン、シルエットなどを組み合わせ、最適なブラジャーの提案を行う仕組みだ。

提案された商品の中から、希望に応じてさらに絞り込める
提案された商品の中から、希望に応じてさらに絞り込める
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 技術の開発で苦労した点は、「経験則で行っていた接客プロセスを言語化してAIに組み込むことと、選定フローに合わせて適切な商品を推奨できるようにデータを再整備すること」(ワコール)。課題の解決に向け、接客プロセスの言語化は、開発チームが何度も売り場に足を運び実際の接客を受けるなど、接客という定性的なデータを整理して学習データに落とし込んだ。

 商品データの整備では、前述した商品提案のフロー(どのような場合に、どういう言葉を用いて、何を確認し、どういう商品を選ぶのか)に合わせ、商品選びのポイントを洗い出した。その項目に合わせて商品企画部門が中心となり、通常の商品情報に加え詳細な項目を分類定義するなど、地道に整理を行っていったという。

3年以内に100万人分のデータ取得狙う

 もっとも、それらの技術を基に商品を提案したとしても、下着を身に着けた顧客が「自分に合っている」と感じなければ購入にはつながらない。そこで、1964 年の設立以来、毎年4 歳から69 歳まで1000人近くの女性の体形計測を行い、延べ4 万人以上のデータを収集してきたワコール人間科学研究所と仮説検証を実施。「どういった根拠を持って『この商品が最適だ』と提案するかは、感覚値だけでなく研究データをベースに確認し、確証のあるものを搭載していった」(ワコール)。

 ワコールは順次ボディースキャナーの導入を拡大し、3年以内に100万人分のデータ取得を目指す。取得したデータは、商品開発にも生かしていくという。例えば、「従来はM、Lサイズを多く作っていたが、データを集めた結果、実はSサイズの顧客が多くいた」など、顧客の実態とモノづくりにギャップがないかをデータから導き出していく。グローバル展開も視野に入れ、まずは国内店舗への導入を進めていく。