東京・日本橋のオフィス街に「シェアバイオラボ」という、新しい起業の場が生まれた。実験機器を共有することで、起業のハードルとなっていた初期投資を抑え、速やかに事業化を促す試みだ。江戸時代から続く「くすりの街」が、ライフサイエンス(生命科学)のベンチャー街へと変わろうとしている。

東京・日本橋本町にオープンした「シェアバイオラボ」。三井不動産とベンチャーキャピタルが連携して開設。東京都心の一等地で、ベンチャー企業の集積が進んでいる
東京・日本橋本町にオープンした「シェアバイオラボ」。三井不動産とベンチャーキャピタルが連携して開設。東京都心の一等地で、ベンチャー企業の集積が進んでいる

 従来のラボの概念を越えていく──。そんな思いを形にした「Beyond BioLAB TOKYO」が2019年2月1日にオープンした。東京都心の日本橋から、世界に羽ばたくバイオ系スタートアップを多数輩出することを掲げ、三井不動産と、ベンチャーキャピタルのBeyond Next Ventures(以下BNV、東京・中央)が手を組んで進めるプロジェクトだ。

 もともと、日本橋は江戸時代から薬問屋の街として栄え、今も多くの製薬会社が本拠地を置く。アステラス製薬本社の真向かい、武田薬品工業グローバル本社にも近接する日本橋本町の「日本橋ライフサイエンスビルディング」。その地下1階に、ラボはオープンした。

ラボが入居する「日本橋ライフサイエンスビルディング」。三越前、新日本橋両駅に至近の昭和通りに面し、大学や民間企業などが拠点を構える
ラボが入居する「日本橋ライフサイエンスビルディング」。三越前、新日本橋両駅に至近の昭和通りに面し、大学や民間企業などが拠点を構える

 ターゲットは、創業前あるいは創業直後のチームである。WeWorkなど既存のシェアオフィスとは異なり、細胞培養や生化学実験に必要な共同実験機器をあらかじめ設置。入居してすぐに実験できる。さらに、チームの規模に応じて、さまざまな空間を用意した。

 例えば、最大4人まで入れる25~30平方メートルの「個室」(月額40数万円)が3室あり、さらに、実験台を2つ並べた「ベンチ」(月額25万円程度)や、1日単位で契約する「テンポラリー」(日額2万円程度)、13平方メートル程度の企業向けの「デモスペース」を完備。試薬・廃液・備品の保管庫や冷凍・冷蔵室、低温室の他、通常の実験室より高度な拡散防止措置を施した「P2実験室」も備える。

 「イニシャル投資を抑えながら、高度な研究環境を確保できる。なかでも、東京都心のど真ん中に作ったということに意義がある」と、三井不動産ライフサイエンス・イノベーション推進室の室長、三枝寛氏は強調する。

 このラボは、ビルの所有者である三井不動産がBNVに賃貸し、BNVが整備した。それを入居者(企業やチーム)に貸し出す仕組みで運用する。それは、起業の形そのものを変える挑戦でもある。

ラボ内には実験に必要な機器が一通りそろっている
ラボ内には実験に必要な機器が一通りそろっている

研究成果が社会実装されない日本

 BNVは14年8月に創業した。本社は日本橋本町にある。大手ベンチャーキャピタルのジャフコで、サイバーダインやスパイバーなどに投資した伊藤毅氏が起業し、15年に1号ファンドを立ち上げた。18年10月には三井不動産と共に2号ファンドを組成。ファンドの規模は合計150億円弱に上り、治療アプリ開発のキュア・アップ(東京・中央)や、企業の健康管理業務を支援するHRテックの「iCARE」(東京・渋谷)など、医療・技術系のスタートアップを中心に、出資先は26社を数える。

 伊藤氏には、創業時から解決したいミッションがあった。それは、日本の優れた研究成果が、あまりにも事業化されていないということだ。伊藤氏によると、日本の大学には年間3.7兆円の研究資金が投下されている。一方、米国の研究資金は1.7倍の同6.3兆円。経済規模を考えると、それほど大差ではない。

 一方、研究成果が商品化され、大学に還元されたライセンス収入額でみると、米国の年間3050億円に対して日本は同27億円と極端に少なく、100倍以上の開きがあった(15年度の文部科学省、AUTMの調査による)。

 「研究費は大部分を私たちの税金で賄っているにもかかわらず、研究成果が、なかなか社会実装されない。これは大問題ではないか」(伊藤氏)。その思いが、起業へと突き動かした。

 1号ファンド設立の翌年には「BRAVE」という名で、研究の事業化を後押しするプログラムを始めた。17年からは経営を担える人材を紹介し、「創業準備チーム」を作りやすくした。18年には東京都と共に、創薬系ベンチャーに特化した支援プログラム「Blockbuster TOKYO」をスタート。19年3月1日には大学などの研究現場と経営者候補をつなぐマッチングサービス「Co-founders」を立ち上げるなど、業容を拡大している。

