2019年春のサービス業のデジタル関連の機構改革では、デジタルに戦略、推進、変革を加えた組織の新設、改称が目立った。その中で異色を放ったのがANAホールディングスのアバター準備室の新設だ。
ANAホールディングスは19年4月1日、グループ経営戦略室にアバター準備室を新設した。
同社は18年3月、遠隔操作の分身ロボットを使い、異なる複数の場所にあたかも自分が存在し、物理的に物を動かしたり触ったりできる「AVATAR」技術を使い、災害救助、医療、教育、旅行などの領域で新たな事業を生み出す構想「ANA AVATAR VISION」を発表した。社内に20人規模のプロジェクトチームを作り、数々の実証実験に取り組んできた。一定の手応えを得られたことから、事業化へ向けて専任組織を組成した。
メンバーは9人。室長となるデジタル・デザイン・ラボ チーフ・ディレクター津田佳明氏ら2人が兼務者で残りは専任となる。メンバーは技術者や、空港での活用も検討するため受付を担うANAスカイビルサービス、全日空商事、客室乗務員など多様なスキルを持つメンバーから構成される。
今後1年間で、「AVATAR-IN」プラットフォームの構築を進める。1つのアプリで、遠隔地に置かれたロボットを遠隔操作して、「見て」「聞いて」「触る」ことができ、自分の意識、技能、存在感を遠隔地に瞬間移動させ、コミュニケーションおよび作業を行うことができる新たなサービスを目指す。ロボットは現在、米スータブルテクノロジーズが開発した、遠隔操作で動き回るテレビ会議システム「Beam Pro」を活用している。
アバター事業の会社設立を目指して、19年度後半にはサービスを有料化して事業化の可能性を検証する。
同社はこの1年間、AVATARに関する実証実験を繰り返してきた。例えば、角川ドワンゴ学園が運営するネットの高校「N高等学校」の卒業式では、1人の学生がシリコンバレーから参加してスピーチをした。その他、釣りの疑似体験、バスケットボール試合のロッカールームツアー、小児病の子供たちの水族館観覧などを実施してきた。
津田氏はアバター事業の可能性について、「ANAは経営理念に、『世界をつなぐ心の翼で夢にあふれる未来に貢献』としている。世界の年間航空旅客数は35億人だが、何度も利用する人を考慮すると、世界の人口の6%ほどしか飛行機で移動していない。残りは経済的、身体的、時間的、地政学的な制約があり飛行機に乗れていない。そこに新しいアプローチできないかと考えている」と語る。
移動しなくてもさまざまなことが体験できるアバターサービスは航空会社の事業モデルを破壊しかねない。しかし、将来、そうした企業が登場する可能性があるなら、自分たちで取り組むべきだと考えた。
記事末尾に、以下の分野の延べ19社の、デジタル・新規事業に関する機構改革について一覧表でまとめています。こちらもぜひご覧ください。
・通信(NTTドコモ、KDDI、NECなど)
・運輸(東急電鉄、小田急電鉄、日本郵船など)
・金融(クレディセゾン、りそなホールディングスなど)
・不動産(野村不動産、三菱地所など)
全社データ活用基盤に対応するデータデザインチーム
さらに全日本空輸(ANA)は19年4月1日、業務プロセス改革室をデジタル変革室に改称し、同室イノベーション推進部内にデータデザインチームを新設した。全社規模のデータ活用を支援する役割を担う。
業務プロセス改革室は12年4月にIT推進室から改称された。一般にIT部門といえば事業部門の要求を受けてシステムを構築、運用する受け身の立場という印象がある。そのイメージを払拭し、IT化の目的である業務プロセス改革に積極的に関わる姿勢を示した。その後、社内各社にも同様に、イノベーションや改善を目的とした部門が設立される。
そこで、同室は経済産業省も推進を支援する企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を目的とした部署だということを明確化するため、デジタル変革室に改称した。
ANAは12年に客室乗務員全員に「iPad」を配布している。同室がICTツールを使った働き方改革を積極的にけん引してきた。さらに18年秋には、全社のデータ活用基盤を構築した。
