大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が2019年4月18日、映画「SING(シング)」の世界を完全再現した新アトラクションをオープンする。人々を熱狂の渦に引き込むUSJの強さの源泉は、トキ消費という言葉に凝縮される。コト消費とは何が違うのか、深掘りした。
「ホンモノ、来日。」というキャッチフレーズを引っ提げ、USJに世界初のステージが開場する。映画「SING」をモチーフにした、ミュージカルショーアトラクション「SING ON TOUR」だ。
春休み最後の平日となった2019年4月5日。イースター仕様に装いを変えたミニオン・パークには、黒山の人だかりができ、ウサギの耳を付けたミニオンを前に記念写真を撮る光景が広がった。この熱気あふれる空間に、新たな盛り上がりを加えるのが、SING ON TOURである。
SINGは、映画「ミニオンズ」を生んだ米イルミネーション・エンターテインメントによる長編アニメーション作品。16年に全米で、17年には日本で上映され、興行収入は全世界で約700億円超(約6億3240万ドル)、日本でも50億円を突破した大ヒット作だ。
USJとハリウッドの名スタジオがミニオン・パークに続いてタッグを組んだ。SINGがアトラクションになるのも、米イルミネーション社の作品を使った劇場「イルミネーション・シアター」がオープンするのも、世界で初めての試みとなる。
アニマトロニクスと照明で本物を再現
映画の世界から飛び出した生き物たちが観衆の目の前でパワフルに歌い、踊る。“生き物史上サイコ―に熱いショー”のラストを飾るのは、会場全員が一体となった大熱唱。そんなストーリーを組み立てた。目指したのは、心から映画の世界に没入できる、圧倒的な本物感だ。
その切り札として導入したのは、アニマトロニクス技術。アニメーション(動作)とエレクトロニクス(電子工学)を組み合わせた造語で、生き物を模したロボットを使って、生き物の動きや自然な表情を引き出した。
「映画の中にいたキャラクターが、まるで生きているかのように動く。実際に映画から出てきたと思ってもらえるのがポイントで、そのために、一つひとつの所作を忠実に再現した」。USJを運営するユー・エス・ジェイ(大阪市此花区)の黒川浩延マーケティング本部長は語る。
舞台演出を手掛けたのは、米ブロードウェイで活躍するクリエイティブディレクターのデイミアン・グレイ氏。ショーを彩るのはもちろん、「Shake It Off」や「Don't You Worry 'Bout A Thing」など、映画「SING」を彩った名曲の数々だ。知っている曲なら、自然と体が動くのが人の性(さが)。生き物が客席の中に入っていき、会場全体で一体となって盛り上がれる演出も盛り込み、ここでしか体験できない「ホンモノ」の熱狂、興奮、一体感をつくり上げた。
劇場支配人バスター・ムーンの声を務めるのは、映画「SING」の日本語吹き替え版でも同役を演じきった、お笑いコンビ「ウッチャンナンチャン」の内村光良氏。さらに、テーマパークのアトラクションとしては世界初となる最先端の照明技術を採用した。
「ショーや音楽に連動する形で、非常に華やかで幻想的なライティング(照明)を施した。SINGファンからするとたまらない、非常に喜んでもらえるポイントになる」と黒川氏は自信を見せる。
ほぼパークの中央にある506席のイルミネーション・シアターは、「パーク内のどこからも集まりやすく、(観覧後は)どこにでも行きやすい」(黒川氏)絶好のポジションにある。ショーの長さは約20分に及び、まさにSINGの世界にどっぷりとつかることができる。
このアトラクションをつくり上げた背景にあるのが、USJの「トキ消費」という考え方だ。モノ消費でもコト消費でもない。文字通り、「そのとき、その場でしか味わえない楽しみ方を、そこにいる人たちが皆でつくっていく」と黒川氏は語る。集まった人々の反応によって、ショーの雰囲気は大きく変わる。このライブ感こそがトキ消費の醍醐味であり、実はUSJは以前からこうした仕掛けを、意識的にアトラクションに盛り込んできた。