 資金面、人材面の支援を手厚くし、事業計画の作り方、資金調達の仕方を学ぶプラットフォームも作った。「いよいよ起業しようというときに実験機器をシェアできる場所があれば、さらに起業しやすくなるのではないか、と考えた」(伊藤氏)。それがシェアバイオラボという枠組みである。

成長したら巣立つ社会インフラに

 米国ではサンフランシスコの中心部にIndieBio(インディバイオ)というシェアラボがあり、年間30社のスタートアップにそれぞれ25万ドルを投じて成長を促している。また、ボストンにある、その名もBioLabsは、全米に7拠点を持ち、累計230社の起業を支えてきた。

 「こうしたシェアラボが社会インフラとして整っているので、米国では数多くのバイオベンチャーが生み出されている。日本でもここ日本橋から、その取り組みを加速していきたい」と、伊藤氏は力を込める。

 日本橋のラボの入居者は全体で15チーム前後を想定し、あくまでも「インキュベーションラボ」と位置付ける。つまり、「成長していけば、巣立っていくラボにする」(伊藤氏)。入居期間は原則1年まで。スピード感をもって事業化してほしいという思いからだ。

ラボには少人数向けの個室(A~Cと書かれた部屋)がある
ラボには少人数向けの個室(A~Cと書かれた部屋)がある
P2レベルに対応した共通実験室も備えた
P2レベルに対応した共通実験室も備えた

ライフサイエンス拠点が次々と“拡張”

 一方、パートナーを組む三井不動産は、どんな役割を担うのか。一言でいえば、「舞台づくり」だ。17年4月、その第1弾として開設したのが、この日本橋ライフサイエンスビルディングである。ビル内にシェアオフィスや会議室、コミュニケーションラウンジなどを次々と開設したが、特にオフィスは早々に満室となり、周辺のビルに“拡張”しているのが現状だ。

 「(日本橋ライフサイエンスビルディング)2から始まり、ハブ……と、名前が追い付かないほど増えている」(三枝氏)。その数は、3月末までに8拠点になる見通しだ。

三井不動産は、ライフサイエンスの拠点を次々と開設。三越前駅から小伝馬町・人形町両駅まで日本橋エリア一帯に広がっている
三井不動産は、ライフサイエンスの拠点を次々と開設。三越前駅から小伝馬町・人形町両駅まで日本橋エリア一帯に広がっている

 ライフサイエンスと言っても、その中身は多種多様だ。創薬や再生医療、ヘルスケアなど、分野もさまざまで、大企業から新興企業、大学までプレーヤーも多岐にわたる。その横糸をつなぐコミュニティーとして、三井不動産は16年6月、会員組織のライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)を開設した。

 そのメンバー数もまた「想像をはるかに超えるスピードで増え続けている」(三枝氏)。その数、大企業からスタートアップ、大学、個人を含めて313(19年1月30日現在)。なかでも、東京大、京都大、カリフォルニア大学サンディエゴ校をはじめ国内外に17の「アカデミア会員」を抱えているのが特徴で、ノーベル生理学・医学賞を受けた本庶佑氏が理事長を務める神戸医療産業都市推進機構とも連携する。

 多彩なバックヤードを持つ会員をつなぐ場として、LINK-Jは18年、30人以上が集うライフサイエンスイベントを年間で約450回も開いた。毎日1~2回というハイペースだ。「日本を代表する不動産会社として、三井不動産は、上質でわくわくするすてきな空間、つまり『Fun』を作る。その舞台で、LINK-Jがチケットを売ってプレーヤーを支援する」(三枝氏)。

 三井不動産が「エコシステム」と呼ぶ、場づくり(ハード)、コミュニティーづくり(ソフト)両面の支援サイクルがうまく回り、日本橋の外からも次々とバイオベンチャーが進出。それが拠点ビルの拡張につながり、一帯は東京を代表する“ネオベンチャー街”の顔を併せ持ち始めた。そして、新たな舞台としてしつらえたのが、今回のシェアラボだった。

「ビル内に未来のパートナーがいる」

 「Beyond BioLAB TOKYO」の「LAB」とは、いわゆる実験室のラボに加え、LINK-Jと連携するとの狙いも込めた。正確に言えば、「LINK-J Associates with Beyond Next Ventures」の略である。他にはない強みになると考えるのは、大学や民間企業など、既にビル内にLINK-Jというコミュニティーが形成されている点にある。

 「実験機器や研究者、お金だけあってもなかなかバイオベンチャーは立ち上がらない。しかし、この場所なら、将来のビジネスパートナーや顧客との接点が非常に近く持てる。起業準備の段階でコミュニケーションを取れるので、自らのビジネスの可能性をより確度高く捉えられる」(伊藤氏)。

 三井不動産側も「ラボとLINK-Jをつなぐライフサイエンスイベントをやる。シンポジウム、セミナーも開催したい」(三枝氏)と意欲的だ。東京の都心を、新たなイノベーション創造の舞台に変える。ラボはそんな使命を背負い、スタートを切った。

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