狭小なオフィスを、いかに使い勝手よく変えるか。古今東西、多くの企業が悩んできた問題だ。プリンターなどで知られるブラザー販売の東京オフィスでは、若手・中堅社員でプロジェクトチームを結成し、オフィスを全面リニューアルした。生まれ変わった空間は、アイデアや会話を生む仕掛けに満ちている。
1908年、ミシンの修理業から始まり、プリンターや家庭用ミシン、産業機械などを幅広く手掛けるブラザーグループ。グループ内で国内マーケティングを担うのが、ブラザー販売(名古屋市瑞穂区)だ。
その東京オフィスは52年以来、京橋にある。目と鼻の先に銀座が広がり、東京駅、日本橋からも徒歩圏内という超一等地だが、都心にありがちな“狭小ペンシルビル”ならではの悩みを抱えていた。
「2010年にビルを建て替えたが、それから10年近くたち、いろいろな不具合が出てきた。何とかしなきゃいけない、と思ってきた」と三島勉社長は振り返る。
ビルは1、2階にショールームがあり、ブラザー販売のオフィスは、4~7階の4フロア。3階と8、9階は親会社のブラザー工業が管理している。
この4フロアに約100人の従業員が働いている。狭小ゆえに1フロアに1部門が限界で、階をまたいだ部門間交流はほとんどなかった。「1基あるエレベーター前のホールで少し会うぐらい。同じ会社にいるのかどうかよく分からない状況だった」(三島氏)。挨拶運動などにも取り組んだが、なかなかコミュニケーションは促されなかったという。
フロアごとに“人口密度”が偏っていることも課題だった。16年度に作成したブラザーグループ中期3カ年計画に基づき、ブラザー販売は「BtoB企業への転換」を掲げ、法人需要の開拓を強化した。結果としてBtoB担当の人数が増え、「特に営業部門は、フロアに入っただけで(人の多さに)少しストレスを感じるほどだった」(三島氏)。会議室が上層階に固まっており、移動が大変という声も多かった。
さらに「お恥ずかしい話だが、自社製品をあまり活用できていなかった」(三島氏)。スマートフォンで手軽にラベルを作成できる「P-TOUCH CUBE(ピータッチキューブ)」などの整理アイテムを扱っていながら、肝心の自社の整理整頓が行き届いていなかったという。
こうした数々の問題を解決すべく、社長直轄でプロジェクトチームを結成。若手・中堅クラスの社員を公募し、内田洋行(東京・中央)とタッグを組んで、オフィスの全面リニューアルに踏み切ったのだ。それも広々とした再開発ビルに移転するのではなく、歴史ある京橋の拠点を、そのまま生かすと決断した。社内で聞き取り調査を重ね、半年ほどかけてさまざまな課題を洗い出し、理想的なオフィスについて考えた。
たどり着いたデザインコンセプトは「Spiral UP(スパイラルアップ)」。らせんを描きながら上昇していくという言葉通り、働き方や自社製品を「ラボ」のように試しながら、新しいアイデアやイノベーションを生みだせる空間づくりを目指した。そのためには、無駄なスペースをどれだけ排除できるかに懸かっていた。
オフィスの収納量を12.7%削減、会話エリアを大拡張
まずは、固定席を廃止した。部門長など、ごく一部の社員を除き、完全フリーアドレス制に舵(かじ)を切った。出張者用の席もなくし、在席アプリを活用してオフィスの稼働率を常に「見える化」した。
さらに、「BRAdmin(ビーアールアドミン)」という自社のツールを活用し、プリンターを各フロア管理から、オフィス全体での一括管理に改めた。これにより、印刷枚数も「見える化」され、コスト意識の徹底につながった。
さらに、ピータッチキューブで備品をきめ細かくラベリングし、整理収納アドバイザーの西口理恵子氏監修のもと、共有荷物の整理にも取り組んだ。結果、リニューアル前と比べてオフィス内の収納量を12.7%削減することに成功。さらに、空いたスペースをうまく活用することで、社員間のコミュニケーションを生む場所を1.8倍に広げた。
懸案だった人員構成の偏りも、5階のビジネスソリューション事業部を「ソリューション推進部」と「ビジネスソリューション営業部」に分けてそれぞれ4階と5階に振り分けることで解消を図った。さらに、各階に会議室や打ち合わせスペースをちりばめることで、フロア間の移動をなくした。
