「スマートロックが登場して約4年たつ。価格破壊を起こして普及を図りたい」――。2018年8月に営業開始したスタートアップ企業ビットキー(東京・中央)が、スマートロック市場の“ゲームチェンジャー”として存在感を高めている。スマートロックとは、玄関扉などに取り付けて、スマートフォンなどを鍵代わりにして解除・施錠できる製品だ。
約1カ月で5700台のスマートロックを販売
ビットキーは、19年3月13日にクラウドファンディング「Makuake」でスマートロック「bitlock LITE」を発表し、支援者の募集を開始。わずか8時間で目標の100万円を達成し、支援額は4月18日には1000万円、募集最終日の4月26日には約1880万円となった。「最終的に、支援のリターン品として申し込みを受け付けたトータル台数は5700台近くになった」。代表取締役COO(最高執行責任者)の福澤匡規氏は胸を張る。
人気を呼んだ最大の理由は、安さだ。通常スマートロックは高いものだと6万円前後するが、ビットキーは販売形式としてサブスクリプションモデルを採用することで導入時の心理的ハードルを下げた。月額料金は360円(税別、以下同)で、初期費用は0円。2年間使っても8640円、5年間でも2万1600円。独自開発した製品は“安かろう悪かろう”ではなく、設計面でも6万円前後の上級機に見劣りせず、厳密な耐久試験を実施し品質面でも既存製品と同等かそれ以上だという。
加えて、契約期間中は壊れたら新品に無償交換するサポート態勢も用意し、安心感を演出したことも消費者の心をつかんだようだ。既に製造に向けた準備を進めており、6月にも支援者に向けて製品の発送を始める。
同社によると、スマートロック市場は主要メーカーの製品で累計4万台規模だという。サブスクリプションモデルで殴り込みをかけ、約1カ月で新規に5700台の上乗せができたと意気込む。現在複数のマンションデベロッパーが大規模導入を検討しており、「19年上期で3万~4万台分を受注できる見通し」(福澤COO)だとしている。
同社が目指すゴールについて代表取締役CEO(最高経営責任者)の江尻祐樹氏は、「現在の“鍵”を、デジタル社会で求められる姿に再定義すること」と話す。
低廉な製品をばらまいた先に描くのが、さまざまな企業がスマートロックを使って今までにない便利な消費者向けサービスを提供できる鍵のプラットフォーム化だ。オープンAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)によって鍵の開け閉めを細かく制御できるようにし、数万台規模のスマートロックを活用した新しいシェアリングビジネスの創出を誘発することを目指す。
スマートロックがオープンAPI化されることにより、例えば「玄関の鍵は家族全員が24時間365日解錠施錠できるが、家事代行をお願いしたAさんには毎週月曜日の12~15時のみ解錠施錠可能」といったことが簡単に実現可能になる。各部屋に取り付ければ部屋ごとに入室を許す相手の制限もできる。bitlock LITEは、発行した鍵をデジタル形式で利用者のスマートフォンに格納する仕組みで、近距離無線通信のBluetoothによってスマートロックとスマートフォンが通信して正当な鍵を持っているかを認証する。
対応する鍵が入ったスマートフォンを持っていれば自動的に鍵が開く「手ぶらで解錠モード」も用意しており、複数の扉をまたいで入室するシーンでも手間がかからないような工夫がある。1回もしくは設定した回数に限り有効など制約を設けた「ワンタイムチケット」と呼ぶ鍵の発行も可能なため、修繕など一時的に発生する需要にも対応しやすい。
鍵の管理に悩む家事代行会社も引き付ける
価格破壊によるスマートロックのプラットフォーム化を一気に進めたいビットロックのコンセプトは、少なからず消費者向けサービスを提供する企業を引き付けているようだ。Makuakeでの支援開始に先立ち、3月6日には家事代行サービスのCaSy(カジー、東京・品川)がビットロックと提携した。家事代行を依頼された時間のみ使える鍵を発行する実証実験を近く両社が共同で行う計画だ。
約6万人の顧客と約5000人の家事代行スタッフを抱えるCaSyは、契約者の不在時に掃除や料理などを提供するオプションメニューを提供している。入室に必要な鍵を顧客から事前に預かり、これを当日担当するスタッフに郵送しており、運用の煩雑さに悩んでいた。現在、常に6000近い数の鍵を常時預かっているといい、この手間がなくなればCaSyとスタッフ間の鍵のやり取りがなくせる。いつでも開けられてしまう物理的な鍵を預けることに不安を覚えて契約をちゅうちょしていた顧客候補を取り込みやすくなると期待を寄せる。
CaSyのように、同社のコンセプトを応援すると名乗りを上げた外部の企業は19社に及ぶ。日本郵便や、セイノーホールディングス傘下で高齢者向けに自宅への商品配達を支援するココネット(東京・中央)といった運送会社を始め、宅配クリーニング「リネット」を提供するホワイトプラス(東京・品川)、農作物を農家が消費者に直送する「食べチョク」を手掛けるビビッドガーデン(東京・渋谷)などが、bitlock LITEを使ったシェアリングビジネスの創出に前向きである。今後各社と具体的な提携を進めていきたい考えだ。
