電通がプロダクトデザイン事業を強化している。意匠権の登録を拡大し、ライセンスを企業に販売する事業を開始した。自社の広告クリエーターにプロダクトデザインを教える講座を立ち上げた他、社内横断でデザインチームを組織し、知財ビジネスやコンサルティングを展開していく。
カラフルでモダンなデザインのお札立て「ofudana」。神棚のない現代の住宅やライフスタイルを想定したもので、素材に段ボールを使用している。お札とともに神社などに納めて一緒に燃やすことができる。
段ボール箱製造のタチバナ産業(埼玉県春日部市)が2018年8月に発売したもので、累計で約500個を販売。自社の技術を生かした新規事業としてオリジナル商品を開発した。「ネット通販の他、神社や企業が一括購入するケースもあり、今後の販売増を期待できる」と同社の野原将彦社長は語る。同社は、企業からの受注生産が中心のため、消費者向け商品の開発に消極的だった。それがofudanaで一定の成果を上げ、自信を得たことから今後も拡大してく計画だ。段ボールを使った非常用トイレとベッドをデザインも含めて自社で開発済みで、19年5月中に発売する。
実は、ofudanaのデザインは電通が開発したもので、同社が保有する意匠権をタチバナ産業へライセンス供与している。意匠権の対価としてロイヤルティーをタチバナ産業から受け取る仕組みだ。
高い技術力があっても、自前でデザインできる中小企業は少ない。そうした企業が、電通から意匠権のライセンス供与を受けることで、デザイン開発に必要なコストや期間を低減しつつ、オリジナル商品を開発できるメリットがある。今後社内クリエーターのスキルを生かして、意匠権などの知的財産を積極的に登録し、知財ライセンス事業を拡大していく。
電通は、プロダクトデザイン強化の一環として社内のクリエーター向けにプロダクトデザインのスキルを教える「Product Design School」を17年に立ち上げた。同スクールでは、図面の書き方や試作、意匠権などの出願手順、原価計算の考え方などを教える。受講者は、課題に合わせてデザインを考案し、意匠権や特許権を出願する。これまでに、17年と18年にスクールを開催し、合計44人が受講。17年は「段ボールでつくる道具」、18年は「生活を変えるプロダクト」を課題に設定した。そこで生まれたデザインの中から10件の意匠権と2件の特許権を登録済み。他に出願中のものが、意匠権で3件、特許権で7件ある。こうして蓄積した知財がライセンス事業の資産となる。
ofudanaは、同スクールの17年の作品で登録した意匠権を使い、商品化したもの。電通本社1階のエントランスに17年の作品を展示した。それを知ったタチバナ産業の野原社長が、商品化を打診したという経緯がある。
「我々は、段ボールを包装資材とする発想の枠から抜けられなかった。それが生活用品の素材としてデザインされていて印象に残った。見てすぐに量産が可能で、我々の技術力を生かせると思った」と野原社長は話す。
プロダクトデザインを広告受注につなげる
こうした電通のプロダクトデザイン事業をリードしているのが、同社CDCのビジネスデザイナー、堀田峰布子氏だ。堀田氏は、大手電機メーカーのプロダクトデザイナーを経て、通信事業会社でプロダクトデザインとUXデザインを統括。その後、海外メーカーでプロダクトブランディングとマーケティング、PRのマネジャーを経て、16年電通に入社した。グッドデザイン賞の他、海外のデザイン賞であるiF Product Design AwardやRed Dot Design Awardなども受賞しており、電通にはめずらしいプロダクトデザイン分野でのキャリアを積んできた。Product Design Schoolでは、堀田氏が講師を担当し、これまでの経験で得たノウハウを伝授している。「広告クリエーターは、プロダクトデザインの知識を習得することで雑貨などの分野で強みを発揮できそう」と堀田氏は語る。
18年12月には、堀田氏が中心となり、社内横断組織「DENTSU DESIGN FIRM(電通デザインファーム)」を立ち上げた。さらに、素材見本を展示するライブラリー運営や企業向けに素材のコンサルティングを手掛けるエムクロッシング(東京・港)と2018年12月に提携。素材を活用し、プロダクトやサービスを通して体験価値を生み出す事業を開始した。
「知財ライセンス事業は、電通としては社内にいるクリエーターのスキルやセンスを活用できて、事業立ち上げにともなうリスクもほとんどない。商品開発の上流であるプロダクトデザインから企業と関わることで、広告受注につなげられるメリットもある」と堀田氏は説明する。DENTSU DESIGN FIRMとして、既に複数の企業からプロダクトデザインを受注済している。広告クリエータ―の感性から生まれるプロダクトデザインへの期待は少なくないようだ。