眼鏡チェーンのジンズ(東京・千代田)が顧客向けスマートフォンアプリを公開して約1年。「これを機に初めてCRM(顧客関係管理)に取り組んだ」という同社は今、その効果を感じ始めているという。アプリで集まる情報から、顧客の購買行動やECへの誘導効果の何が分かったのか。

ジンズが1年前から運用しているスマホ向けアプリ「JINSアプリ」
ジンズが1年前から運用しているスマホ向けアプリ「JINSアプリ」
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 ジンズがスマートフォンアプリ「JINSアプリ」を公開したのは2017年11月。店舗で購入した眼鏡の電子保証書や度数情報を保存・管理できるほか、スマホで写した写真を使って仮想的に眼鏡を試着する機能や、似合うかどうかをAI(人工知能)が判定する機能、アプリ内のコンテンツの利用頻度に応じてマイルを付与し、クーポンを発行する機能などがある。

(左)保証書はアプリに保存しておける。紙の保証書を持ち歩かなくても、スマホで電子保証書を提示すれば対応してもらえる。(右)忘れがちな度数情報もアプリで管理可能。メガネ購入時にアプリの会員コードを提示すると、翌日以降自動で度数情報が連携される
(左)保証書はアプリに保存しておける。紙の保証書を持ち歩かなくても、スマホで電子保証書を提示すれば対応してもらえる。(右)忘れがちな度数情報もアプリで管理可能。メガネ購入時にアプリの会員コードを提示すると、翌日以降自動で度数情報が連携される
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 アプリを開発した目的について、「当初は販促用のクーポンを配るのが目的だった」と同社デジタル事業部デジタルコミュニケーショングループデジタルコミュニケーションチームリーダーの海江田透氏は話す。

 ただ、クーポンを配るためだけに制作費や運用の手間がかかるアプリを作るのはもったいない。それだけなら、SNSやウェブサイトでも十分だ。「せっかく作るなら会員情報をひも付けたい。これを機にCRMに乗り出そうということで開発に取りかかった」(海江田氏)。

 意外にも、ジンズはそれまで顧客データを全く残していなかったという。昔からあるような眼鏡店では、目の状態や販売した眼鏡の度数情報といった顧客別のデータを店舗が持っているのが一般的だ。眼鏡を購入したことがある人なら、身一つで店舗を訪れても、眼鏡の新調や修理、レンズや度数の変更ができた経験があるだろう。

 一方のジンズでは、当時、ブルーライトをカットするPC用眼鏡『JINS PC』など、度数の測定や調整が不要な、売り切りタイプの商品が売れていた。そうしたこともあり、個人情報流出のリスクや情報管理の手間がかかる顧客情報はあえて持たない方針だったという。「誰が何本の眼鏡をJINSで買ったかすら分からなかった」と同社デジタル事業部事業部長の向殿文雄氏は振り返る。

 考えを変えたのは、眼鏡市場の変化を受けてのことだ。他社からも低価格の眼鏡が続々と販売されるようになると、JINSの存在感は下がる。成長を維持するためには、度入りを含む眼鏡全体の売上本数を伸ばさなければならない。「そもそも、単価が安いのがJINSの特徴。眼鏡の買い替えサイクルは一般的に1年半~2年だが、これを短縮し、顧客一人ひとりの購入本数を増やしたい。そのために、顧客のデータを分析することにしたんです」(海江田氏)。

デジタル事業部デジタルコミュニケーショングループデジタルコミュニケーションチームリーダーの海江田透氏(左)とデジタル事業部事業部長の向殿文雄氏
デジタル事業部デジタルコミュニケーショングループデジタルコミュニケーションチームリーダーの海江田透氏(左)とデジタル事業部事業部長の向殿文雄氏
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アプリを使って、購入日を起点に情報を発信

 ジンズの主な顧客は30~40代。セールのときしか購入しない人や、ファッションとして楽しむように数カ月サイクルで買い替える人、2年以上経過して買い替える人など、眼鏡の買い方は多様だ。そこで、アプリの運営では、マーケティング支援やインターネット広告を手掛けるオプト(東京・千代田)の協力を仰ぎ、顧客の行動を分析をしつつ、様々な施策を試してきた。

 例えば、眼鏡の購入日を基準に1週間ほどたったら、新しい眼鏡の具合をたずね、フィット感が悪ければ調整のための来店を勧める通知をアプリに送る。「まずは買った商品の満足度を上げてもらうことが優先」(向殿氏)。その後、新商品の紹介やキャンペーン情報、サングラスなど季節に合わせた商品の提案などを発信したり、購入2カ月後には眼鏡のメンテナンスに関する情報を知らせたりする。

