家庭教師の派遣業からエドテック企業へと、わずか1年で劇的な変貌を遂げた企業がある。シンドバッド・インターナショナル(東京・新宿)だ。2017年に開始したオンライン家庭教師事業は、開始4カ月で入会者数が既存事業を超えた。これを機に一気にデジタルシフト。同事業の18年12月の売り上げは前年同月比で5倍になった。
スマートフォンやSNSの普及、IoTやAI(人工知能)技術の発展など、新たなデバイスや技術の登場によって企業や消費者を取り巻く環境は大きく変化している。企業は消費者と比較して、デジタルシフトが遅れているといわれる。既存事業から脱却できない、いわゆる「イノベーションのジレンマ」が立ちはだかり、多くの企業が足踏み状態だ。
後れをとる企業を尻目に、シンドバッド・インターナショナルは急速にデジタルシフトを進めている。もともとは首都圏を中心とした、家庭教師の派遣業だった。17年7月にオンライン家庭教師事業「メガスタディ オンライン」の受け付けを開始。試験提供だったにもかかわらず、わずか4カ月で入会者数は既存事業を超えた。この成果を受けて経営方針を変え、テクノロジーを活用した教育を手掛ける“エドテック(Education Technologyの略称)”企業へとかじを切った。18年4月には、「第二の創業」(横山弘毅常務)と位置付け、オンライン事業に多くの人材を配置する組織改革を実施した。
18年12月のオンライン家庭教師事業の売り上げは、前年同月比で5倍と急成長。既に会社全体の売り上げの3割を占める規模になっている。「21年には、既存事業とオンライン事業の売り上げが逆転する見込みだ」と横山氏は言う。
これまでのシンドバッド・インターナショナルは、所属する家庭教師を契約する家庭に送り込む派遣業だった。当然、地理的な制約が大きい。在籍登録する家庭教師は1万人を超えるが、そのほとんどが首都圏在住者。地方の家庭から問い合わせをもらうことも多かったが、距離の問題で家庭教師を派遣することができない。せっかく問い合わせをもらっても断らざるを得なかった。
だがこれは商機とも言えた。「地方と都心で家庭教師の質に格差を感じている消費者は多かった」(横山氏)からだ。シンドバッド・インターナショナルに所属する家庭教師に教えてもらいたい生徒は、地方に多数いる。このニーズに応えることで、売り上げ増加を期待できた。目を付けたのがインターネットだった。ネットで利用できる学習サービスなら、地理的な制約を受けない。
映像授業は成功せず、苦節の5年
このニーズに応えるために12年に開発したのが、映像授業サービス「スタディ・タウン」だ。センター試験対策講座などのネット動画を閲覧して、勉強できる。だが、この映像授業は成功しているとは言い難い。「見るだけの一方通行の映像では、分からないところがあっても質問ができない。成績で中から上の生徒はそれでも何とかなるが、勉強が苦手な生徒などの学力を底上げすることは一方通行の映像では難しい」のがその理由だと横山氏は説明する。
エドテックという言葉が誕生し、さまざまなデジタル教育サービスがベンチャー企業などから生まれる中、シンドバッド・インターナショナルはデジタルシフトがうまくいかず、もがく時期が続いた。こうした中、オンライン英会話事業者が伸長していた。環境的にも技術的にも、双方向でリアルタイムにやりとりをする学習サービス市場が広がりつつあった。
そこで一念発起し、リアルの家庭教師サービスをオンラインでも実現する、オンライン家庭教師サービスの開発に取り掛かった。オンライン家庭教師サービスは、一言で説明すれば所属する家庭教師のクラウド化だ。家庭教師がネットを通じて、リアルタイムかつ双方向で勉強を教える。
一聞すると、オンライン英会話と同じ仕組みで実現できそうだと思われるかもしれない。だが、それは誤解だ。「会話だけなら顔を映すだけで成立するが、家庭教師では学習の成果を出すために、生徒の顔と手元を同時に見られる環境を整備する必要があった」(横山氏)。プロの講師は生徒の表情や反応から、理解度を見極める。その反応に応じて、教え方や授業の進め方を臨機応変に変えることで理解度を深めていく。
この2画面同時配信の実現が、サービス開発の障壁となった。「日本で提供されているテレビ会議システムなどを片っ端から検証したが、どれも複数の画面を同時にリアルタイムで配信することが技術的に難しかった」と横山氏は話す。顔と手元の二画面を映すだけで映像が遅延したり、停止したりしたことが要因だ。「指導中に映像が停止してしまうことによって、体験を損なってしまう」(横山氏)。
契約者の9割が地方在住者
