映画館、劇場、個室…あらゆる場所にバーチャルYouTuber(VTuber)が現れ、同時にライブを始める。そんな世界が、現実になる。モーションキャプチャーと配信技術を組み合わせ、全国どこでもライブ会場に変えるシステムを、創業間もないスタートアップが開発。次世代のインフラとしてベールを脱いだ。
「ではでは、皆の前に登場しようと思いまーす!準備はいいですかー!」。沸き上がる拍手と大歓声に後押しされ、1人の“アイドル”がステージに姿を現した。
その刹那、あちこちから「かわいいぞー!」と声が飛んだ。ただのアイドルではない。アニメのヒロインをほうふつさせる愛らしいルックスと透明な歌声。“世界初のバーチャルシンガー”こと、YuNi(ユニ)である。
18年6月、きら星のごとくYouTuberとしてデビューし、同年10月には自身のプライベートレーベルを発足。YouTubeのチャンネル登録者数は27万人を超え、総視聴回数約4500万回超という、新時代の“アイドルシンガー”だ。
400人の会場を4000人にするインフラ
新曲「花は幻」を引っ提げた今回のライブ会場は、コンサートホールやライブハウスではなく、なんと映画館。東京・池袋の池袋HUMAXシネマズを舞台に、ファンは着席し、ペンライトを振りながら、YuNiの歌声とパフォーマンスに酔いしれた。2019年3月16日。VTuberの歴史を変える公演が、こうして幕を開けた。
VTuberのライブといえば、舞台裏に“中の人”がいて、キャラクターに声や動きを与えていると思われるかもしれない。しかし、この日のライブに特設スタジオはなかった。東京・秋葉原近くのスタジオから、高速の専用回線を使って、音や映像をリアルタイムで届けたのだ。
映像を流すスクリーンと、音を出す装置、そしてインターネット回線。この“三種の神器”さえあれば、全国どこでもライブ会場にできる。そんなシステムを形にし、実用化してみせたのが「リアルとバーチャル」の融合を掲げるxRテックベンチャーのバルス(Balus、東京・千代田)。2018年創業という、まだ若い会社ながら、この新たなエンタメスペースを「SPWN(スポーン)」と命名し、全国、ひいては世界展開をも狙っている。
「400人の会場でも、それを10カ所つなげれば、4000人になる。ちょっとしたアリーナでライブするのと変わらない」。そう力説するのは、林範和CEO(最高経営責任者)だ。
画期的なのは、キャラクターを生きているかのように動かす高精度のモーションキャプチャー技術も持ち、1つのスタジオでライブコンテンツの制作から配信までをワンストップで手掛けられることにある。18年8月には、NTTドコモのパートナープログラムに参画し、5G(第5世代移動通信システム)を使い、リアルタイムでライブ映像を配信することにも成功した。
スポーンとは、英語で生み出す、発生するという意味。VR(仮想現実)にも、映画館にも、ネット上にも、どこにでも発生できる場所をつくる。そんな壮大なプロジェクトが、東京・池袋を皮切りに始まった。全国の大都市を中心に拠点網を広げ、今夏には2カ所同時公演に踏み切る予定だ。
すべてが“主会場”になる衝撃
ライブの全国中継と言えば、パブリックビューイング(PV)と同じと思われるかもしれない。しかし、PVとスポーンでは決定的な違いがある。
PVの場合、出演者を生で見られるのは、あくまでもメイン会場の来場者だけ。別会場では、スクリーン越しに雰囲気を感じ取ることしかできないが、バーチャルの世界を投映するスポーンなら、全国すべてが主会場となり、全会場で“本人”と会える。
スタジオには客席を映し出すモニターがあり、来場者の反応がリアルタイムで演者に伝わる。「アリーナライブで右、左と掛け合うやり取りを、東京、大阪という規模でやれる」(林氏)。物理的な距離の壁を越えた、究極のライブ感を演出できるのだ。
しかも、同時に接続できる会場は、映画館だけではない。映画館とライブハウスなど、異なるタイプの会場で同時公演することも技術的に可能。映画館ならば音を5.1chにするなど、会場に合わせて、スタジオ側でコンテンツを制御すればいいのだという。
会場からスマートフォンでアクセスできるウェブアプリも開発し、PAW(パウ)という独自通貨を購入すれば、花束などのバーチャルギフトを贈ることができる。ギフトは開演前後やトーク中にスクリーンに表示され、応援熱を見える化したYELLという演出も実装するなど、生身のライブ以上に、双方向性に磨きを掛けた。
「1対n」で広がるビジネス
「会場の裏や横に、機材を持って行ってスタジオを設営するのは、すごく非効率だと思っていた。しかも、送るのは、データ。これだけインターネットが行きわたっているのだから、遠隔でできるんじゃないか、と思った」(林氏)。
チケットのもぎりや、来場者の誘導、グッズの販売など、現地のオペレーションを会場側にゆだねれば、まさにコンテンツを作り、届けるプラットフォーマーになれる。1対1にとどまらず、1対nの同時配信を形にできれば、さらに事業を拡大できると踏んだ。
このビジネスの肝は、1対nのnに上限がない点にある。チケットの売れ行きが好調ならば、柔軟に会場を増やせる。特に映画館は、週単位で興行スケジュールを決めるため、融通が利きやすい。会場が増えれば増えるほど、入ってくる手数料も増える。一方で、コンテンツの制作費は同じであり、会場数に比例して粗利が増えていくのだ。
同時公演は、実際に大きな潜在需要がある。現状では会場が東京に偏在しており、ツイッターに飛び交うのは、「また、東京か」というつぶやき。高額出費の壁に阻まれ、行きたくても行けなかった地方のファンが、気軽に足を運べる世界をつくり出せれば、経済効果は何倍にも膨らむだろう。広告塔としてのVTuberの価値も上がり、関連ビジネスも拡大しそうだ。
カラオケルームもライブ会場に?