メガネ購入から2カ月ほど経過すると、お手入れ方法などメンテナンスに関するお知らせが届く
メガネ購入から2カ月ほど経過すると、お手入れ方法などメンテナンスに関するお知らせが届く
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 重視しているのは、情報を一律に押し付けないこと。「頻繁に眼鏡を買う人にはもっとファンになってもらうこと、めったに買わない人には次もJINSを選んでもらえるようにすることがアプリの目的。ユーザーによってタイプが違うので、シナリオは分ける。トライ・アンド・エラーを繰り返しながら、情報を発信している」と、オプトのエグゼクティブ・スペシャリスト パートナー兼OMOコンサルティング部部長の伴大二郎氏は語る。

 ユーザーが自主的にアプリを開いてくれるための仕掛けも設けた。それが「FACE MATCH」というバーチャル試着機能。自分の顔の画像に眼鏡の画像を乗せて、仮想的に試着できる。同社のスタッフ3000人が行った画像評価データを基に開発したAI「JINS BRAIN」で、試着した眼鏡の似合い度を判定してくれる機能もある。「眼鏡を買い替えるときはつい同じようなデザインを手に取ってしまいがちだが、スマホ上で気軽に試着ができるので、新しいモデルやカラーを試してもらうきっかけにもなるはずだ」と海江田氏は話す。

アプリの「バーチャル試着」機能。好みのメガネを自分の顔写真に乗せてバーチャルで試着できる。画面左の「似合い度をチェック」をタップすると「JINS BRAIN」が判定。男性スタッフ、女性スタッフそれぞれの目線で似合い度を採点してくれる
アプリの「バーチャル試着」機能。好みのメガネを自分の顔写真に乗せてバーチャルで試着できる。画面左の「似合い度をチェック」をタップすると「JINS BRAIN」が判定。男性スタッフ、女性スタッフそれぞれの目線で似合い度を採点してくれる
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 アプリのダウンロード数は非公開だが、伸びは順調だという。「店舗で接客するスタッフが対面でアプリを勧めるとインストールしてもらいやすい」(海江田氏)。眼鏡の販売では、会計時以外にも度数測定や商品受け取りの待ち時間がある。その間に、アプリの機能を説明しているという。向殿氏によると「リリース当初は、アプリのダウンロードで割引になるキャンペーンなどを実施して勧誘していた。キャンペーン終了後にいったんダウンロード数は落ち込んだものの、接客時の声がけを続けたところ、3~4カ月でキャンペーンと同等のダウンロード率を達成できるようになった」という。

 また、一度インストールされたアプリは、「他業種に比べて退会されたりアンインストールされたりする率が低い」とオプトの伴氏。眼鏡の度数情報や電子保証書を保存する機能があるので、消されにくいのではないかと見る。

オプトのエグゼクティブ・スペシャリスト パートナー兼OMOコンサルティング部部長の伴大二郎氏
オプトのエグゼクティブ・スペシャリスト パートナー兼OMOコンサルティング部部長の伴大二郎氏
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アプリ効果でECへの流入が増加

 アプリの立ち上げから1年、効果は徐々に現れてきた。1つは、顧客の購買行動が見えてきたこと。特に興味深いのが、複数の店舗をまたいで利用している人が多々いることだ。「東京都心の店舗の場合、自宅近くだけでなく、通勤途中などにある店舗で購入するケースも多い」(海江田氏)。これを受け、スマホの位置情報を利用して、現在地の近くにある店舗のお得情報をプッシュ通知する施策などを始めた。通知の開封率は予想以上に高いという。

2019年3月にオープンしたJINS 丸の内店では、JINSアプリを持つユーザーが東京駅周辺にいるとプッシュ通知が届くように設定した
2019年3月にオープンしたJINS 丸の内店では、JINSアプリを持つユーザーが東京駅周辺にいるとプッシュ通知が届くように設定した
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 もう1つが、ECでの購入が増えていること。その理由として、海江田氏は店舗で購入した眼鏡の度数情報をアプリに保存できることが大きいと見る。「JINSアプリからオンラインショップに入ってくる率自体が増えている。そのうえ、保存されているのと同じ度数の眼鏡を買えばいいので、オンラインでも買いやすいのではないか」(海江田氏)。

 今後、さらにアプリの利用者が増え、顧客のデータが集まれば、ビッグデータとしての活用も考えたいと海江田氏は展望を示す。「顧客のデータを解析して、新商品の開発などにも生かせるようになるかもしれない」(海江田氏)。

 アプリを起点に新たな販売方法も模索するつもりだ。19年1月25日には、東京・上野に「ジンズ・ブレイン・ラボ」を開店。ショールーム型の新型店舗で、在庫を置かずに試着用商品のみを展示する。気に入った商品は、オンラインショップで購入できる仕組みだ。これにより、オフラインとオンラインをつなぐ新しい購買体験を提案するという。アプリも使いながら、「リアル店舗とECを交えた挑戦をしていきたい」(海江田氏)。

(写真提供/ジンズ)