全国約1300店舗を展開するカジュアル衣料大手アダストリアがデジタル戦略を加速している。同社のECサイトと店舗間でデータ連係を進め、試着予約などの新サービス構築を目指す。店頭カメラの映像データ分析に取り組むBAYFLOW吉祥寺では、2019年2月に異例のセールを実施し、大きく売り上げを伸ばした。

アダストリアのファッションブランド「BAYFLOW(ベイフロー)」の吉祥寺店では、カメラを使ったトラッキングシステムを導入した
アダストリアのファッションブランド「BAYFLOW(ベイフロー)」の吉祥寺店では、カメラを使ったトラッキングシステムを導入した
アダストリアのオンラインストア「[.st](ドットエスティ)」のスマートフォン用アプリの画面
アダストリアのオンラインストア「[.st](ドットエスティ)」のスマートフォン用アプリの画面

 アダストリアは、2014年から独自のオンラインストア「[.st](ドットエスティ)」を運営している。同社の24ブランドを扱い、会員数は約850万人。各ブランドでポイントプログラムを共通化しており、店舗での購入時でも[.st]のスマホアプリを提示することでポイントを獲得できる。

 19年から20年にかけて、[.st]とリアル店舗を融合させるオムニチャネル化を目指す。例えば、試着の予約だ。ネットやアプリ上で見つけた洋服を購入する前に試してみたい。そんなときに、服の色やサイズ、日時を指定した上で最寄りの店に向かうと、品切れの心配なく複数の目当ての服を試着できる。ネットで服を購入したが、サイズが合わなかったというときに、店舗で返品できる仕組みも想定している。

 複数ブランドにまたがる購入履歴やアプリ閲覧の頻度など、ネットで蓄積したデータをリアル店舗との連携に生かすことで「アマゾンなどのネット販売とは異なる魅力を出す」(アダストリア執行役員マーケティング本部長の久保田夏彦氏)。

データ連携で接客に革新

 将来的には、店頭にビーコンを設置する構想もある。顧客の許可を得た上でスマホアプリとビーコンが連動すれば「その顧客が会員メンバーか」「来店の頻度がどのくらいか」「過去にどんな製品を買っているか」などのデータを店員が把握できるようになる。好みに合わせた適切な商品を紹介するなど、接客をパーソナライズ化できるというわけだ。「現在は会計するまで、その人が会員か分からない状態だが、ビーコンを導入すれば接客の方法が大きく変わる」(久保田氏)と期待を寄せる。

 メールやアプリ、SNSなどを通して、顧客の興味に合わせたプロモーションを最適化するためのDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)の構築も進める。服の購入頻度は季節に1回か、せいぜい月1回。そのため、個人の趣味趣向を確実に把握するのは難しいという課題がある。DMPの仕組みを生かし、[.st]の会員850万人から「同じ傾向の人を集めてデータの種をつかみ、そこから傾向を導き出す」(久保田氏)ことで確度を高める。

アダストリアのデジタル戦略を推進する執行役員マーケティング本部長の久保田夏彦氏
アダストリアのデジタル戦略を推進する執行役員マーケティング本部長の久保田夏彦氏

カメラで店内ディスプレーを検証

 既に一部店舗では、デジタル化を推進している。30~40代男女をターゲットとするアダストリアのファッションブランド「BAYFLOW(ベイフロー)」は、18年3月に東京・吉祥寺にオープンした旗艦店で、カメラを使った店舗トラッキングシステムを導入した。「VMD(ビジュアルマーチャンダイジング、店舗内のディスプレー改善による購買促進)の演出が、入店や購買にどうつながっているか、根拠となる数値が欲しかった」。そう話すのは、ベイフロー吉祥寺で商品の展示を統括するアダストリアのベイフロー営業部スペシャリストVMDの篠原督欣氏だ。

 従来は、店内の展示を変えたときの変化を見る指標は、売り上げデータのみだった。「売り上げが上がったとしても、VMDの効果なのか、商品やブランドの引きが強かったのか、判断がしづらかった」。そこで、18年3月の開店と同時に、クレスト(東京・千代田)が開発したトラッキングシステム「ESASY(エサシー)」を導入した。

 クレストは1983年創業で、店舗の看板やディスプレーの製作を主力事業としてきた企業。「店内のポップ(店頭販促)などで以前から取引があった」(篠原氏)ことや、店舗の展示や運営に対する知見があることなどで、ベイフローでの採用を決めたという。