目を引くのは、中間階となる6階の使い方だ。全社員が集える場として、小上がりのリフレッシュエリアを設け、本物の植物によるオブジェや、アロマによる香りの演出で、落ちつく空間に仕上げた。
電子看板、集中ブース、リモート会議……
さらに、各階の入り口には、大型のデジタルサイネージ(電子看板)を設置。画面に触れれば、社内の資料や最新の時事ニュースなどが大きく映し出され、情報共有に役立つ。路線情報や天気なども一覧表示されており、会話のきっかけにもなる。サイネージは“黒板”と一体化しており、アイデアを書き留める場としても活躍する。
フロアごとに空間の使い方を大きく変えたのも特徴だ。例えば4階のソリューション推進部は、何気ない会話を生むため、あえて入り口近くにゆったりとくつろげるテーブル席を多数配置。さらに集中して仕事に打ち込めるよう、半個室の「集中ブース」を設けた。
BtoBの法人営業を担う5階のビジネスソリューション営業部は、どこでもミーティングができる空間を目指した。「立ち会議」用のオープンスペースを拡充。自社製品のWeb会議システム「OmniJoin(オムニジョイン)」を導入し、名古屋の本社など、遠隔地をつないで即座に「リモート会議」に臨めるようにした。4階と同じく、集中ブースを完備している。
家電量販店向けのコンシューマ営業部、ミシンなどを扱うホームファッション機器事業部というBtoCの部署が入る7階は、より消費者に近い目線でレイアウトした。芝生風のじゅうたんを敷き詰め、窓際にはファミレス席のような打ち合わせスペースを備えるなど、全体として明るい色調でまとめた。ミシンやカッティングマシン「スキャンカットDX」を試せるソーイングスペースを設けたのも特徴だ。
働き方改革は「第2の山」へ
実はブラザー販売は、早くから業務改革に取り組んできた。「働き方改革という言葉が認知される前、11年ごろから仕事と生活を両立させるワークライフバランスの先を行く、『ワークライフマネジメント』(自律的に仕事と生活を管理していくこと)を提唱し、さまざまな取り組みを行ってきた」と、三島氏は振り返る。
例えば教育制度や子育て、介護支援を充実させ、政府の「カエル!ジャパン」に賛同し、定時退社率の向上にも取り組んだ。有給休暇の取得率は常に社内に公表し、今や年間の取得率は約8割を数える。
さらに1人当たりの年間総実労働時間で、1900時間を切ることを目標に掲げ、営業社員の直行直帰やリモートワークなどを推し進め、17年度には1883時間を達成した。1900時間を切る会社は国内でも2割程度しかないと言われ、「ブラック企業ではないと思っている」と三島氏は明言する。
しかし、こうした数値目標を次々と達成する一方、気がかりもあった。それは、10数年来、毎年実施している従業員満足度調査で、仕事のやりがいを感じる社員が特に20代、30代で顕著に下がっていることだ。
「業績がいいと従業員満足度が上がって来るのが今までのパターンだったが、最近は違う。働き方の効率化と、仕事のやりがいは別の課題。働き方改革は『第2の山』を目指していかないといけない」(三島氏)。
仕事のやりがい向上を目指し、ブラザー販売は人事制度の改革に着手。在宅勤務やフレックス勤務、モバイルワークなど、多様な勤務体系も導入した。そして、総仕上げとして今回のオフィスの全面リニューアルに挑んだ。
ショールームもリニューアルへ
東京オフィスのリニューアルは、ビジネス戦略としても重要だった。「ブラザーグループ全体がBtoBのビジネスを強化するなか、製品の売り方も当然変わっていく。新しい売り方を創造するうえでも、アイデアやイノベーションを生み出す場へとオフィスを転換する必要性がある」と三島氏は説く。
それは現場も痛感していた。プロジェクトチームに参画した高橋正明氏(ソリューション推進部医療グループ)は「オフィスは挑戦のための実験の場。そこで得た成功体験や失敗体験はすべて資産。資産を蓄え、営業活動に展開できるよう、ラボのように働き方や自社製品の実験を続けたい」と語る。
ブラザーグループは18年、110周年を迎えた。「『未来につながらない挑戦は、ない』というキャッチコピーにあるように、未来につながる新しいビジネスを創出できるよう頑張りたい」と三島氏は力を込める。1、2階のショールームも19年度にはリニューアルする。情報の発信拠点として、東京オフィスの重要性はますます大きくなる。