日清食品が「完全栄養食」に参入。2019年3月27日に自社EC限定でパスタを発売する。なぜ即席麺大手がニッチな完全栄養食市場に参入するのか。その背景には同社の自社EC強化戦略があった。
「必要な栄養素がすべて取れる」というコンセプトが米シリコンバレーでブレークし、日本でもスタートアップ起業家やITエンジニアなどを中心に支持されている「完全栄養食」。即席麺最大手の日清食品(以下、日清)がこの完全栄養食への参入を発表した。
同社が展開するのは、「この一食で、すべての栄養、全部どり。」をうたう「All-in」シリーズ。その第1弾として、2019年3月27日に自社ECとアスクルの個人向けネット通販サイト「LOHACO」限定で発売するのが「All-in PASTA(オールインパスタ)」だ。
メイン商品はパスタとソースがセットになったカップタイプ(1個税別600円)。作り方はカップ焼きそばと同様で、カップに麺と湯を入れて6分待ち、湯を捨ててからソースを入れて混ぜれば完成だ。1食分には1日に必要な栄養素の3分の1が入っており、3食で1日に必要なすべての栄養素が取れる計算になる。13種類のビタミンや13種類のミネラルに加えてたんぱく質や食物繊維も入ったうえ、糖質は30%カットとなっている。

苦みやえぐみ抑え、調理時の栄養素流出も最小限に
開発に当たって同社が重視したのは「味」だという。「完全栄養食はユーザーが徐々に増えているが、ユーザーの声をネット上で集めてみたところ、『興味があってトライしたが、味で断念した』という声が多かった」(日清食品マーケティング部 ダイレクトマーケティング課ブランドマネージャーの佐藤真有美氏)。
ビタミンやミネラルの苦みやえぐみを抑えるべく、同社は即席麺で採用している3層麺製法を応用した「栄養ホールドプレス製法」を開発。麺の真ん中だけにビタミンやミネラルを入れ、外側を小麦の層で包み込んだ。さらにこの製法によって、ゆでるときに栄養が麺の外に出るのを最小限に防ぐことができるようになったという。
1日に必要な全ての栄養素の3分の1を麺1食分だけで取れるのもポイント。それゆえ、ソースが付いていない袋麺タイプ(1袋税別400円)も用意しており、市販のソースと合わせて食べることも可能。サラダに使うなど、この麺を使ったアレンジレシピも提案していくという。
仕事で忙しい30~40代に照準、1日1食でも栄養補給に
しかし、完全栄養食はまだユーザーが一部のアーリーアダプターに限られており、大手メーカーが参入するにはマーケットが小さすぎる印象もある。「これからフォロワーまで広がっていくとみている。手軽にしっかり栄養が取れる食事として、仕事で忙しい30~40代が支えていくようになるのでは。3食これだけを食べるというより、栄養補給として1日1食でも普段の生活に取り入れてもらうことを想定している」(佐藤氏)。同社によると、近年は食事の偏りや朝食の欠食、自己流の食事制限などにより、摂取カロリーが足りているのにたんぱく質やビタミン、ミネラルといった特定の栄養素が不足している「新型栄養失調」が増えているとのこと。販売目標は年間100万食で、19年夏ごろに向けてラーメンタイプのまぜそばも開発中という。
購入者のさまざまな生活パターンに対応するため、定期購入では1カ月に1回5食ずつ、2カ月に1回3種類を2食ずつなどと、個数と頻度を柔軟に選べるようにした。「それぞれの方のペースでストックできるようにしたかった。受け取る曜日を指定できたり、簡単に一定期間休止できたりなど、使いやすさも重視した」(同)。最初はトライアルで単品購入が多くなると予想されるが、リピートでは定期購入がメインになると想定している。法人販売も検討しており、従業員の福利厚生目的での購入や社員食堂への導入を希望する企業もあるという。
日清が自社ECに力を入れる理由
この商品のもう一つの大きなポイントは、EC限定商品ということ。完全食はまだアーリーアダプターが中心なので、マスの売り場に並べるよりも欲しい人が買いやすいECのほうが合っていると判断したそうだ。
実は日清はここ最近、自社ECに力を入れている。「自社EC強化の最大の狙いは、350くらいある自社商品をいつでも全国から買いやすくすること。16年9月のリニューアルを機に1食分から買えるようにし、1年前から法人向けの大量販売を始めた」(同)。
1食売りはネットで気になって買いたくなってもどこに売っているか分からない、あってもケースでは買いたくないという需要に応えるもの。賞味期限が残り3カ月を切った商品は3割引からスタートし、直前のものは5割引と激安で販売するアウトレットセールも人気だという。平均客単価が3000円程度で、7割がバラ購入だという(送料はいくら買っても320円、ケース買いの大量購入は無料)。
会員数は非公表だが、16年9月のリニューアルを機に1年で10万人ずつ増えているという。30~40代がトップで35%程度、65%がモバイルからのアクセスだ。メルマガの開封率が20%前後と高いのは、アクティブな会員が多い証拠だろう。
なかでも、新商品を発売日の2週間前に販売する「フライングゲット」が好評。スタートしてから約2年半たつが、ほぼ毎週実施。数百個用意した商品が数時間で売り切れるという。同社ではAIを活用し、フライングゲットの売れ行きを一般販売の初週の売れ行き予測に活用している。「始めてから2年半のデータの蓄積によって両者の相関性が見えてきた。まだまだ改良の余地はあるが、将来的には販売予測や生産計画に役立てていきたい」(同)。
これまでは商品開発・販促とシステム運営(マーケティング部のECグループ)と健康食品開発チーム、営業部内の顧客サービスや在庫を管理する部署の3つが分かれていたのを、この3月にダイレクトマーケティング課に統合。これによって、商品を作る際に配送コストを最も低く抑えられるサイズや仕様をベースに商品設計を行うなど、発送形態から商品企画を考えるような試みができるようになったという。
「これだけいろいろなことができるのは、トップダウンで直販強化戦略を進めているから。それがないと、既存流通という取引先があるなかでなかなかできない」(同)。今後は(1)NB商品の拡販(2)法人販売(3)EC専用品の開発(4)健康食品の原料販売の4軸を強化していくという。今回の商品は(3)のEC専用品にあたる。
一方、2アイテムとも話題になりながらも目標予約数に達しなかった同社のクラウドファンディングプロジェクト「PRODUCT X (プロダクト・ペケ)」も自社ECの新たな取り組みの一つ。「クラウドファンディングはECの認知拡大と会員への楽しさ提供が目的だったが、実現可能性と損益計算をしっかり確認したうえで出した」(同)。ただ第1弾の麺すすり音カモフラージュ機能搭載フォーク「音彦(おとひこ)」は1万円超と高すぎ、「日清焼そばU.F.O.」のふた裏のキャベツを除去する「キャベバンバンCBB-001」は900個で達成だったのに惜しくも827個しかいかなかった。次は必ず商品化すべく、商品企画を慎重に進めているそうだ。
(写真/山下奉仁)