「夜疲れて仕事から帰ると、毎日部屋の床はピカピカで、玄関の靴もきれいに磨かれている。タンスを開けると、パリッとしたクリーニング済みのワイシャツがいつもハンガーラックに並び、リビングには新しい花が生けられている。冷蔵庫を開ければ新鮮な野菜やビールが常に補充されている」――。家事代行会社やクリーニング会社、配送業者などが不在時に常に“整えて”くれ、あたかもホテル暮らしのようなストレスのない生活が個人宅でも夢でなくなるとする。
「ただ鍵を替えるだけで、家事に費やしていた時間をもっとクリエーティブに使えるようになる。スマートキーには心の豊かさを実現する力があると信じている」(福澤COO)。
とはいえ、鍵がオープンAPI化して便利さを享受できるのと引き換えに、ネット経由による不正アクセスにより、悪意のある第三者の侵入を許してしまうようなリスクはないのか。この点について江尻CEOは、「一部でブロックチェーンも活用した3層構成の独自システムをbitlock LITEのために開発し、スマートロック利用者もシェアリングビジネス事業者も安全に鍵を運用できる環境を整えた」と話す。
鍵そのものや鍵の保有者が実施可能な権限の範囲などを正当性を担保した形で高速処理でき、処理結果を改ざん不可能な形で記録しておき、万が一不正が発見された際にすぐさま原因を特定できる仕組みだという。
実は、江尻氏や福澤氏ら創業メンバーはERP(統合基幹業務システム)専業で知られるワークスアプリケーションズ出身。こうした大規模システムのノウハウがbitlock LITE開発に生きた。
ほかにも新興企業が登場
ビットキーのように、スマートロックのプラットフォーム化を目指すスタートアップ企業はほかにも登場している。その1社がブロックチェーンロック(東京・千代田)だ。CEOの岡本健氏は、楽天ブロックチェーンラボ代表などを務めたことで知られる。
19年4月8日、ブロックチェーンロックは「KEYVOX」を発表。「住宅やオフィス、ホテルといったさまざまな空間を使ったシェアビジネスを、安全にしかもスピーディーに立ち上げられるようにする製品だ」(岡本氏)。IoT(インターネット・オブ・シングス)とブロックチェーンを組み合わせ、プログラム可能なオブジェクトとして鍵を運用できる技術を開発した点に独創性があると話す。分かりやすく言えば、鍵ごとに決済などを実施するためのアクセス権を個別に割り当て、統合的に管理するのだ。
同社はビットキーと違ってスマートロック自体は単品売りする。ローエンド版(1万5000円)とハイエンド版(5万4800円)の2タイプがあり、それぞれ6月に出荷する予定。運用するために契約することになるサブスクリプション型サービスを別途提供する。入退出の記録など単純なアクセス権の管理ができる月額500円の「KEYVOX Lite」や、オンラインで鍵を有効・無効化したり鍵の権利を予約し支払いまでできる「KEYVOX Pro」(月額1500円~)、高度なカスタマイズも可能な「KEYVOX Enterprise」をラインアップする。
現状、都内のホテル「REYAD九段下」(19年6月導入予定)、大阪のホテル「Yoloホテル大阪」(19年10月導入予定)など宿泊施設からの引き合いが中心だが、今後は、シェアリングビジネス事業者にも積極的に売り込みをかける。
特に、株主である野村総合研究所やITベンダーのTISとの共同事業を通じて、プラットフォーム化を推進したい考えだ。既に野村総合研究所とは、次世代コインロッカーの開発を進めている。時間指定で使える鍵を発行し、ロッカーを予約できるようなサービスになるという。早ければ年内にも事業化したい考えだ。
昭和の牛乳配達が令和に復活?
ビットキーとブロックチェーンロックで認識が共通しているのは、時限的にせよ第三者を自宅の部屋に招き入れることへの警戒感がシェアリングビジネスの広がりともに薄れていくはずだと楽観的な見方をしている点だ。
確かにCaSyのように、鍵を預ける不安と得られる利便性をてんびんにかけて、利便性を取る消費者は増えつつある。「ホテルや旅館に宿泊した際、セーフティーボックスに貴重品を預けた状態で外出し、その間にスタッフが清掃してくれることにほとんどの人が抵抗を感じていないはず。不在時サービスが浸透すれば、自宅の貴重品の管理の仕方もそれを前提としたものに変わるのではないか」(福澤COO)。
昭和の時代、毎朝近くの牛乳店が玄関脇のボックスに新鮮な牛乳を配達してくれ、飲み終わったビールビンの入ったケースを勝手口に置いておくと酒店が回収してくれるのはごく普通の街の光景だった。令和の時代は、テクノロジーの力を借りてこうした便利さがもう一歩消費者に近いところで復活するのかもしれない。
記事掲載当初、P2の応援企業の説明に誤りがありました。本文は修正済です。 [2019/05/13 8:00]