適したサービスを探す中で、たどり着いたのがシリコンバレー発のビデオ会議システム「Zoom」だった。米シスコシステムズ出身のエリック・S・ユアン氏が創業した米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズが提供するサービスで、米国ではユニコーン企業(創業10年以内で企業価値が約1100億円超の非上場企業の総称)の一社として知られる。高い動画の圧縮技術を有し、これまで国内のサービスでは実現できなかった二画面同時配信も可能だった。ズームは教育機関向けのプランを用意していたことも、導入のハードルを下げた。横山氏はすぐにズームと利用契約を結んだ。
メガスタディ オンラインはZoomを活用するため、契約者はZoomのアプリをパソコンにインストールする必要がある。書画カメラと呼ばれる手元の書類などを写すカメラと、パソコンなどに搭載されているWebカメラを組み合わせて指導を行う。入会時に、契約者にこれらの機器を用意してもらう。書籍のデジタル化が進むとはいえ、大学入試過去問題集などはまだアナログだ。生徒の書き込みなどを教師が確認するには、書類を映すカメラが必須となる。
講師は2つの画面を切り替えながら、教える時には自分の手元を生徒の画面に映すこともできる。こうして、ほとんど対面の家庭教師と変わらない指導体験を提供可能にした。利用料金は入会金が1万5000円(税込み、以下同)、月に4回の講義が受けられて月謝は学生講師で2万4710円から、社会人講師は3万3868円から、プロ講師は4万1990円からとなる。
Zoomという先端テクノロジーを取り入れる一方で、マーケティング施策では先端性を一切打ち出さないのも成功に一役買っている。「最新感を打ち出すと、知識を持たない消費者はかえって引いてしまう。サービスの利用動機は、子供を大学に受からせること。新しいものを求めているわけではない」(横山氏)。東京で実績のある講師にオンラインで指導を受けられるという、本質的な価値だけを訴求した。
このようなマーケティング戦略も奏功して、メガスタディ オンラインには入会者が殺到している。横山氏の仮説は当たった。地方の生徒が求めていたのは映像授業ではなく、やはり家庭教師に直接教えを請えるサービスだったのだ。サービス開始からわずか2カ月で、オンライン家庭教師の入会者数が既存の家庭教師事業を超えた。それもそのはず。商圏が北は北海道、南は沖縄まで全国に広がったからだ。契約者の9割は首都圏以外の地方在住者となっている。
91.4%がオンライン指導に満足
オンライン家庭教師に対応する講師も急増中だ。サービス開始当初は、慣れないサービスに難色を示す講師も少なくなかった。ところがいち早く取り組んだ講師が、受け持つ生徒をE判定から青山学院大学に合格させるなど、初年度から成果が出始めた。これにより、「取り組みたいという講師が増え始めた」(横山氏)。より使いやすい環境を整えるために、シンドバッド・インターナショナルはマニュアルを用意して、利用を促進している。講師にとっても利点は大きい。移動時間がなくなるため、1日に教えられる生徒数が大幅に増加する。月収が100万円を超える講師も現れ始めた。
また、防犯意識が高まっている今の時代にもニーズが合致した。いくら企業が派遣する講師とはいえ、他人を家に上げることに抵抗のある家庭も多い。部屋の掃除など、人を迎えるための準備も必要になる。オンライン家庭教師なら、そういった面倒も一切なくなる。実際、利用者へのアンケートでは51.4%が「対面の指導と変わらない」と答えており、さらに40%が「オンラインの指導のほうが良い」と答えている。
シンドバッド・インターナショナルがデジタルシフトを実現できたのは、店舗を持たない派遣業だったことも大きい。予備校などの店舗ビジネスと異なり、オンライン上で生徒と講師を結びつける“プラットフォーマー”になり得る可能性を持っていたわけだ。
今後はデータを活用した、効率的な勉強法の確立を目指す。19年2月から、米国発の生体信号データ脳波解析ベンチャーのニューロスカイ(東京・中央)と提携。同社の脳波解析ツール「Effective Learner(エフェクティブ・ラーナー)」を活用した実証実験を始めた。同ツールは脳波から集中度合いなどを可視化する。「生徒が集中していない時間帯が分かれば、その時間に教えた内容を復習すべきだと提案することもできる可能性がある」と横山氏は言う。新たな技術も取り入れてサービスを改善しながら、オンライン家庭教師事業者としての地位を盤石にしたい考えだ。