第2世代に進化したスマートロックが、シェアオフィスやマンションに新風を吹かせている。オープンAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を使ってきめ細やかな扉の開閉制御などが実現可能になったおかげで、従来提供が難しかった魅力的なメニューを開発できる環境が整い始めた。
「15分250円」はなぜ実現したか
「よし、今日も15分間一休み。気分をリセットしたら、午後の仕事も頑張るぞ」。10連休のゴールデンウイーク(GW)明けの、東京・大手町にあるシェアオフィス「LIFORK大手町」「LIFORK Lab」。そこには、短時間の利用を目的とした会員が少なからず訪れる。事前予約で時間貸しするのが一般的な他のシェアオフィスには見られない、珍しい光景だ。
2018年からシェアオフィス事業「LIFORK」を展開するNTT都市開発は19年4月、大手町の2拠点でスマートロックをPhotosynth(フォトシンス)製に一新した。スマートロック一括運用サービス「Akerun入退室管理システム」を導入し、会員一人ひとりが入退室した時間を記録して集計できる体制を整えた。その結果実現したのが、4月22日に開始した15分当たり250円(税別)でコワーキングスペースを借りられる戦略的新メニュー「SHARE会員」だ。利用者は、会員カードを兼ねた専用のICカードを使って入退室でき、利用した時間分の料金を毎月クレジットカードで支払えばよい。
「青天井方式ではなく、どれだけ使っても月額2万円(税別)。上限付きの従量課金制コワーキングスペースは業界初ではないか」。LIFORK事業を統括する商業事業本部商業事業部LIFORK担当の担当課長である金子昌徳氏はこう話す。昨今、大都市を中心にシェアオフィスやコワーキングスペースを開設する企業が相次ぎ、中でも大手町など都心部は激戦区になりつつある。新メニューは明確な特徴を打ち出して差異化を図る狙いがあるが、本質的な狙いは「働き方改革」の後押しにある。
日比谷通り沿いの一等地の1階にあるLIFORK大手町は、まるで高級ホテルのコーヒーラウンジのようなぜいたくな内装で、上質なソファなどが並んだゆったりくつろげる空間だ。別料金で借りられる6~10人が入れるレンタルスペースも用意しており、同じ部屋でも1脚ずつデザインの違う椅子をそろえるなど、細部にまでこだわりがある。
それぞれの場所にあったAPI連携の姿を模索する
「忙しい大手町のビジネスパーソンにとっての働き方改革は、短い時間でリフレッシュするか刺激を受けて、会社では難しい生産性の向上などに結びつけること。だとすれば、会社にあるような無機質なスペースをわざわざ借りる意味は少ない。そう考えた」(金子担当課長)。ちょっと空いた15分に立ち寄って、落ち着いた空間の中で面倒なメールの返事を打ったり、込み入った資料の骨子を作ったりして、スッキリした気持ちで会社に戻る――。そんな使い方をしてもらえば、最終的に大手町かいわいの多くの企業の働き方改革に貢献できるはずだとみている。
そのために欠かせないのが、スマートロックを活用した分単位で記録可能な入退室管理の仕組みだった。入退室を自動化し、わざわざ事前ネット予約したり、入り口でコンシェルジュに利用申請したりする負担をなくす必要があると考えたためだ。6~7社のスマートロックを検討し、オープンAPIによって自前の会員管理システムと連携可能なAkerun入退室管理システムに白羽の矢を立てた。
Webサイトでの入会からICカードの発行、料金の自動集計と請求までを一元管理する環境も近く整える予定だ。NTT都市開発は秋葉原や南青山にもシェアオフィスの拠点を設けており、こちらでもAkerun入退室管理システムを導入済み。世田谷区・上北沢や神奈川県・川崎にも新拠点をオープンさせる予定で、それぞれの場所に合ったAPI連携の姿を模索し、新たなメニューを開発していきたい意向だ。
スマートロック提供元のPhotosynthによると、用意しているAPIは現在約30種類。導入企業からの要望に応じて日々改良・追加しているという。18年11月にはFinTech関連事業を手掛けるメタップスの決済子会社メタップスペイメントと協業し、メタップスペイメントの会員管理や請求管理を自動化するサービス「会費ペイ」とのAPI連携を実現した。これにより、会員管理システムを自社で持たない企業でも、利用時間に応じて料金を集計し決済を受け付けられる環境を提供可能になった。
都内江東区でシェアオフィス「room EXPLACE」を展開する東京地下鉄(東京メトロ)は、既に会費ペイを併用している1社だ。room EXPLACEは、キッズスペースを併設しているのが特徴で、常駐する託児スタッフに子供を預けてその様子をそばで感じながら母親や父親が仕事に専念できるサードプレイスを標榜する。