 エサシーを使えば、店の前の交通量に対する入店率や、店内の顧客の動態、展示した商品に対する注目度を測定できる。これら数値を、ディスプレーの変更前と後で比較すれば、効果が明確に見えてくるというわけだ。

マネキン前「7秒」で注目度高

 「今日の入店率なら売り上げはもっと伸ばせるはず。午後も頑張ろう」。ベイフロー吉祥寺では、ランチ休憩時などで、タブレット端末を見ながら同僚と話し合うのが、スタッフの日常となっている。タブレットの画面に映るのは、エサシーのカメラが捉えた動態データの一覧だ。

 入り口に設置したカメラ2台は店の前の歩道を捉え、通りかかった人の数を調べる。店舗入り口の天井にある1台と、入店客に正対するデジタルサイネージに付けた1台で入店客の数を捉え、入店率を割り出す。この他、店内1階に1台、店舗の2階フロアーにも1台を設置し、入店後の顧客の動態を分析している。

入り口付近のデジタルサイネージにカメラを取り付けている。目立たなくするために、カメラは5センチメートル角のボックスに入れている
入り口付近のデジタルサイネージにカメラを取り付けている。目立たなくするために、カメラは5センチメートル角のボックスに入れている

 カメラは小型コンピューター「Raspberry Pi(ラズベリーパイ)」を内蔵する端末につながっており、その端末がAIで来店した顧客の年齢層や性別を判別し、クラウド上のサーバーに判別結果のデータを送る。

 来店客が展示した商品にどの程度の興味を持っているかも分析できる。例えば、入店した顧客が、お薦めの商品を展示したマネキンの前で、何秒立ち止まっているか。「1~3秒しか見ていないお客さんが多ければ、ほとんど素通りされているということ。7秒以上立ち止まっている人が多ければ、ものすごく興味を持ってもらえていると判断できる」(篠原氏)。

 人の流れを分析することもできる。より多くの商品が配置され、2階への階段もある店の奥に誘導したいのに、脇の通路にそれてしまうといった場合は、商品のラインアップや配置に変更を加え、さらに数値の変化を確認する。

入店率分析でイベント時期を見極め

 開店からまもなく1年。交通量と入店率、それにひも付く売り上げデータなどを分析していくと「セール中に展示する『SALE』のポップの文字を太くすることで入店数が増える」「平日は女性、土日は家族の顧客が多く、それに合わせて商品や展示を変えることで売り上げ向上に寄与できる」「花見の時期から夏祭りの時期にかけて大幅に交通量が高まる」ことなどが見えてきた。

ベイフロー吉祥寺で展示方法の違いによる来店客の反応を映像分析しているアダストリア ベイフロー営業部スペシャリストVMDの篠原督欣氏
ベイフロー吉祥寺で展示方法の違いによる来店客の反応を映像分析しているアダストリア ベイフロー営業部スペシャリストVMDの篠原督欣氏

 19年2月中旬に入り、徐々に人の流れが増え始めていることを察知した篠原氏は、2月23~24日の週末にかけて「ファイナルセール」と銘打った特売セールを実施した。この時期にセールをするのは異例であるため「正直迷ったが、上がり調子のデータが出ていたので思い切って実行できた」(篠原氏)。エサシーを使った分析によって、注目度が高いことが分かっていた商品を3階に設置し、2階や3階に誘導することで、滞留時間を長くするという狙いも当たった。蓋を開けると、売り上げは予算比で2桁超と、予想以上の成果を出せた。

 このセールの成功を受け、1周年のアニバーサリーを迎える19年3月には、集客効果を高めるために「毎週末にイベントを打っていく」と篠原氏。外部の事業者と連携し、同店の屋外テラスで地元の農作物を販売するといった具合だ。3階では定期的にヨガ教室も開催している。

 交通量や入店率という数値が見えたことで、そうしたイベントを依頼する外部事業者との交渉もしやすくなった。「これだけ交通量がある、と言うと(一定の売り上げや集客が期待できるので)外部事業者の目の色が変わる」(篠原氏)。新たに扱いたい商品のメーカーと交渉するときにも、これらの数値が大きな武器になるという。

 3月のアニバーサリーイベントでは、桜の花をイメージした店内のディスプレーを造ることで、顧客の目を引き付ける構想を練っている。篠原氏は、「入店率50%を超えるほどの演出をしたい」と意気込む。

(写真/菊池くらげ)

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