例えば、「ユニバーサル・モンスター・ライブ・ロックンロール・ショー」(通称ユニモン)は、ビートルジュースやドラキュラ、狼男、フランケンシュタインが夜の墓場に集結し、歌と踊りで盛り上げるという設定。ライブ会場のように歓声が飛び交い、コールアンドレスポンスを繰り広げた先に、会場が一体感に包まれる。
もともと、USJは映画の世界観をどれだけリアルに描けるかに挑んできたテーマパークだ。躍進の原動力となった「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」も、来場者を“魔法の世界”へと引き込むほど細部まで作り込んだことが、根強いリピーターを生んだ。
ホグワーツ城は言うまでもなく、屋根に雪や氷柱が残るホグズミード村の街並みまで、驚くほどリアルに再現されている。ミニオン・パークやジュラシック・ワールドも、映画の世界に迷い込んだかのような演出力で客を呼び込んできた。SING ON TOURも、こうしたUSJのお家芸とも言える作り込みの延長線上にある。
モノ、コトでは説明できないトキ消費
トキ消費という概念を、世の中にいち早く提唱したのが、博報堂生活総合研究所だ。今一度、その定義をひも解くと、「同じ志向を持つ人たちと一緒に、その時(トキ)、その場でしか味わえない盛り上がりを楽しむ消費のこと」とある。
「なぜ生活総研がトキ消費と言い始めたのかというと、モノ消費、コト消費という従来の言葉では説明できないところまで、人々が踏み込んできている、という感じが見て取れたから。それは何だろうと考えたとき、トキ消費という言葉がぴたりとはまった」。
こう振り返るのは、博報堂関西支社エグゼクティブマーケティングディレクターで、博報堂生活総合研究所の客員研究員を務める中尾真範氏。1993年の入社以来、マーケティング畑一筋で、97年以降はずっと関西支社に籍を置く、博報堂でも異色の存在だ。
密度の濃い体験が人を動かす
中尾氏によると、モノを所有したいという欲求が人々を動かした時代は確かにあった。ところが、モノがひと通り行き渡った後、モノを所有したいという欲求だけではなかなか人は動かなくなり、体験したいという欲求こそが、より強く人を動かすようになった。その象徴としてよく語られるのが、1999年の「モノより思い出」というキャッチコピー。この頃から「モノ消費からコト消費へ」と世間で言われるようになったという。
その後、スマートフォンやSNSが爆発的に普及し、昔と比べて格段にコミュニケーションがとりやすくなった。写真の共有が広がり、さまざまな場所でどんな体験ができるのかを容易に知ることができるようになった。それは、疑似体験の情報量が急激に増えたことを意味する。
「だからこそ、リアルな体験の価値が高まったのだろう。情報が増えたことによって、せっかく体験するなら、より深い体験を、より確実に体験したい、という欲求も強まった。体験の中でも、密度の濃い体験だけが欲望を喚起する強い力を持つようになった」と中尾氏は指摘する。濃密な体験を通して、特別な時を共有するから、トキ消費。モノ、コト、トキと順を追って、人を動かす力は強まっていくという。
実は、トキ消費という概念自体は新しくない。「例えば、高校野球を甲子園で見るのもトキ消費と言えるだろうし、岸和田のだんじりだってそう。トキ消費は新発明ではなく、人を動かす深いポイントの再認識という感じ。ただ、今日では、ことさら意識的にトキ消費をマーケティングに盛り込んでいかないと人が動かなくなってきた」(中尾氏)。
そして、博報堂生活総合研究所が、トキ消費と命名する以前から、意識的にトキ消費に取り組んできたのが、USJだった。今から3年前、USJは開園15周年に合わせて、「RE-BOOOOOOOORN!(リボーン!)」というキャンペーンを展開した。「あなたは生まれ変われるほどのすごく特別な時をここで過ごせます」というメッセージは、まさに意図的にトキ消費を打ち出したマーケティング例だと言える。
ボヘミアン・ラプソディに通じるSING