東西線門前仲町駅と東陽町駅のそれぞれ徒歩2分の場所で、19年3月にオープン。育児休暇から復職する直前の“ママ”や“主夫”、夫が単身赴任中のフリーランスで働く妻などから支持を集めている。
フィットネスジムやマンションデベロッパーも熱視線
スマートロックはシェアオフィスの入り口に取り付けている。入居しているビルの営業時間外は解錠できないようにしている。提供するメニューは、月額2万円(税別)の定額利用コースと、30分400円(税別)の時間利用コース。キッズルームを利用する場合、別途30分600円(税別)かかる。Akerun入退室管理システムと会費ペイの連携によって、時間利用コースの請求業務にかかる手間をほぼ全自動化できている。
「母親や父親は安心して仕事に集中でき、同時に子供も英語やクラフトを学べる。子供を仕事に付き合わせるのではなく、自分も子供も充実した時間を過ごしハッピーになれる」(事業を担当する東京メトロ経営企画本部企業価値創造部新規事業推進担当の片山龍介氏)。東西線沿線でシェアオフィスを構えたのは、同社の路線の中でも通勤ラッシュが深刻だからだ。room EXPLACE事業によって、駅周辺で一仕事して時間差通勤する流れに結びつけたいという思いもある。
中部地方を中心に24時間の会員制フィットネスジム「FORBES 24h fitness」を展開するFORBESも、同様に会費ペイを採用する。毎月の決済の結果と鍵の権限付与がシステム上連動しており、未払いの利用者が持つICカードではジムの入退室をできなくするなど機動的な運用を実現している。
第2世代のスマートロックは、今後マンションへの導入も進みそうだ。16年7月と早い段階からスマートロックを独自開発しているライナフは、鍵の最大手メーカー美和ロックと賃貸住宅に特化したスマートロック「NinjaLockM」を共同開発した。従来のスマートロックは扉への後付け型だったが、扉の鍵を丸ごと交換してもらう内蔵型とした。
19年4月から発売し、不動産デベロッパーの三井不動産レジデンシャルリースと三菱地所ハウスネットが都内物件へ導入することを決定している。20年夏までに累計1万台分のスマートロック付き住居が誕生する見通しだという。
「ドライバー1本で約15分で扉に取り付けられ、ダブルロック方式にも対応する。『工事中』『空室中』『入居中』と3つの運用モードを切り替えて、部屋の状況に応じて鍵の権限を付与・停止も簡単にできる」。代表取締役の滝沢潔氏は新製品の特徴をこう説明する。
例えばマンション建設中なら、工事中モードにして業者ごとに期間限定の鍵を配っておく。竣工したら空室中モードに切り替え、業者向けの鍵を一括停止する。空室中モードの間だけ使える、不動産仲介会社専用の鍵を発行しておき、入居者がいない間だけ有効にして内覧させることも可能だ。同社が提供する内覧予約サービス「スマート内覧」とシステム連携させれば、内覧を希望する申込者にワンタイムの鍵を発行して送信し、担当者が立ち会わずに内覧してもらうようにもできる。
美和ロック商品企画部長の木下琢生氏は、第2世代のスマートロックによって鍵の存在を意識しなくなる時代がやってくると見る。「オープンAPIで様々なクラウドサービスと連携可能になれば、鍵の解錠・施錠が引き金となって家電が動くなど、生活の全自動化が進む。鍵ではなく、鍵で実施できることが主役になる」。
ビットキーやブロックチェーンロックのように、オープンAPI化したスマートロックでプラットフォーム化を目指す動きが昨今活発になっている。商機到来とみて、賃貸住宅の住人をターゲットに据えたシェアリングビジネスも次々と勃興しそうだ(関連記事「スマートロック革命は第2幕へ、ゲームチェンジャー現る」)。
「スマートロック付きの方がシェアリングビジネスの恩恵を受けられ、快適な住空間が得られるとなれば、駅から少し遠い物件でも人気が出るかもしれない。賃料を上げやすくなり、結果として不動産価値に対する概念も変わっていく。標準でスマートロックが付いた住宅が増える好循環が生まれ、住人が自腹を切って買って取り付ける必要が減っていくはず」。ライナフの滝沢代表取締役は、スマートロックの本当の普及期はこれからやってくると見通す。
MaaS革命もスマートロック普及を後押ししそうだ。従来交通が不便だった場所でも、シェアサイクルや相乗りタクシーなど“ラストワンマイル”を埋める新たなマイクロモビリティーが普及すれば、不動産価値と「駅近」かどうかの連動性は薄れる。そうなれば消費者の行動も大胆に変容していく。スマートロックは、扉の鍵の姿がただ変わる以上の巨大なインパクトを秘めていると言えそうだ。