極論を言えば、カラオケルームだって、ライブ会場になり得る。モニターがあり、回線が敷かれ、音響も整備されているからだ。「5人ぐらいの仲間と騒ぎながら、お酒を飲みながらライブを見たいという需要は必ずある」と林氏は断言する。
バルスという社名は、スペインのバルから取った。sを付けて複数形にしたのも「バルのように、さまざまな人やクリエイターが集まる場所を、たくさんつくっていきたい」(林氏)との思いからだ。個室単位でチケットを売ることで、まさにバルのような小さなライブ会場が無数に生まれる。「『バーチャルスナック』だって、できるはず。キャラクターだったら、飲まなくていいし」と林氏は笑う。
会場側は、客を呼べるキラーコンテンツが欲しい。演者側にも、多くの人に届けたいという思いがある。その橋渡しをするのがスポーンであり、会場数が一定規模まで増え、集客力のあるキャストが組めるようになれば、加速度的に拠点数は増える可能性がある。
nの行き着く先は、海外だ。「例えるなら、AKB劇場を各地につくるイメージ」と林氏は言う。ジャカルタやバンコク、台北などアジア各地に姉妹劇場を開設したAKB48グループのバーチャル版として、まずはアジアから、ライブ拠点となる会場を次々とつくり出す。
生身のアイドルならライブのたびに移動する必要があるが、バーチャルアイドルなら、日本にいながら“海外公演”ができる。たった1日でワールドツアーすらもできてしまう。バーチャルのほうがリアル以上に、大きな可能性を秘めているのだ。
もちろん、海外展開の前には、技術の壁が立ちはだかっている。配信はできるとしても、遅延との戦いになるのは避けられないだろう。しかし、林氏は「世界中の人とリアルタイムで対戦できるオンラインゲームは既に存在している。どのようにデータを処理し、世界を一つにシームレスにつないでいけるかが焦点になる」と前を見据える。
顔バレVTuberがメジャーデビュー
世は、VTuberの戦国時代。その“人口”は右肩上がりで増え続け、ついに7000人を超えた。「初音ミクを3倍速で見ているスピード。ツイッターを映像でやるぐらいの軽いノリで皆が発信し始めた。100人ぐらいまでは皆、『この人、面白いね』と見てもらえたが、ここまで増えると、埋もれる才能が増えてきた」と林氏は説く。
たとえ、いい歌をつくっても、埋もれてしまっては意味がない。だからこそ、埋もれた才能に光を当てる、スポーンのような場が、ますます重宝される。実際、冒頭のYuNiもバルス所属のアーティストではない。さまざまなバーチャルタレントにステージを提供することで、プラットフォームそのものがブランドになる。
一方、バルスは自社でもVTuberのマネジメントに取り組んでいる。ユニバーサルミュージックが3月、VTuber専用レーベルを新設。その第1号としてメジャーデビューを果たしたのが、バルス所属の2人組ユニット「MonsterZ MATE(モンスターズメイト)」だった。
狼男でボーカリストの「アンジョー」と、吸血鬼でラッパーの「コーサカ」という“イケメン”2人が、東京・お茶ノ水周辺でルームシェアし、日常をゆるく発信するという設定。5月8日には早速、ファーストアルバムをリリースした。特徴的なのは、2人とも既にクリエイターとして世間に“顔バレ”している点にある。
アンジョーはYouTuberの「un:c(あんく)」として10年間活動し、あんく名義でも1000人規模のワンマンライブを満席にできるほどの集客力がある。一方のコーサカは、ラッパーであり、ライトノベル作家として作品を発表してきた。素性が謎に包まれたVTuber業界にあって、極めて異色のユニットだ。
キャラクターに扮(ふん)すれば、年齢や見た目、これまでのキャリアさえもリセットできる。これこそがVTuberになるメリットであり、モンスターズメイトは“2つ目の顔”を持つことで、新たなファン開拓に挑む道を切り開いた。
重要なのは、あくまでも中身。「キャラクターの姿をしているから、声優を起用し、アニメやゲームのように作ればいいという発想になりがちだが、実は“中の人”の才能次第。この人を磨くと、面白いものを作れそうだ、と思える人とやっていきたい」(林氏)。
その言葉通り、バルスの所属タレントは皆、個性や一芸を持っている。「侵略宇宙人VTuber」を名乗る銀河アリスに続き、19年1月にデビューしたのが、日本初の映画館公認アンバサダーこと、夜子・バーバンク。映画雑誌の論評を動画で表現するとどうなるか。そんな発想でクリエイターたちが手を組んで生み出した。
シリーズ累計300万部を超えるライトノベル「冴え(さえ)ない彼女の育てかた」を著した丸戸史明氏らがシナリオを担当し、人気イラストレーターの夕薙氏がデザイン。「映画専門VTuber」として池袋HUMAXシネマズのスクリーンに現れ、作品の紹介にとどまらず、映画の楽しみ方や、映画館での鑑賞マナーまで、全身を使って語り尽くしている。
見た目を自在に変えられるのがVTuberの強み。「世界中の人々に受け入れてもらうには、必ずしもアニメ風のキャラクターじゃなくてもいい。それこそ、人間に近い見た目でもいいし、同じキャラクターでも、国によって肌の色や、髪の色、服装を変えるのも、技術的にはできる」(林氏)。プラットフォーマーとマネジメント会社、いわばハードとソフトの二足のわらじで世界へと歩みを進める。
ミュージカルや舞台など、リアルの世界で人間ができるイベントは、全部できるようにする。それがバルスの目指すゴールだという。世界中の人々を一つのライブに引き込む。それは、決して夢物語ではない。