高級チョコレートブランドのゴディバ ジャパン(東京・港)がデジタルを活用した経営改革に乗り出す。同社は2019年5月13日に、CDO(最高デジタル責任者)を設置。データ基盤を整え、データドリブンな経営へとかじを切る。ジェローム・シュシャン社長がCDO設置の狙いを語った。
ゴディバ ジャパンのCDOに着任する宮野淳子氏は、日本ロレアル、アマゾンジャパン、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどで一貫して、マーケティング業務に携わってきた。そんな宮野氏をCDOに迎えたのは、デジタルトランスフォーメーション本格化の狼煙の意味がある。「トップマネジメントチームにポジションがあることで、会社としてもデジタルの重要性を認識しているという強いメッセージを発する」ことが狙いだとシュシャン氏は言う。
ゴディバジャパンのCDOの管轄領域は多岐にわたる。データを活用したCRM(顧客関係管理)、EC、ブランドコミュニケーションといったマーケティング業務はもちろん、IT部門もCDO傘下となる。「デジタルトランスフォーメーションとは、生産から販売まで、サプライチェーン全体をITを活用して最適化することだ」(シュシャン氏)。デジタル部門とIT部門が分断されていてはデジタルトランスフォーメーションの実行は不可能と判断した。
CDOを設置するのはゴディバグループの中で初。ベルギー発のグローバル企業であるにもかかわらず、日本が世界をリードできるのは、他国に比べてブランドが強く根付いているからだ。「他国に比べて、日本は売り上げの伸び率がとても大きい。7年間で売り上げは3倍(2017年の売上高は398億円)に伸びた」(シュシャン氏)。グローバル戦略にとらわれず、「独立的な考え」(シュシャン氏)で、マーケティング戦略を進めた。テレビCMを放送したのも日本が初めてだ。
「新しいことをアピールし続けないと、売り上げが伸びにくい」(シュシャン氏)熾烈な日本の競争環境が、今のゴディバブランドを育てた。しかし、一方で課題にも直面している。ゴディバのチョコレートはギフト需要が極めて高い。要は、バレンタイン商戦では大きく売り上げが伸びるが、それ以外は落ち着くなど売り上げにやや偏りがあるわけだ。また、プレゼントのために購入する顧客が多く、自分のために商品を購入する人はまだ少ない。バレンタインデー以外のギフト需要を開拓し、同時に自分のための商品を購入する層を拡大する。それによる「1年中売れるブランド作り」(シュシャン氏)が、次なる成長路線を描くうえで欠かせない。
CDOを設置することで、デジタルを活用した経営改革に乗り出すゴディバ。その戦略のすべてをシュシャン氏が語った。
ゴディバは今、どんなマーケティング課題を抱えているのでしょうか。
当社はギフトが重要なビジネスになっています。現状、売り上げの7割超をギフトが占めている。記憶に残る幸せを届けること、それが当社のミッションです。ただ、現状はギフト需要の大半をバレンタインデーの売り上げが占めています。例えば、誕生日、就職祝いなど、もっとさまざまな記念日にギフトとして贈られる市場を作っていく必要があります。ギフトの新たなきっかけを作る。これは重要な戦略の1つ。
そのため、これまではプロダクトアウトで商品開発をしてきましたが、顧客の声を聞きながら、ニーズに根ざした商品を開発するマーケットイン型にも取り組んでいく必要がある。それには顧客のデータが重要になります。
もう1つは、ギフトではなく自分のためにゴディバの商品を購入する割合を増やしたい。当社はアイスクリーム、クッキーといったチョコレート以外の菓子も多数取り扱っています。チョコレートしか知らない顧客とコミュニケーションをして、それを伝えて新しい消費を生み出していかなければならない。そのためのマーケティング施策は個人向けになります。CRM(顧客関係管理)をはじめ、デジタル活用が深く関わってきます。
これら2つを伸ばしていくことで、1年中、売れるようなブランドにすることが求められています。