その狙いについて、業務プロセス改革室企画推進部担当部長(取材時)の黒木敏英氏は、「ANAはお客さまに対してさまざまな部署が接点を持つ。予約時は営業部門やマーケティング部門、飛行機に乗るときは空港の部門、乗ったら客室乗務員……。そのためシステムと得られるデータが『サイロ型』になっていた。連携しにくいので一元化する仕組みを作った」と話す。
個々の部門が他部門のデータも活用することで、顧客体験の価値を一層高めたい。そうした狙いから全社データ活用基盤を作り、活用を促進するためのデータデザインチームを新設した。
設立当初は数人で構成し、今後はデータサイエンティストの育成も進める。イノベーション推進部にはこれまで、顧客起点でイノベーションを推進する「サービスイノベーションチーム」、業務起点の「業務イノベーションチーム」、RPAなど技術起点の「デジタルテックプロモーションチーム」があった。データデザインチームの新設で、ANA全体のデータに基づく変革も推進する。
クレディセゾンが先端技術で新組織
開発部隊の内製化を進めるのが、クレディセゾンだ。同社は19年3月1日、前組織「デジタル事業部」「IT戦略部」「デジタル戦略グループ」「プロモーション戦略グループ」を統合し、「デジタルイノベーション事業部」に再編した。同事業部の役割は、スマートフォンに関連する機能・サービス開発の強化だ。クレジットカードの申し込みから利用、ポイントサービス、ロイヤリティプログラム、優待機能、データに基づくコミュニケーションの最適化などに取り組み、会員のLTV(顧客生涯価値)の向上を狙う。
デジタルイノベーション事業部は、大きく3つの部門で構成される。(1)基幹システム及び社内ITインフラを管轄する「IT戦略部」、(2)会員との最適なコミュニケーション設計を考える「デジタルマーケティング部」、(3)技術力で圧倒的な顧客体験の向上を目指す「テクノロジーセンター」だ。このうちテクノロジーセンターは新たに設置された組織となる。
同センターは、先端技術を活用した各事業部のデジタルシフトの全社横断的な推進役を担う。デジタル技術に関するR&D機能、顧客体験の飛躍的向上を目指し、スマートフォンを中心としたサービスの価値向上に向けて、エンジニアを内部に抱えて自前で実行していく部隊となる予定だ。
テクノロジーセンター設置に当たり、ベンチャー企業の代表を務め、事業会社におけるテクノロジーを活用したイノベーションを推進してきた小野和俊氏がCTO(最高技術責任者)、デジタルイノベーション事業部兼テクノロジーセンター長に就任。就任に当たり、小野氏は自身のブログでクレディセゾン内にエンジニアリングチームを作り、事業戦略と一体化したIT活用を狙うとつづっている。
MaaS時代への対応、運輸、通信、金融が動く
サービス業界では、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)時代を見据えた組織整備も相次いだ。
東京急行電鉄は19年4月1日付で、フューチャー・デザイン・ラボを新設した。東急グループの持続的な成長に向け、既存事業の枠組みを超えたビジネスモデルの確立と、新たな生活価値創造を推進する。小田急電鉄は19年4月1日付で、IT推進部をデジタルイノベーション部に改称した。モノやサービスのデジタル化の進展を踏まえて、IT活用を推進するのが目的。
KDDIは19年4月1日付で、次世代プラットフォーム整備、MaaSなど新業務拡大のため、IoT事業推進室を次世代基盤整備室に改称した。
金融ではあいおいニッセイ同和損害保険が19年4月1日付で、CASE、MaaSなどの迅速な対応に向けて、テレマティクス・モビリティサービス事業開発部を新設した。CASEは、Connected(コネクテッドカー)、Autonomous(自動運転)、Shared(カーシェア)、Electric(電気自動車)の頭文字を取った造語。
延べ19社のデジタル関連機構改革 一覧表

●2019春・デジタル機構改革 記事一覧
・デジタル機構改革 パルコは人員1.5倍、伊藤忠はCDO新設[流通編]
・デジタル機構改革 日清は直販強化、ミツカンは戦略本部[製造編]
・ANAの新事業「アバター」とは何か デジタル機構改革19社まとめ
(サービス編)