トキ消費は、何よりも非再現性、日常生活ではなかなか体験できないことが重要だ。最近の成功例として中尾氏が挙げるのが、映画の応援上映。その代表格が、ボヘミアン・ラプソディである。
映画は何度でも鑑賞できるが、その回の上映に集まっている人々は、一期一会。同じ時と場を共有しているうえに、流れている映像はフレディ・マーキュリーの濃い人生。「それを追体験できることは、ものすごく特別なトキだと言える」(中尾氏)。
ボヘミアン・ラプソディで最も盛り上がるのは、コールアンドレスポンス。フレディが「エェーオォ」と声を張り、観客がそれに呼応する場面だ。「その場に集まった皆がカタマリとなって、体がぶつかるような距離で応援する。その特別なトキを体験したい、という欲求が応援上映を成功させているのではないか」と中尾氏はみる。
そして、特別な追体験ができるという文脈では、ボヘミアン・ラプソディとSINGの構造は実に似通っているという。
閾値(いきち)を超えて次元が変わる
SINGという映画は、人生最大の歌唱コンテストという設定。登場人物は皆、さまざまなドラマを抱え、人生を変えてやる場だ、一皮むけて自分を超える場だと思って集まっている。「そこに立ち会えるのは、典型的なトキ体験だ」と中尾氏は断言する。
モノが行き渡り、所有が当たり前になる臨界点を超えると、コト消費が求められる。そして、コトを体験しやすくなる臨界点を超えると、トキ消費が求められるようになる。「閾値を超えて次元が変わったのが、このトキ消費という現象だと思う」(中尾氏)。
テーマパークのアトラクションもトキまでたどり着くと、質が変わる。「これまではこんな体験ができる、というレベルで考えられていたのが、それはどこでもできるとなると、もっとさらにと進化・深化せざるを得ない」というのが、中尾氏の見立てだ。これまでの臨界点や閾値を意識的に上回ろうとしているのが、USJだったのだ。
5大アトラクションからニンテンドーへ
この春、USJは、SING ON TOURを含めて5大アトラクションを投入した。特に目立つのは、ショーの拡充だ。
5大アトラクションのうちの一つ、19年3月20日に開幕した「ワールド・ストリート・フェスティバル」は、パークの街角で、世界の「超絶パフォーマンス」に触れられるイベント。例えば、日本に初上陸した、アルゼンチンの男性パフォーマンス集団「Malevo(マレヴォ)」が、ラテンのビートにのって太鼓を打ち鳴らし、激しいダンスを披露。まだ始まって半月ほどにもかかわらず、最前列には固定客と思われる、熱烈な女性ファンが陣取っていた。
セサミストリートのエルモが助監督となり、インドの歌姫のミュージックビデオを撮影する「セサミストリート・ボリウッド」は終盤、観客がエキストラになって紙吹雪を巻くシーンで、会場が一つになった。
さらに、ハリーポッターエリアは開業5周年を記念して“大魔法祭”が開幕。日没後、「ホグワーツ・マジカル・セレブレーション」と題した新たなキャッスルショーがベールを脱ぎ、色とりどりの光がホグワーツ城を包み込む。
いずれもゲストを巻き込み、ゲストと一緒に楽しむトキ消費型の仕掛けが盛り込まれている。パーク内のどこにいてもショーと遭遇するよう、ショーの場所や開始時間をあえてずらしているのも戦略の一つだ。
「USJは激しい乗り物が多いというイメージがある。しかし、絶叫系は苦手で、ショーを中心に楽しみたいというお客さまも確実にいらっしゃる。そういう意味では、SING ON TOURが加わり、本当にショーだけでも十分に一日中、楽しめるようになる」とユー・エス・ジェイの黒川氏は語る。
2020年の東京オリンピック・パラリンピック前には、間違いなく大人気エリアになるであろう「スーパーニンテンドーワールド」がオープンする。「スーパーマリオの世界の中に入ると楽しいというのは、すぐ想像していただけると思う。消費者がやりたい、できたらいいなと思っていることを、どこまで形にできるか」(黒川氏)。SINGから、ニンテンドーワールドへ。USJはトキ消費という概念を取り込み、より本物志向に、より特別なパークへと進化を重ねていく。
(写真/水野浩志、高山 透)