ゴディバが抱えるマーケティング課題
そうしたマーケティング課題を抱えるなか、CDOを設置した理由を教えてください。
顧客の趣味嗜好の多様化、インバウンド需要など、多様な需要が増えています。顧客のことを研究しなければ、対応できない時代です。
カスタマージャーニーを知るうえで、データアナリティクスの力がとても大切になります。当社としてはアナリティクスを含めたデジタルに力を入れる必要があると考えています。ゴディバは国内に約300店舗を持ち、「GODIVA Club」という会員制度には60万人が登録している。顧客のデータが徐々に蓄積できているため、これを分析してマーケティングに生かそうと考えています。
デジタルの重要性を経営者として表現するうえでもCDO設置は重要です。マーケティング傘下などではなく、トップマネジメントチームにポジションがあることが重要。それが会社としてもデジタルの重要性を打ち出す強いメッセージになる。そこで社長直下にCDOを設置することを決めました。
ゴディバにおけるCDOの役割を教えてください。
CDOが管轄するのはCRM、EC、トラディショナルメディアを活用したコミュニケーション、PR、それからITも含まれます。デジタルメディアと既存メディアの担当部門を分ける企業も少なくありませんが、当社はそれをCDO傘下で1つにしました。
消費者に対してどうマーケティングを仕掛けるかを考えるとき、メディアごとに担当を分けると(ネット広告ならクリック率などの)KPI(重要業績評価指標)を最大化することにこだわり、売り上げというゴールを追い求めなくなってしまうからです。ですから、すべてのマーケティングコミュニケーションを統合させました。
CDOとCTO(最高技術責任者)をそれぞれ設置している企業も多い。ですが、当社のCDOはテクノロジー、ITの責任者でもある。アナリティクスを含めてデジタルがあって、顧客を分析した結果、その打ち手としてITとの連携が必要になると考えたからです。他国ではCTOを設置しているケースはありますが、ブランドコミュニケーションは担当が別。両者を1人で統括するのはゴディバでは世界初の取り組みになります。
日本法人が世界初のCDOを設置できた理由
なぜ日本では先進的な取り組みができるのでしょうか。
テレビCMを放送するのも日本が初めてでした。グローバルデザイナーとコラボレーションしたパッケージデザインや、西武池袋本店などに入店する「ATELIER de GODIVA(アトリエ ドゥ ゴディバ)」という新業態も世界初の試みです。ジャパンファーストのイノベーションを多数手掛けてきました。
日本は他国と比べて売り上げの伸び率がとても大きい。日本のチョコレートマーケットは年2%の成長率ですが、ゴディバの売上高は7年間で3倍も伸びました。日本市場は新しいことをアピールし続けなければ伸びにくいので、挑戦し続けなければなりません。そうした独立的な考えを持っていることが先進的な取り組みにつながっています。
デジタルトランスフォーメーションを標榜する企業が増えています。ゴディバはいかがでしょうか。
CDOの傘下にITが入っているのは将来的にデジタルトランスフォーメーションを実現するためです。デジタルトランスフォーメーションは、サプライチェーン全体をITで最適化することが求められます。生産にも技術を取り入れる。店舗と工場をITをハブとしてつなぐことで、需要予測から販売までを一貫してできる可能性があります。これにより生産性を高め、コストを削減する。浮いたコストをマーケティングに生かすといった、シームレスな企業活動ができるデータ基盤やインフラを構築しなければなりません。
デジタルトランスフォーメーションはバズワードになってきていますが、大切なのはコンシューマーインサイト。顧客理解も含めて、ビジネスをトータルで分かったうえで取り組まなければ失敗してしまう恐れがあります。
日本でデジタルトランスフォーメーションの成功事例を作り、日本を見習って他国でもCDOの設置を検討するといった手本のような存在になりたいと考えています。
(写真/山田愼二)