2018年12月に発売し、予想以上の売れ行きを見せているのがゼブラのボールペン「ブレン」だ。筆記時に起こるわずかな「筆記振動」はユーザーのストレスを生み出す原因。nendoの佐藤オオキ氏は、このブレを可能な限り排除するようさまざまなデザイン面での工夫を行った。
ゼブラによれば、ブレンは発売から売り上げ好調。販売個数は公表できないというが「ある店舗でキャンペーンを実施したところ、当初の販売予想だった300本を大きく上回る450本を1日で売り上げるなど、想定を大きく超える売れ行きが発売以降続いている」(同社広報)状態だ。
ブレンは「筆記振動」という、文字を書いているときのペンのブレに着目した商品。筆記時に起こるわずかな振動が、ユーザーのストレスを生み出す原因となっていた。nendoの佐藤オオキ氏は、このブレを可能な限り排除するようさまざまなデザイン面での工夫を行った。
パーツを細かく検証してデザイン
商品の開発は、16年からスタートしたという。もともとは、同社のペンに採用している、「スラリ」と呼ぶ「エマルジョンインキ」を使った新しいペンのデザインを依頼されたことから、プロジェクトが始まった。エマルジョンインキは、水性ペンのような滑らかな書き心地と、油性ペンの速乾性を両立させた、ゼブラ独自のインキである。
ゼブラからnendoに出されたお題は、低価格帯の商品をデザインすることだった。最も安い商品で価格が1本100円からというペンのデザインに当たり、佐藤氏は当初「金型を起こすコストなどを考えると、ゼロベースで新しい形を生むのは難しいのでは」と判断。そこで、ペンのパーツの一部だけをデザインしたらどうなるか、という視点で、先行してデザイン提案を行ったという。「先端は現状のままでいいのか。そもそもなくなっても困らないのでは。芯の部分は現状がベストなものなのか。ペンはノックしないと駄目なものなのか。クリップが必要なのか……。子供のような視点ですべてのパーツについて問いかけを行った」というプロトタイプを提案し、そこから新商品をどうすべきかを議論したという。
このプロトタイプを基にnendoとゼブラとでパーツという視点からさまざまな商品の在り方を検討。アイデアの一つが、ペン先をもっと重くして低重心にするというものだった。実際にペン先付近に重りを付けて低重心にすると、書き心地が安定。このアイデアを基に、ペン先をしっかり固定するパーツを追加してペン軸のブレをさらに抑えて安定した書き心地を得るアイデアや、各パーツが隙間なく収まることでガタつきをなくすという内部構造のデザインが生まれていった。
ゼブラによれば、低重心を実現した金属の重りは「これまでなら通常1000円前後の商品に付けるようなパーツ」。また、パーツの隙間を抑えるために、多色成形技術を活用し、可能な限り部品を一体化するような構造とした。工夫はペン先だけではない。例えば通常のノック式のボールペンにはペン先のみにしかバネがないため、ペン先を出した状態だとペン尻のノック部分に遊びが生まれ、そこから部品がずれてカチャカチャと音がしてしまう。ブレンの場合、ペン尻のノック部分にもバネを付けパーツを固定して遊びをなくし、余計な音がしない構造を採用。
筆記時の振動を極力制御する数々の工夫は、精緻で精巧な作りという印象をユーザーに与えた。また、継ぎ目が見えないシームレスでシンプルな外観も相まって高級感を生み出し、150円という価格以上の価値を感じさせる商品との評価を市場から得ることになった。機構も含めたデザインによって、商品に大きな価値を生み出した。
店頭での見せ方もデザイン
nendoがデザインしたのは商品だけでない。ブレずに快適な筆記体験が味わえることを徹底して訴求するため、店頭の販促ツールや広告ポスターなどもデザインした。商品そのもの、ブレンという商品名、そして店頭や広告を通じたメリット訴求のためのコミュニケーションのデザインすべてをnendoが一元的に担当することで、一貫した商品のコンセプトを顧客に伝えることを可能にし、その結果顧客がまず商品を試してみたくなるような動線設計から、実際の筆記体験に至るまでをスムーズに促せるようになった。
これまでボールペンを訴求するときのポイントは、インキの発色や滑らかに書けることなど、インキそのものの価値に置かれるケースが多かった。「社内でも『筆記振動』というのはかなり玄人向けの視点ではないかという意見は多く、実際にそれが商品の訴求ポイントになるのか、発売するまで自信がなかった。しかしブレンのヒットは商品の魅力はデザインを通じても十分訴求できることの証明となり、社内のデザイナーや商品開発者に大きな自信を与えた」(同社広報)。その成果は、売上高だけにとどまらず、ゼブラ社内の開発者のやる気まで引き出した。
(写真/Akihiro Yoshida)